「私なんて」が口癖の女を、殺戮公爵の前で物理的に粉砕した話
王都社交界の夜会はいつも通り、酸素の薄い場所だった。
着飾った人形たちが、中身のない賛辞を交換し合うだけの空洞。だからこそ、その不協和音はよく響いた。
「ドロセラ! お前との婚約は今日で破棄だ! 俺は、こちらのリン嬢と結婚する!」
私の婚約者……いや、何故か婚約破棄を伝えてきたので、元婚約者と言うべきか。
元婚約者のエドリックが差し出した手の先にいたのは、小刻みに肩を揺らし、控えめに微笑む女だった。
「わ、私なんて……とても恐れ多いです。ただ、エドリック様のお役に立てれば、それで……」
何か知らないが、演劇が始まったらしい。私はほう、と小さく息を吐いた。
シャンパングラスに映る自分の顔は、相変わらず冷めていた。
「お前は傲慢なんだよ、ドロセラ」
エドリックは、私をまっすぐに指差した。
「たかだか小さな家具を作るだけの癖に、何でも自分の言うことが通ると思っている。その職人気取りの鼻持ちならない態度が、どうしても我慢ならなかった」
これが、エドリックの言い分らしい。問題があまりにも小さいこと過ぎて、私は思わず吹き出してしまった。
そもそも、彼は私の技術によって生み出されている金額を一度でも見たことがあるのだろうか?
ないからこそ言える、無垢で、浅い言葉だ。
「だが、リンは違う」
彼は隣の女を見つめ、陶酔したように続けている。
「常に謙虚で、慎ましく、それでいて――君と同程度の技術を持っている。彼女の作る家具は、君のものよりずっと、人の心に寄り添っているんだ」
会場がざわめく。
私としても、同程度の技術を持っている人物がいる、という事実は聞き逃せなかった。
「私はまだまだで……ドロセラ様の足元にも及びません……」
リンは俯き、伏し目がちに私を盗み見る。
その瞳の奥には、否定されれば『謙虚な自分』という評価を積み上げ、肯定されれば『ドロセラを超えた』という事実を得る、周到な計算が透けて見えた。
なるほど。
あのリンという女はかなり計算高い、そして最も私が嫌う人物のようだ。
だったら、ここで引く理由は何もないだろう。私は一歩前に出た。
「婚約のことはどうでもいいわ」
私の声は、夜会の喧騒を凪のように静めた。
「でも――私と同じものを作っていると言われて黙っていられるほど、出来た人間でもないの」
私は近くの給仕にシャンパンを返して、代わりに銀の盆を借りた。
その上に、懐から携帯用の工具を取り出して置いた。
「即興でいいわ、ここで作りましょう。……リンさん、と言ったかしら。あなたが私と同等だというのなら、同じ材料、同じ時間で、どちらの成果物がより有益であるか。この場で示しましょう」
リンの顔がわずかに強張る。
恐らく、真正面から突っかかってこられるとは考えていなかったのだろう。
「リン。君ならできるよ」
「そんな、私にはとても……。でも、エドリック様がそこまで仰られるなら……」
エドリックが勝手に一人で言っていることにして、逃げても良かっただろうに。
ここで勝負に乗ってくるということは、リンという人物も自分が作るミニチュア家具に自信があるようだ。
あるいは、本当に私より上だと思っているのかもしれない。
「材料にも、工具にも。一切の細工はしていないとここに誓うわ。証人はこの会場にいるすべての人よ」
「分かりました」
リンはじっくりと私の予備の工具と素材を確認していた。
その姿は正直に言うと、とても慎重な性格であることを周囲に印象つけようとするものにしか見えない。
まさに、どこまでも自分にとって有利な舞台を作るためには余念がない、計算高い女だ。
「そこの貴方。時間を図ってくださる? 開始は二分後、そこからきっかり三十分よ。作るのはテーブル一つと二つのイス。構わないわね?」
「問題ありません。精一杯、やらせていただきます」
適当な人間に時間を図らせ、私とリンはミニチュア家具作りを始めた。
その間、会場は非常に静かであった。
* * *
三十分後。
卓上には小さなテーブルとイスがそれぞれ指定数並んでいた。
リンの作品は美しかった。
滑らかな曲線、愛らしい装飾。デザインも申し分ない。
そして、私の作品もそこは同じだった。書き込まれているデザインの種類こそ違えど、どちらが良いかという話をするなら、もはや買い手の好み以上の差は出ないだろう。
集まった貴族たちは戸惑っていた。
その道に精通している人間でなければ、作品の差を語れないからだ。
なので、私は自分のテーブルを持ち上げた。
「エドリック様はこう仰いましたね。リンさんの作品は、私と同レベルだと」
「そうだ。それがどうした?」
言質は取った。
だから私は、リンが作った方のテーブルを指差しながら言った。
「では、これを全力であちらの壁に向かって一緒に投げつけましょう」
「な、投げるんですか? そんなことをしたら、壊れてしまいます」
「壊れる? おかしなことを仰りますね。私の作品は見て楽しめるのと同時に、小さな子供が乱暴をしても壊れないがモットーです」
これを聞いた瞬間、リンは顔色を悪くしていた。
