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奇病と呪い

 わたしたちを攫ったのは、もとい、運び去った馬人間はノルド君の知り合いだった。

 知り合いっていうか、ノルド君のおじいちゃんのこぶん?ぶか?なんかそんな感じらしい。

 それで、わたしたちはいま、獣人族の集落にいた。正確には、その集落の集会所。

 ここはとても規模の大きな集落らしくって、なんでも獣人族全体を統括する族長がいるのもこの集落なんだって。ていうか、ノルド君のおじいちゃんがその族長らしい。だから若って呼ばれてるんだ、ノルド君。

 ちょっと窓から外を見てみると羽の生えたひとやら足がへびみたいになってるひとやらバリエーションに富んだ獣人族がたくさんいる。大きな集落っていうのは本当みたいだ。

 獣人族は本来、あまり多くでは群れないらしいんだけど、ここだけは例外らしい。人間族や精霊族と共存するにあたって、獣人族の意思を統一する場を設ける目的で作られた集落らしいのだけど、ヒトが集まればなにがしかの需要が生まれ、需要があれば供給する場を作る。そんな感じのサイクルで、じょじょに規模が大きくなったそうだ。

「若、若、呼ばれてる割にあんたの扱い雑くね?」

「それは認める」

「つーか、一言説明すりゃすむ話なのに、問答無用で連れてくるなんて信じらんねー」

「それも認める」

 集会所は案外こじんまりとしていて、宿屋にある6人くらい泊まれる部屋を倍にしたくらいの広さだった。

 そこにわたしとうさぎの姿をしたエルゼさん、アキちゃん、ノルド君、それからわたしたちを攫った馬人間に、猫の耳を生やしたおじさんとしゃべる赤いカエルさんが円になって座っていた。

 言い争いをしているのはアキちゃんとノルド君で、おなじみの光景だった。

「若をせめないでくれ!俺がわるいんだああああ!!」

 ぶひひひんっと鼻水をたらしながら、馬人間がアキちゃんに迫る。間近で揺れる鼻水に青ざめながら、アキちゃんは馬人間の横っ面をはたいた。でも効いてない。びくともしてない。

「るっせー。んなもん分かってる。あんたが悪い!」

「じゃあなんで若をせめるんだぁぁぁぁ!!」

「あいつがあんたらの中でも偉そうだから。下の失態は上の責任、これ常識」

「しかし、いまは非常事態なのです。彼もひどく混乱していて、けれど、先走ってしまったことは深くお詫び申し上げます。若にも、若のお連れ様にもご迷惑をおかけしてしまいました」

 興奮する馬人間をなだめて、冷静に切り出したのは赤いカエルさんだった。

 そして猫耳を生やしたおじさんが、馬人間をアキちゃんから引き離し、半ば引きずるようにして集会所から連れ出していった。

「どこからお話をすればよいのでしょうか。とにかく、いま、この集落はひどい危機に陥っているのです」

 赤いカエルさんはぎょろりとした目を細めて、心底よわったようにため息をついた。

「族長を筆頭に、何名かが意識をなくして倒れ、目覚める気配がないのです。このところ立て続けに、いえ、毎日、意識不明者が出ています。伝染病かと疑ってみましたが、死んだようにただ眠り続ける、そんな症状を出す病は聞いたことがなく」

「これは魔女の呪いだ。集落のはずれにある沼地に、あの魔女が住みついてからおかしくなった」

 猫耳のおじさんが戻ってくるなり、そう口を挟んだ。

 魔女? いったい誰のことなんだろう。

 赤いカエルさんはこころなしか顔をしかめて、猫耳のおじさんをたしなめた。

「ポル、めったなことをいうものではありません」

「族長は、魔女と面会をした直後に倒れたんだ。それから、次々と……」

 なお言い募ろうとする猫耳のおじさんの言葉を制して、赤いカエルさんはまっすぐにノルド君をみつめた。

「若は族長のお孫さんです。族長が倒れた今、我々が頼れるのは若だけなのです。集落の者達はみな不安がっています。ポルのように、今回の事態は沼地に住み着いた魔女のせいだと考えているものは少なくありません。放っておけばいずれ、魔女に対して過激な行動を起こそうとするものもでてくるでしょう。しかし、それは私の望むところではないのです。できれば平和的に解決したい。なにより、私個人としては、この事象が呪いかどうか、疑わしいと考えているのです」

