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花の街・恋の街6

 悪夢のような狂乱の夜は明けて、花の街はひとときの平和を取り戻していた。

 黒い影たちの残した爪あとはそこかしこに刻まれていたけれど、カナンさんを始めとする騎士や警備隊の活躍によって、被害は最小限に抑えられたはずだ。復興は難しいことではないように思える。

 また、アキちゃんとノルド君が持ち帰った石のおかげで、すぐに結界を修復することができたらしい。

 だから、昨夜のようなことは、もう起こらないと花の街のえらいひとが、ひとびとを街の広場に集めて宣言した。その宣言に対して懐疑的なひとはもちろんいたが、大半のひとびとは納得し、街を襲った大混乱はじょじょに収束していった。

 そして、今夜、アキちゃんやノルド君は街を守った功労者として、花の街のえらいひとの集まりに招待された。

 もちろん、わたしは呼ばれていないけれど、その集まりは夜会の一種で、男女のペアで参加するのが習わしだそうだ。

 アキちゃんなんかは面倒くさがって辞退しようという話になりかけたが、カナンさんのすすめもあり参加することになった。

 正式な場なので、普段着はよろしくないらしく、よい服の持ち合わせがないわたしたちは悩んだ。けれど、そこで思わぬ救いの手が伸びた。

 リュネちゃんだ。

 そう。あの混乱の中はぐれてしまったけれど、リュネちゃんは無事だった。猫目を弓なりにして、アキちゃんの腕をとり、彼のパートナーとして一緒に夜会に参加したいというくらい元気だった。そんな彼女のツテで、服を貸してもらえることになった。

 名目上誰と誰がペアでも変わらないと思うのだけれど、リュネちゃんはそこにこだわった。なので、わたしは今回、ノルド君のパートナーとして夜会の場にいる。

 とはいえ、ノルド君は騎士だし、街になじみがあるので挨拶に忙しい。

 アキちゃんとリュネちゃんは、一通り挨拶を済ませた後ふたりでバルコニーのほうに行ってしまった。

 結果、わたしはひとりで会場の隅っこにすわり、夜会の食事を黙々とつっついていた。

 いや、実をいうと、正確にはひとりではない。

 わたしは白いワンピースの上に桃色のボレロを羽織り、ふわっふわのもっこもこの茶色い襟巻きで首を温めているが、この襟巻き、エルゼさんだったりする。

 夜会に招待されたのはアキちゃんとノルド君で、ペア参加がリュネちゃん。わたしとエルゼさんどちらが行こうか、という話になったとき、エルゼさんはとても尻尾が長いリスみたいな動物に変身して、誰にも内緒で参加することにしたのだ。

 精霊族ってとても不思議だ。アキちゃんいわく、精霊族は、分かっていることのほうが少ない謎の種族らしい。

 街には少なからず精霊族のひとびとの姿があったけれど、彼ら自身、自分達のことはよく分かっていないそうだ。

 思いのほか質素な食事をつっつきながら、他のひとにばれないように、こっそりエルゼさんにおすそ分けをしていると、ノルド君が戻ってきた。

 彼は獣の耳を窮屈そうに青い帽子の中にしまっていて、にんげんの男の子みたいになっていた。白いローブの裾から揺れる尻尾がなければ、獣人族とは分からないだろう。なんだか変な感じだ。

 彼はわたしのすぐ横の椅子を引いて、腰掛けた。そしてわたしのお皿から肉や魚をひょいひょいっと奪っていった。手づかみで!

「それ、食べかけだよ」

「腹へってるの。あいつら話ながいんだもん」

 わたしの心からの抗議をさらりと流して、ノルド君はお行儀悪く指を舐めている。

「大体さ、ムカつくよ。手のひら返したように、急にちやほやしだすんだよ。あんなに馬鹿にしてたのにさ。信じらんない」

 それからノルド君は耳を貸せとばかりにわたしを手招きする。すなおに顔を寄せると、彼は急に声を潜めた。

「でも、それ以上に信じられないのは、あいつだよ」

「あいつ?」

「アキサリス。ぼくなんて、あいつについていっただけだよ。なのに、あいつ、まるでぼくが今回のこと、全部やったみたいに言ってまわってるんだ。周りのやつらなんて、その話を鵜呑みにしちゃってさ。結果、あれだよ」

 ノルド君が指差した方向には、白いローブを着た神官やいい服を着たひとたちがいて、彼らはみんなノルド君に注目しているようだ。その眼差しは好意的で、前途ある有望な若者を見守るそれだった。