はっきり言うが、デザインでも負けているとは思っていない。しかし、彫りの深さや描かれている模様は結局のところ、買い手の好みが出てしまう。
だから私は、そんなところを売りにはしなかった。
もちろんデザインも妥協しないが、それ以上に重要視しているのは耐久度だ。同じ素材を使ってどれだけ強度を上げられるか。かつ、デザインも疎かにしないか。
それこそが、私の作るミニチュア家具の矜持だ。
「さあ、手に取ってください。一緒に投げましょう」
「でも、投げるのは人に当たったら危険ですから、工具で殴るのはどうですか?」
それでは加減が出来てしまうではないか。
私にどちらも殴らせてくれるなら一考するが、どうせそれを宣言したら嬉々としてやらせてくるだろう。
そして、彼女に陶酔しているエドリックが『ズルをするために彼女のだけ強く殴った』とか言って、難癖をつけてくるのは目に見えている。
だからこそ、彼女自らの手で投げるという行為をさせないといけないわけだが、さてどうしたものか。
「だったら、僕が投げてあげるよ」
その時、会場の空気が凍った。
大広間の重厚な扉が開かれ、濃紫色の外套を纏った男が歩み寄ってくる。
「殺戮公爵だ……」
誰がそう名付けたか。
近づいてきたこの人物こそが、殺戮公爵と名高い我が帝国の生体兵器と称される、ルカス・デルソルのようだ。
誰もが血の気の引いた顔で道を空ける中、私は眉ひとつ動かさず、彼を正面から見据えた。
「投げてあげると言ってくれましたが、公平に投げつけられますか?」
「利き手による差が嫌なら、魔法をぶつけてあげてもいいよ」
ルカスの言葉に、人々はさらに距離を取った。
エドリックはもちろんのこと、リンも流石に殺戮公爵の魔法が怖いようだ。
「では、それで。リンさんも問題ありませんか?」
「は、はい……」
彼女にとって、これは渡りに舟だろう。
何せ、殺戮公爵の放つ魔法なのだ。自分のだけでなく、私が作ったものも一緒に木っ端みじんになると思っているに違いない。
そうなれば、勝負はお流れ。
さらには、殺戮公爵が来たので勝負はここまでと言う、逃げの一手も打てる。
でも、私は絶対に逃げたりしない。
私の作ったミニチュア家具は、例え殺戮公爵の魔法だって耐えられる。そうでなくては、職人などと言えないわ。
「じゃあ、やるよ」
デルソル公爵が右手の人差し指を私のテーブルに、そして中指をリンのテーブルに標準を当て、魔法を放った。
まばゆい光が彼の指元に集まったかと思った時には、パンッと木材が破裂する音がテーブルの方から聞こえてきた。
どうやら置物として使っていた人間用のテーブルも壊れたようで、煙が舞い上がっている。
「ひぃっ!」
「ああ、恐ろしい……」
あの魔法が自分に向けられたら。なんて、妄想たくましい者たちが悲鳴を上げている。
私はそれらの雑音全てを無視して、自分の作品を注視した。
煙が晴れた場所にあったのは、木っ端みじんになった元々のテーブルと、同じく残骸に姿を変えたリンの作品。
そして、床にひっくり返っている私のテーブルとイスだった。
「あれ。ミニチュア家具にぶつけるにしては、結構な威力を出したんだけどな。君のは随分と丈夫だね」
「ふふ、ふふふっ! どうかしら? 私の作ったものは、殺戮公爵の魔法さえ凌いで見せたわ!」
私が一人で高笑いする中、リンは何も言ってこなかった。
相手は殺戮公爵だ。彼に『ドロセラさんの方だけ手を抜いたのでは?』なんて嫌疑をかけるわけにもいかない。
だから、彼女はこういうはずだ。
「流石はドロセラさんですね。ミニチュア家具作りで右に出るものはいないと言わしめるその手腕、感服です」
ほらね。
ここで私が責めれば、結局は私が悪役になるもの。
謙虚に振舞っていれば、本当に負けた時もこうして下手に出ておけばいい。まさに、どう振舞っても美味しいところだけを持っていける、最強の演技と言っていい。
「どちらに転んでも相手のせいに出来るよう予防しておかないと、喋ることもできないなんて大変ね」
勝負がついたので、私は彼女の元へ行き、囁くように伝えた。
「そういうのをね、世間では『虚偽の謙遜』って言うのよ。自分の腕に責任を持てない者が作った物なんて、私はいらない」
「そんな、つもりは……」
口では何とでも言っていても、決してリンは泣かない。
それは、心の底から傷つかないからだ。今もきっと、私が悪いと思っているのでしょう。あるいは、こんな話に発展させたエドリックか。
別に、どうでもいいわ。そう思っていたいなら思っていなさい。
ただし、傲慢の極みとも呼べる言動でミニチュア家具を語る限り、何度でも私の確かな技術で叩き潰すけど。
「あはは! いい余興だったよ。面白いものを見せてもらったな。君、名前は?」
「ドロセラ・フローレンよ」
「ふうん。ちょっと話があるからさ、付いてきてよ」
「面白い話なら、是非とも」
こんな会場に居続けるぐらいなら、彼についていった方がマシというものだ。
静まり返ったままの夜会に背を向け、私は公爵の差し出した手を取り、一度も振り返ることなく光の輪の中から歩み去るのだった。




