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手紙


 春風が運んでくる、ここちよい花のかおり。

 あったかなおひさまとぽかぽか陽気。

 ことりたちのさえずり、草木をゆらす風のおと。

 平和だなぁ。平和すぎて、あくびがでちゃう。

 つい、うとうとってしそうになる体をひきしめて、わたしはうっそうと茂る緑の中へ足を踏み入れる。

 おおきな森だった。

 じっさいにどれくらいおおきいかは、じつはよく分かってない。でも、とてつもなく広いってことは実感できていた。だって、歩いても歩いてもずーっと緑が途切れないのだ。

 すごく昔に、中央の国からおおきな軍隊がやってきて、この森の広さを調べたことがあったらしいけど。一昼夜あけたあとに全員、森の入り口に戻ってきたらしい。誰も、森の向こう側をみないまま。

 ずっと北にむかってまっすぐ進んでいたはずなのに、もとの場所に戻ってきてしまうなんておかしな話だってみんな首を傾げた。そのときのえらい学者さんはいった。うっそうとした森に惑わされて、方向感覚が狂ってしまったんだろうって。

 でも、不思議と、この森の向こう側をみたひとがいた話はだれも聞かない。

 いつからか、この森には終わりがない、はてがないってささやかれるようになった。

 だから、ここは、はてなしの森って呼ばれている。

 べつに害があったりするわけじゃないし、むしろめぐみのほうが多いけど、立ち入るひとは少なかった。やっぱり、気味悪いんだろうな。

「アキちゃーん。アキちゃん、どこー?」

 そんなとこに、好き好んで毎日のように足をはこぶひとがいる。

 わたしの幼馴染のアキサリス。アキちゃんだ。

 森に行くとたいてい、アキちゃんはお昼時になっても戻ってこない。だから、アキちゃんのお母さんに頼まれてわたしが迎えにいくはめになる。

 別に森に入ることに対して抵抗はないし、むしろ、ちょっとおちつくし好きな雰囲気だなぁとは思うけど、アキちゃんを探しにいくとわたしのお昼ごはんの時間が遅れる。そのことだけが不満だった。いちどアキちゃんにそう訴えると、鼻で笑われた。かわいくない。

「アキちゃん、ごはんだよー。おなかすいたよー。飢え死にしちゃうよー」

 ぐぅって空腹を訴えるおなかをさすって慰めながら、けなげにアキちゃんを探す。そうしてると、どこからかがさがさって音がして、アキちゃんが現れた。もっと早く出てきてくれればいいのに。

「せっかく出てきてやったのに。なんだよ、ぶっさいくな顔しやがって」

 相変わらず、愛想のない態度だ。ただでさえ目つきが悪くて怖い顔なのに、薄氷のような目に剣呑な光が宿るとさらに凶悪になる。それでも、ぼさぼさの枯れ草色の髪をもうちょっと整えてくれたら、チンピラみたいな見た目も少しはマシになると思うんだけどな。

「ぶさいくっていった!ひどい!」

「腹すいたくらいでぶーたれてるおまえが悪い」

 ぷくーって膨らませていたわたしの両頬を、アキちゃんは容赦なく手のひらでつぶした。痛い。おっきい手に挟まれたまま、くいっと上を向かせられるとアキちゃんの鋭い目がすぐ近くにあった。

「おなかすいた!」

「うるせー。耳元でキンキンわめくなよ。おら、帰るぞ」

 アキちゃんは口の中でちいさく言葉をつぶやいた。そのまま、おでことおでこをくっつけて、そこからわたしがぜんぶ、アキちゃんとおなじものになってしまったような奇妙な一体感。浮遊感。

 その一瞬後、わたしたちはアキちゃんの家の裏手にある草原に降り立っていた。

 これ、魔法っていうらしい。こんな風に、一瞬で場所を移動することができるなんて、つくづく便利だ。

 わたしも使ってみたいけど、残念ながら、まったく才能がなかった。アキちゃんはお父さんが魔法使いで、才能もあるし環境もいい。凡人のわたしにとっては、なんだかうらやましい話だった。