「根拠は?」

 すぐさま、アキちゃんが尋ねた。

 カエルさんは、ゆっくりとかみしめるように答える。

「元々、魔女は我々獣人族と面識のない人間族の娘のようです。我々に危害を加える理由がありません」

「おまえは考え方が甘いんだ。俺達に覚えがなくても、相手に恨まれていることなんていくらでもあるし、俺達を恨んだり、邪魔に思ってる奴に雇われているのかもしれない。理由なんていくらでも考えられる」

 対して、猫耳のおじさんは性急だった。

 どうやら、集落の中では、眠ったまま目覚めないひとびとが続出している件について、見解が分かれているみたいだった。

 沼地にすみついた魔女のせいだって考えるひとと、そうでないひと。どちらが正しいかは分からないけれど、両者は対立している。

 アキちゃんはあごに指をあてて、確認するように言った。

「つまり、族長の孫であるノルドが、集落の方向性を決めるいちばんの適任者で、この状況を打破するなんらかの指針を示してもらいたい、と」

「はい。若のいうことでしたら、集落の者もみなおとなしく従うでしょう。私がいま一番恐れているのは、秩序が失なわれることです。みなが好き勝手に行動してしまっては、事態は悪化の一途を辿るでしょう。我々に必要なことは団結して問題に立ち向かうことだと思います」

 カエルさんの答えに、アキちゃんは納得したようだった。

 それから、難しい顔で考え込んでいるノルド君に、アキちゃんは問いかけた。

「で、ノルド、あんたはどうするつもりなんだ?」

「どうするって……」

「集落の問題に関わるか、王都に向かうか」

「……集落を放ってはおけない。ぼくは残るよ。おまえたちは王都に向かうといい。馬車を用意させる」

「なるほど」

 きっぱりとノルド君は言い切った。

 いいのかな。ノルド君は王都のえらいひとに報告をしないといけないのに。

 けど、この集落はノルド君のいわば故郷だし、自分の身内が原因不明の事態に巻き込まれているなんて気が気じゃないはずだ。王都への報告はノルド君じゃなくてもできるけど、集落をまとめるのはノルド君にしかできない。きっと正しい選択なのだろう。

「ところで、獣人族は文字を書く習慣はあるのか?」

 アキちゃんはカエルさんに問いかけた。

「いえ。ただ、人間族の書いた古い書物なら共同書庫にたくさんあります。他の種族と対立していた頃、他の種族を研究するために集めたものです」

「へぇ。この辺りの土地に関する書物もあるのか?」

「おそらく」

「じゃ、そこに俺を案内してくれ。ノルド、あんたは他のやつらからもっといろんな話を集めてこい」

 あれ。話の風向きが思わぬ方向に向かっている気がする。

 てっきり、ノルド君はここに残るけれど、わたしたちは王都に向かうのだと思っていた。けど、アキちゃんの口ぶりはまるで。

「アキちゃん、手伝うの?」

「ああ。もし、伝染病だとしたらやばい。うかつに移動して、病を広げることは避けたい。だから、まず最初にやるべきことはひとの出入りの制限だな。集落の問題の原因を特定するまではそのほうが無難だろう。その辺はどうなってる?」

 アキちゃんは、今度は猫耳のおじさんに問いかけた。

 おじさんは胡散臭げに、けれどはっきりと答える。

「そのようなことは行っていない」

「なら、すぐに実施するべきだな。ノルド、あんたはどう思う?」

「え、あ、ああ。たしかに、病気じゃないとはいまの段階では言い切れないし、慎重に慎重を重ねたほうがいいよな」

「だそうだ。集落に多少の混乱は起きるだろうが、下手に隠し立てするよりはおおっぴらにしてしまったほうがいい。ノルド、話を聞くついでにこの件を集落全体に周知してくれ。猫のおっさんは実際にひとを動かして制限を始めてくれ」

