ぽたぽた落ちるあれ
あなたが「暑くない」と感じているとき、本当にただの思い過ごしでしょうか……?
━━ぽたぽたぽたぽた
ぽたぽた
ぽたぽた落ちている。
ぽたぽた落ちているのはなんだ。
わたしにはわかりはしない。
可能性として一番時間が得られるのは、汗だ。私の体から流れ出る汗だ。
だが、私は今、まったく暑さを感じてはいない。━━ならば何だ?
不吉な予感が頭を過る。
まさか!!
暗闇の自室で冷房をかけず、じっと動かずにいたわたしは慌てて首筋に手をやった。ぬめりとした感触。指先を目の前にかざすと、黒ずんだ赤が滴っていた。
首を切られた覚えはない。痛みすらない。ただ、ポタポタと首の皮膚から直接、湧き出るように血液が床へ零れ落ちている。
「な、なんだこれ……」
パニックになりかけたその時、耳元で「ジジジ……」と嫌な虫の羽音が聞こえた。
不自然なほど冷たい風が首筋を吹き抜ける。その音は、ただの羽音ではなかった。じっと耳を澄ますと、それは夏のセミの鳴き声ではなく、掠れた女の声だった。
『暑い……暑い……』
声が響くたび、首の穴からドクドクと勢いを増して血が溢れ出す。
わたしが「暑さ」を感じていなかったのではない。
この部屋の空気を凍りつかせている“何か”が、わたしの体から温かい血を吸い上げ、代わりにその冷気を注ぎ込んでいたのだ。
滴る音は、次第に「ボタボタボタ」と重く、速くなっていく。
闇の中から、カチリ、と音がした。
部屋の隅に転がっていた風鈴が、風もないのに狂ったように鳴り響き始めた。
【了】
本作をお読みいただきありがとうございます。
夏の蒸し暑い夜、部屋の中でふと感じる違和感や不気味な冷気をテーマに執筆しました。どこか身近に潜んでいそうな日常の延長線上にある恐怖と、音や感触といった五感に迫る描写を楽しんでいただけていれば幸いです