 別に、悪いことじゃないのに、ノルド君はいったいなにが不満なんだろう。

 内心首をかしげていると、やりきれない様子でノルド君は言葉をこぼした。

「その場で否定してやろうって思ったんだ。けど、カナンさんが……褒めてくれたんだ。ふたりともよくやったなって。きっと、カナンさんは分かってるよ。本当は誰が活躍したのかってこと。分かってて、それでも、ぼくも含めて褒めてくれたんだ。だから否定なんて出来なかったよ。言い訳がましいけどさ、カナンさんの言葉はすなおに受け取りたかった」

 ノルド君は両肘をテーブルについて、頭を抑え葛藤しているようだった。

「はぁ……。ごめんな。なに言ってんのかさっぱりだよな。でも誰かに聞いて欲しかったんだ」

 顔をあげて、ノルド君は力なく笑った。

 たぶん、ノルド君は、うしろめたいことを抱えているんだろう。それをちゃんと言えなくて苦しんでいる。きっと、心根がまっすぐなのだ。誰かに嘘をついたり、ごまかしたりするのがつらいのだ。

 なんとかして彼を元気付けたいけれど、なんと言ったらよいのか分からない。

「賢い選択だと思うわ。私達ならある程度事情を理解しているし、なおかつあなたの私生活、騎士の領分に踏み込むほどの面識があるわけではないもの。愚痴をこぼすには最適ね」

「そうそう。……って、うわ!リスがしゃべった!」

 襟巻きに擬態していたエルゼさんがあまりに流暢に話すので、ノルド君は驚きのあまり獣耳をぴーんっと立てて腰を浮かしかけていた。もちろん、被っていた青い帽子は床に落ちてしまっている。

「あ、そっかそっか。エルゼっていう精霊族だっけ。すっかり忘れてた」

「忘れていたとはお言葉ね」

 リスみたいな小動物の顔をしたエルゼさんは、つんっとノルド君から顔を背けた。

 そんなエルゼさんをなだめるように、ふわふわの尻尾を撫でながらノルド君は思い出したように周囲を確認してから言った。

「そういや、あいつ……アキサリス、どこ行ったの?」

「リュネちゃんとバルコニーに。星を見てくるんだって」

「ふーん。なぁ、おまえらってもしかして似てない兄妹?」

「ちがうよ。なんで?」

 兄妹に間違われるのは初めてのケースだ。新しい。

「だってさー。あいつの人間関係、ぜんぜん気にかけてる風じゃないしさ」

「リンちゃん、獣人族は自分の小さな集合体をとても大切にするの。妻や親しい友人とその他との区別が他のヒト族よりはっきりしているわ。特につがいはたったひとりと決めているから、よけいにね。だから、あなたとアキ君の距離感が不思議なんでしょうね」

