07_夜の執務室 ーside エリックー
本来ならば眠りについている深い夜。
私の執務室には執事長であるセバスチャンと、マリの世話についてもらったハウスメイドであるサラの姿があった。
私は執務机に向かって座り、その前にセバスチャンとサラは横並びになって立っている。
それは全て、今日出会った不思議な少女・マリについて話をするためだ。
私より年は少し下であろう、魔力があり、魔石を使用した道具を作成できる少女。
お風呂に入り汚れを落としたその姿を見た時は言葉を失った。
肩まであるミルクキャラメル色の髪、パッチリ二重にエメラルドグリーンの瞳、その瞳が伏せる時は長い睫毛が影をつくり、お風呂上がりで火照ったピンク色の頬は陶磁器のように白い肌によく映えていた。
品もあり、おそらく淑女教育を受けているだろう。
しかし記憶がないと言う。
見目も中身も良い、そんな少女があの森にいることが本当に不可解だった。
我が家紋に難癖をつけるためだけに置き去りにするのならば、有能な者を選出しないはずだ。
「ではサラ、報告を頼む」
今日1日でマリと1番長く一緒にいたサラに報告を求める。
「お風呂場で身体に虐待や体罰のような傷がないか確認しましたが、そのような傷はありませんでした。
ただ、痩せすぎです。栄養失調で倒れても不思議ではないくらいに痩せ細っておりました。満足に食事ができていなかったのでしょう。
あと、私達のようなメイドに世話をされることに慣れていらっしゃっるようでした。
お召し物を脱がせるときや着せるとき、また、お風呂でのマッサージ等も世話をされることに慣れていない者は畏まったりするのですがそれがなく、普通に甘受されておられました。
食事のマナーも完璧でした。カトラリーは正しく使え、スープをお飲みになるときも物音一つ立てておりません。
なにより魔法が使える時点で普通ではないかと。」
次に、人をみる目があるセバスチャンに話をふる。
「セバスチャンは?
長年色んな人達を相手にしてきただろう。セバスチャンから見てマリはどんな印象をうけた?」
「お風呂あがりのマリ様は汚れが落ち、本来の美しさが出ましたな。あまりにもの美しさに言葉が出ませんでしたよ」と、にこやかに話す。
「確かに。いや、私が聞きたいのはそうじゃない」思わず頷いてしまっただろうが。
セバスチャンは「いやはや、お坊っちゃま本音がこぼれておりますよ。とうとう春到来ですかな?」とからかってくる。
私はセバスチャンを睨み付けるが「おぉ怖い」とサラの後ろ隠れるふりをした。
私は咳払いをし、反れてしまった話題を本筋に戻す。
「マリはただの平民の孤児ではないだろう。
しっかり淑女教育を受けている。そうでなければ見事なカーテシーもとれないし、カトラリーも使えない。なにより一つ一つの所作に品がある。
ただ、魔法が使え、あのような道具を作れる者がなぜ、身なりがボロボロであの森にいたのだ……」
考えれば考えるほど分からない。
私が頭を抱えていると、サラがおずおずと「あのう…」と声をあげた。
「もしかしたら、どこからか逃げてきたと考えられませんか?
食事も満足に与えられずに魔石を使用した道具を作らされ、それにともない魔力も搾取され続けて、着の身着のままなんとか逃げて行き着いた場所がこの領地だったのかもしれません」
サラの推測にセバスチャンものりはじめる。
「そうだとしたら辛いことを思い出したくなくて、記憶がないと言ったとも考えられますな。
名前も新たに生きたかったのか、それとも名前で呼ばれていなかったのか……」セバスチャンは目頭をおさえ天を仰ぐ。
サラは続ける。
「それか、マリ様のあの容姿です。
金にものを言わせてどうにかしようとした権力者から逃げてきた可能性もあるのではないでしょうか」
セバスチャンとマリの推察をきいて、私は全てを理解した。
「だからなのか。
マリは私に名乗ったとき"家名はない"と、わざわざ言ってきた。
人里へ案内して欲しがったのも、家名を捨て、名を新たにし、平民として生きて行こうとしたのなら納得ができる」
まだ大人に保護される年齢だろうに、マリの決意のなんと重いことかっ。
優しくせねば……。私がマリを守らねば!
「マリは私の客人として、この別荘に滞在させる。
セバスチャンは明日、他の使用人達に丁重にもてなすよう徹底周知してくれ。マリに関して余計な詮索はするなとも釘指しを忘れず頼む。
サラはそのままマリ付きになり、彼女に寄り添ってあげてくれ」
セバスチャンは「承知致しました」と頭を下げ、サラは「お任せ下さい!」と力強く返事をした。
マリ、安心しろ。
私がマリを守ってやるからな!
勘違いが加速していく……。