 なんだか、あっという間に段取りが整えられる。

 アキちゃんって意外と世話焼きというか、面倒ごとに首をつっこむタイプなんだ。知ってるようで、知らないアキちゃんの一面。不思議な感じだった。

 そんなことを考えていると、ごんっとアキちゃんに頭をこつかれた。

「おら。ぼさっとしてねーでさっさと動けよ。リン、おまえはノルドについてけ。紙とペン持ってって聞き取った話を書きつけるんだ。じゃ、またあとで」

 いうやいなや、アキちゃんはカエルさんを連れて集会所からさっさと姿を消した。行動はやいなあ。

 残されたわたしたちは彼らをぼうぜんと見送って、そして、最初に大きなため息をついて不服そうに言ったのは猫耳のおじさんだった。

「なにを一方的に……あのような小僧のいうことを聞く道理はないぞ」

「いや、念のためだ。獣人の集落から悪疫が広まったとなれば他の種族からのそしりは免れない。呪いか、病か、また別のものか。なにもきちんとしたことは分かっていないのだから、予防できることはやっておいたほうがいいと、じーさんが元気だったらあいつの同じこといってるよ。わかるだろ?」

「……」

「出入りの制限のほうは任せた。ぼくは集落に行って説明してくる」

 ノルド君はアキちゃんの意見に賛同を示した。

 猫耳のおじさんもノルド君のいうことには耳を傾けてくれるみたいだった。やっぱり、現地のひとからすれば、ぽっと出のアキちゃんがあれこれいうより、心情的に受け入れやすいのかな。そのあたり、アキちゃんも心得ている風で、だから、ノルド君を集落に向かわせるんだろう。

 ノルド君は猫耳のおじさんに別れを告げてから、うさぎのエルゼさんを抱えて座るわたしを見下ろして、ほんの一瞬ためらった後、こう言った。

「あ。えーと、おまえはぼくについてくるんだっけ。はぐれないようにしろよ。めちゃくちゃ広いわけでもないけど、狭い集落ではないから」

「うん。わかった」

 はぐれないようについていくのは得意分野だ。

 いざとなったらエルゼさんもいるし、わたしは気楽な気持ちで腰をあげた。

 それからノルド君は集落にある家やお店を一軒一軒まわって、一時的にひとの出入りを制限することを説明して回った。

「どちらさまー……って、ノルドじゃねーか。いつ帰ってきたんだよ!」

 って同年代のトカゲ人間の少年に肩をばんばん叩かれてみたり。

「あらあら、坊ちゃん。大きくなって!よかったら夕飯を食べていかないかい!」

 なんて、ふくよかな猫耳のおばちゃんに誘われたり。

 そんな風に、集落のひとたちはみんな、ノルド君の顔をみて懐かしがっていた。ノルド君ってちょっとつっけんどんな雰囲気だけど、集落のひとたちとは仲良しなんだなあ。

 雑談を交えて、今回の事態、なぞの眠りの原因について思い当たる節はないか。なにか変わったことはなかったか。そんなことも聞き取る。なんだか探偵気分だ。

 中には今回の事態の当事者の家族もいて、そこは念入りに聞き取りをした。けれどもみんな一様に首を振り、心当たりはないとのことだった。そんなのあったらとっくに報告してるよね。仕方ないか。

 そんな感じで情報を集めつつ、周知活動を行い、そしていま、ノルド君が最後の一軒の扉を閉めたところだった。

 太陽はだいぶ西に傾いていた。仕事帰りの獣人や、夕食の買い物を終えたらしいひとたちの姿がちらほら見える。

 わたしは集落のひとびとの話を断片的に書き付けたメモを腰のかばんにしまって、ほっと一息ついた。ノルド君のうしろについてまわってメモをとっただけだけど、一仕事終えていい気分だ。