「うーん。わたしってアキちゃんのこと、もっと気にかけたほうがいいの?」

「ぼくに聞くなよ……」

 すっかりあきれたように言うノルド君。

 でも、たしかに、ここのところアキちゃんと別行動をすることが多かったように思う。

 ここはひとつ、旧交をあたためてみるのもいいのかもしれない。

 そう思い立って、わたしは立ち上がった。

「じゃあとりあえずアキちゃんとリュネちゃんのとこに行ってみる。ノルド君、ごはんの確保はまかせた!」

 ノルド君にぐいっとお皿を押し付けて、アキちゃんたちが向かったバルコニーへ足を運ぶ。

 会場の外に出ているひとはごく少数だったので、アキちゃんたちを見つけるのは容易かった。

 ちょっと寒いな。なんて思いながら一歩踏み出す。

 赤いドレスを着たリュネちゃんは、黒い正装に身を包んだアキちゃんに寄り添って、うっとりと星空を見上げていた。

 そして、ふたりの影は重なり合う。リュネちゃんが少しだけ高い位置にあるアキちゃんの唇に情熱的なキスをしたのだ。

 思わずわたしは足を止めた。邪魔をするのも気が引けるし、とりあえず声をかける機会を見計らおう。

 バルコニーに設置された椅子のひとつに腰掛けて、わたしはふたりの様子を伺う。

 リュネちゃんはアキちゃんの首に腕を回して、何度かついばむようなキスを繰り返した後、ぐっと深く、何かを求めるように唇を合わせていた。

 長い。なんか長い気がする。

 息つぎとかどうするんだろう。苦しくないのかな。

 ちょっと心配してしまうくらいの時間、ふたりはそうしていた。

 ふたりの唇が離れて、はじめに響いたのは甘いささやきでも、浮かれた熱の余韻でもなく、大きなため息だった。

 アキちゃんは首に回されたリュネちゃんの腕をやんわりとほどいて、彼女に言い聞かせるようにつぶやいた。

「俺はすぐに街を離れる。こんなことしても、あんたがつらいだけだ」

「いいの。好きなひとの思い出をこの身に刻みたいって思うのって、そんなに変なこと?」

 ほどかれた腕をアキちゃんの背中にまわして、リュネちゃんは言い募る。

 けれど、アキちゃんは折れない。もう一度キスをしようとするリュネちゃんの唇を避けて、はっきりと断りの態度をとった。

「思うのは勝手だが、俺にそんな気はない。よってこの交渉はすでに決裂している」

「アキって、ほんと、手ごわいね。そこがいいんだけど」

 しっとりと濡れたリュネちゃんの赤い唇が妖艶な笑みの形をつくる。

 あんな唇におねだりされたら、男の子ならむしゃぶりつきたくなるんじゃないかなあ。アキちゃんて変なとこ淡白だ。せっかくの据え膳をお断りするなんて。

 わたしが悶々としていると、ふいに、リュネちゃんがこちらを見た気がした。

 どきりとして思わず姿勢を正すと、次いで、鋭い視線がつきささってきた。

 に、睨まれてる。アキちゃんにものすごく睨まれてる!

「お迎えが来たみたいだし、悔しいけど今夜は退散かな。もし、寂しくなったらいつでもここにきてね。ずっと待ってるから」

 リュネちゃんはアキちゃんに小さなメモを渡すと、くるりと赤いドレスを翻して、明るい光が灯る会場に姿を消した。

 リュネちゃんと入れかわるように、わたしはアキちゃんの隣に並んだ。

 もちろん、リュネちゃんのように身体を密着させているわけではない。ふたりの間には適切と思われる距離がきちんとあいているので、念のため。

「覗きたぁいい趣味だな、リン」

「待ってただけだよ。それに、堂々と見てたんだから覗きじゃないよ」

 うん。わたしは間違ってない。

「はー……。なんであんなに執着されてるんだ。意味わかんね。たいして話したこともねーのに」

 アキちゃんはそれ以上わたしをとがめることはなく、困ったように額に手を当てて、また大きなため息をついた。

「恋は理屈じゃないのよ。そして、彼女みたいなタイプは相手が手ごわければ手ごわいほど燃えるんでしょうね。ご愁傷様」

 人目も少ないので、毛皮になりきっていたエルゼさんは、そのままアキちゃんの肩に飛び移った。

 アキちゃんの首飾り、兼エルゼさんの住処にリスの形をしたエルゼさんは頬を寄せて、ほっと一息ついているみたいだった。やっぱり、住処の近くにいるほうが落ち着くのかもしれない。

「で、なんか用か?」

 エルゼさんのふわふわ尻尾を撫でながらアキちゃんは問いかけた。

 とくに、用があったわけではない。なんとなく、ノルド君の言葉に背中を押されて、この場にやってきただけだ。改めて聞かれると、なんて答えたらよいのか悩んでしまう。

 けど、なにか答えないと。ふたりの邪魔をしにきただけと思われるのは、なんとなく癪な気がする。

「えーと、最近、アキちゃんにかまってなかったなーと」

「は? かまってもらってなかったの間違いだろ?」

 自信満々に言い切られてしまった。

 どう反論しようか考えていると、アキちゃんは思い出したように言った。

「そうだ。リン、明日にはこの街を発つぞ。今回の件で思わぬ足止めを食ったが、代わりに王都へ向かう馬車の提供をとりつけた。これで予定よりも早く王都にたどり着けると思う」

「おお!ついに、馬車で向かう楽ちんな王都への旅が実現するんだねぇ」

「そういうこと」

 わたしはもろ手をあげて喜んだ。

 アキちゃんも成果を自慢できて嬉しいようで、にやにやと笑っている。

 この街を離れるのは残念だけれど、馬車に乗るのは純粋に楽しみだった。なにせ、わたしは馬車に乗ったことがない。はじめてのことというのはたいていわくわくするものだと思う。

 しかし、この馬車の旅が、新たな厄介ごとに向かって一直線に走っていくとは、わたしたちには知る由もなかったのだった。


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