「こんな手段もってるんだから、ぱぱっと時間どおりに帰ってきてよ。そしたらおばさんだってわざわざわたしを迎えにやろうなんて思わないよ。わたしはおなかすかないし、アキちゃんも邪魔がはいらないし、みんなしあわせだよ!」

「……。あそこにいると時間が分からなくなるんだよ」

「ふーん。そっかー。アキちゃんにも私の正確な腹時計を分けてあげたいなぁ。便利だよ」

「いらねー」

 アキちゃんはわたしをおしのけると、さっさと家に向かって歩き出した。

 昔はもうちょっとかわいかったのになぁ。いつからかすっかり無愛想な男の子になっちゃって、わたしは寂しい。

 ゆううつになりかけていたわたしの鼻腔に、なんともいえない芳しい香りがすべりこんできた。ごはんだ。アキちゃんの家のごはんは、とびっきりおいしい。アキちゃんを迎えにいったあとは、ここでおひるをご馳走になるのがわたしの幸せな日課だった。

「おばさん!今日のおひるはなーに?」

 アキちゃんのうしろを追いかけて、家に飛び込めば、白いエプロンをつけたアキちゃんのお母さんができたてのスープをテーブルに並べているところだった。

 アキちゃんのお母さんはとってもかわいい。

 今日はアキちゃんと同じ枯れ草色の髪を後ろで束ねて、水色のワンピースの上から紺色のガウンを羽織るという上品な村娘風の格好をしていた。こぼれおちそうなくらいおおきな藍色の瞳を細めて、微笑まれると、胸がきゅうんっとしてしまう。

「いつもお迎えありがとうね、リンちゃん。助かるわ。今日はね、なんと!鶏肉とおやさいたっぷりのポトフと焼きたてのふんわりパンよ」

「わーい!いっただきまーす!」

 アキちゃんの隣に遠慮なく座って、ポトフとパンをほおばる。おいしい!

「生きててよかったぁ~って思える瞬間だー」

「おまえはお手軽でいいな」

 このときばかりは、アキちゃんの嫌味なんてぜんぜん気にならない。やっぱり、おいしいごはんってすごく偉大だ。

「はい。リンちゃん、牛乳も飲んでね。アキもちゃんと飲むのよ」

「そうだよー。じゃないと、背、おっきくならないんだよ」

 気を悪くしたように、アキちゃんはぷいっと横をむいてしまった。

 背がちょっと低いことがアキちゃんの悩みの種らしい。乱暴でえらそうな態度のくせに、悩みが小さいなぁ。

 アキちゃんのこういう弱みをいじるのも、わたしの楽しい日課だった。アキちゃんよりチビなわたしがいってもたいして堪えないだろうけど。

「……誰かくるな」

「んえ?」

 アキちゃんは食事を中断して、玄関にむかった。玄関といっても、小さな家なので、食事をする居間と外は直接つながっている。

 だから、ひょいっと身体を傾ければすぐに外の様子は伺えた。

 アキちゃんは訪問者と二、三言かわすとすぐに扉を閉じた。その手には上等そうな白い封筒に、仰々しい赤い蝋印がしてある。このあたりではまず使わなさそうなものだ。

「手紙屋さん?めずらしーね」

「ああ。おやじ宛で、急ぎの用件らしい。おふくろ、おやじどこにいるんだっけ」

 おばさんは家の外をまっすぐに指差した。

「外の書斎に引きこもってるわよ。届けてあげて」

「わかった」

 そう応えて、アキちゃんは出て行った。

 なんだか、家の中の空気が重い。気のせいだろうか。

 こころなしか、おばさんは怒っているようだった。じっとわたしが見つめていると、いつもどおりの笑顔を浮かべてくれたけど、なんだか不安だ。

「わたし、帰ったほうがいい?」

「ううん。いてくれたほうが、いいかもしれないわね」

 おばさんのその言葉は、いっそうわたしを不安にさせた。

 なにか悪い報せなんだろうか。

 おばさんは、なにか心当たりでもあるのだろうか。

 アキちゃんが、アキちゃんのおとうさんを連れて戻ってくるまでわたしは気が気じゃなかった。

 あ。もちろん、ポトフは残さず食べたけど。

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