「これでおしまいだよね。たくさんまわったねぇ」

「だな。事態解決に直結するような情報が得られなかったのは残念だけどさ」

「案外、出入り制限に対する反発がなくてよかったね。ノルド君がうまく言ってくれたおかげかな」

「ぼくの言葉の力というより、ぼくがじーさんの孫だからだよ。みんながぼくを尊重してくれるのはじーさんの力だ。ぼくじゃない」

「そうかなあ」

「そうだろ。どうみてもそうでしょ」

「わたしは、ノルド君が一生懸命、お話したからだと思うけどな」

「慰めのきもちだけもらっとく」

 話はこれでおしまい、とばかりにノルド君はわたしに背をむけて歩き出した。

「ノルド君って、あんがいうしろむきだよね。もっと自信もてばいいのに」

「どうやって」

「それはノルド君が考えることだよ。自信なんてひとからもらうものじゃなくって、自分で身につけるものだよ~」

「おまえってけっこう突き放すよな……」

 そうかな。ノルド君のいいぶんに釈然としないものを感じながらも、わたしは彼のあとをおとなしくついていった。

 これから、ノルド君のおうちに帰るらしい。

 気を失ったわたしが目覚めたのも実はノルド君のおうちで、族長なんて偉いひとの家なのにこじんまりとして、ほっと安心する感じのところだった。

 この集落は森に囲まれていて、住居もすべて木材で造られている。ちょっとアキちゃんの家に雰囲気が似ているかも。だから落ち着くのかな。

「あれ。ノルドじゃん。いつ帰ってきたんだよ」

「なつかしー!元気してたか!?」

 猫耳や犬耳っぽいのを生やした少年達が3,4人連れ立って道の向こうから歩いてきた。みな一様に弓矢などの狩りの道具を背負っている。彼らは親しげにノルド君に話しかけ、なにやら旧交を深めているようだ。

 邪魔しちゃわるいし、わたしはちょっと離れたところで彼らを見守る。

 ん?なにか、視線を感じる。少年達は、ちらちらっとしきりにわたしのほうを気にしているみたいだ。なんだろう。気になるなあ。

 なんて、思ってると、ノルド君が顔を真っ赤にして首を振っている姿が視界に入った。ノルド君って色が白いから顔色が変わるとすぐにわかるなあ。嘘とかつけなさそう。

 あ。ノルド君、頭をわきに挟まれて、ぐりぐり頭を撫でられてる。どっと笑い声があがって、遠目にもなかよさげな雰囲気が伝わってくる。

 ノルド君は少年達と二、三言、言葉を交わしてから手を振った。どうやら別れを告げているらしい。それから、ノルド君は急ぎ足でわたしの元に戻ってきた。

「あー、居心地の悪い思いさせたよな。悪い」

「ううん。ひさしぶりに会うともだちなんでしょ?わたしこそ邪魔してごめんね」

 花の街ではなんとなく、孤高な雰囲気があったノルド君だけど、ここでは本当に、ふつうのおとこのこって感じだ。

 元々ノルド君のこと、あまり知らないけど、きっといまの姿が本当のノルド君なんだろうなって思った。

 のんびりと平坦な道を歩いて、集落の中心から少し離れた場所にあるノルド君のおうちに到着した。

 木組みのかわいいおもちゃみたいな家で、中に入ると動物の毛皮で作ったじゅうたんと熊の剥製に出迎えられる。この熊、首だけが壁にかけられてるから不気味怖いんだけど、その正体は、はじめてノルド君が狩りに成功した雄熊で、ノルド君のおじいちゃんが孫の記念に剥製にして飾ってるんだって。

 熊とにらめっこしてると、玄関の扉をノックする音が聞こえた。ノルド君が扉をあけると、例の猫耳のおじさんと、鹿の角を生やした二十代くらいのおとこのひとが立っていた。

 鹿の角を生やしたおとこのひとの剣幕は尋常じゃなくって、いまにも怒鳴りだしそうなくらい目をつりあげて、いきなり、ノルド君につめよった。

「若、あなたは大変な間違いを犯した。集落を閉鎖し、人々の不安を煽るなど愚の骨頂だ。これ以上ないくらい事態は深刻化した。わかっているのか!」

 ノルド君の知り合いなのかな。臆した風もなく、ノルド君は鹿角のおとこのひとを軽くあしらった。

「神官のラーンか。相変わらずだな」

「ふざけないでくれ。あの人間族にそそのかされたんでしょう!あなたのせいで、もう、沼地の魔女を討伐するしか道はなくなったんだ!いますぐに!」

 言い募るラーンさんを猫耳のおじさんが制した。けれど、ラーンさんはぎらぎらと目を輝かせてノルド君を睨み続ける。

 ノルド君は肩をすくめて、言った。

「おまえさ、神経質すぎ。大体、沼地の魔女とやらが、今回の事態の原因だって確定してるわけじゃないんだろ。討伐だなんだする前に、調査するべきだ」

「調査?集落を閉鎖した時点で、のんびりとことを構える選択肢は消えうせた。迅速な行動と結果をもたらさなければ、人々の不安は爆発し、暴走するだろう。神の子すらもお見捨てになったこの世界に未来なんてないんだ!」

「おいおい。落ち着けって」

 極度の興奮状態に陥っているラーンさんを猫耳のおじさんとノルド君のふたりがかりでおさえつけるけれど、細身のからだに似合わず力持ちみたいで、振り払われないようにするのが精一杯みたいだった。

「ああ、神よ。なぜ我々に慈悲を下さらない。あなたの言葉を、暗闇を照らす一筋の光を我々は待っているのに!」

 床にうずくまり、ラーンさんは嘆く。

 たしかに原因不明の、昏々と眠り続けるひとが出てくるのは大変な事態だけど、ここまで絶望することだろうか。

「これは一体なにごとですか。族長の家で騒ぐなど言語道断。場をわきまえなさい」

 狂乱じみた場を一喝したのは、あの赤いカエルさんだった。

 カエルさんは玄関先に立っていて、その後ろにはアキちゃんの姿が見えた。ちょうど、書庫からふたりとも戻ってきたらしい。

「絶望に向かう世界で、なにをわきまえろと」

「どうして絶望に向かうと思うのですか」

「神の子の、神の声が聞こえない。もう何年も。我々を導く手は失われ、見捨てられた我々の行き着く先は、暗い影の王国なのだと。あなたも知っているだろう。知らないとは言わせない。ああ、神よ。神よ……」

 ラーンさんは、もう暴れる気配はない。

 けれど、正気を失っている。傍目にもそれは確かだ。

 赤いカエルさんはうずくまるラーンさんの肩をたたいて、やさしく声をかけた。ノルド君も猫耳のおじさんも、ラーンさんから少し距離をおいて見守っている。

「落ち着きなさい。神官であるあなたが取り乱してどうするのですか。神も、神の子も沈黙されているだけ。まだ言葉を発する段階ではないだけ。我々はちゃんと見守られていますよ」

「ううっ……」

 猫耳のおじさんはラーンさんを助け起こして、玄関に向かった。赤いカエルさんはぺこりとわたしたちに頭を下げて、困ったように目をぎょろつかせた。

「お騒がせしたようで申し訳ありません、若、それに皆様。彼は私が連れて帰ります。アキサリス殿、残りの資料は族長の個人書庫にございますので、若にご案内をしていただいてください。最後までお付き合いできず、ご無礼をお許しください」

「いや。気にしないでくれ。あんたも大変だな」

 赤いカエルさんはもういちどぺこりと頭を下げて、猫耳のおじさんたちのあとを追いかけていった。

 よく分からないけど、嵐は去ったらしい。

「あいつ……ラーンは昔っからおおげさなところがあったけど、あんなに取り乱すなんて」

「ま。今日眠ったら明日目覚めないかもしれないなんて、不安で仕方ないんだろ。あんなんが増える前に早いとこ解決しちまおう。ノルド、カエルのおっさんが言ってた個人書庫に案内してくれ」

「あ、ああ。わかった」

 そう言って、ノルド君はアキちゃんを連れて別室に消えていった。

 そういえば、ノルド君のおじいちゃんも意識不明なんだっけ。ノルド君、不安じゃないのかな。普段どおりにみえるけれど。

 ノルド君も、わたしと一緒で実感がないのかもしれない。と、ふとそう思った。だって、意識不明のひとが出てるって話を聞いたのはつい今朝だし、沼地の魔女さんの存在もいまいちピンとこない。

 わたしは集落のひとたちの証言をかきつけたメモを取り出して、眺めてみる。

 複数のひとがこう言ってた。いちばん最初に倒れたのは族長で、その日は沼地の魔女さんが族長に面会を申し込んでいたって。

 ただ、魔女さん個人について知っているひとはあまりいなくて、断片的な情報を繋ぎ合わせてみると。魔女さんはつい数週間前にこの集落にやってきて、集落から少し離れた沼地に居を構えたらしい。族長も魔女さんの滞在については了承済みで、けれど、彼女が沼地に住み着いた目的を知っているひとはいない。

 多くのひとが、魔女さんを怪しいと思っているみたいだった。

 魔術なんてうさんくさい、とか、目を合わせたら呪われる、とか、魔術自体に懐疑的というか、好ましく思っていないって感じだった。

 うーん。そういえば、魔術って、どういう位置付けなんだろう。

 わたしはずっと辺境の森の奥で、アキちゃんとアキちゃんの家族とだけ過ごしてきた。世間一般の、魔術に対する評価に疎い。それは、たぶんアキちゃんも一緒だと思う。

 なんだかこの集落の反応を見てみると、あまり褒められたものではないのかな。けど、花の街ではアキちゃんが魔術師って名乗ってもふつうだったし。

「……リンちゃん、なにを悩んでいるの?」

 うさぎ姿のエルゼさんがピンク色の鼻をひくひくさせて、わたしをじっと見つめた。

 エルゼさんなら、知ってるかなあ。わたしは思い切って尋ねてみた。

「魔術師って、疎まれてるの?」

 すると、エルゼさんは少し考えるそぶりをみせて、答えた。

「そんなことはないわ。ただ、そうね。正規の組織に属さずに魔術を行使する、魔女や魔法使いの存在は、あまり歓迎されていないわ」

「正規の組織?」

「ええ。小さな組織がたくさんあって、それらをまとめる大きな組織があって、最終的には国に属する巨大な魔術師組織に繋がっているって聞いたことがあるわ。そうやって魔術師の数や特性を把握しているの。守らなくてはいけない規律はできるけれど、なにかと生活に融通が利くようになるから大概の魔術師は組織に進んで入るし、組織に属さない魔法使いを把握する魔術師もいるそうよ」

 むむ。そうすると、アキちゃんは正確には魔術師じゃなくって魔法使いになるのかなあ。わたしが知らないだけで、なにかに属してるのかな。

「アキ君は、たぶん、魔法使いじゃないかしら」

 わたしの疑問をぴたりとあてて、エルゼさんはうさぎ耳をぴんっと立てた。

「え!それって、なにか見た目でわかるの?」

「普通は分かるの。組織に属さない魔法使いたちは、魔術師たちに印をつけられるの」

 そうなんだ。けど、アキちゃんになにか目印ってあったかなあ。

 アキちゃんの仏頂面を思い浮かべてみるけれど、うーん、なにも見当たらない。そういえば、赤い石の首飾り、エルゼさんの住処をいつもぶらさげてるけど、あれではないよね。取り外しが可能な印って意味がないと思うもん。

「アキ君には印はないわ。けど、なんとなく、ね」

 エルゼさんは言葉を濁した。

 きっと尋ねても答えてはくれないだろう。それはエルゼさんが意地悪でそうするのではなくて、きっとエルゼさんもうまく説明できない感覚的ななにかだということがなんとなく伝わったからだ。

 ひとまず。

 わたしはお茶の用意をすることにした。

 他人の台所だけれど、なんとなくめぼしい戸棚をあさったらお茶葉も発見できたし、お湯を沸かすやかんもある。

 アキちゃんは今日一日書庫にこもってなにも口にしていないだろうし、ノルド君も外を歩き回って疲れているはずだ。

 たまにはわたしも役に立たないと。

 むんっと気合を入れて、わたしはエルゼさんと一緒にお茶の準備に取り掛かった。


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