18_先人の知識2
「マリ、話くらいなら聞いてやる。あまり内に溜め込むなよ」
魔塔の主はそう言って消えていった。
誰かに話せる時がくるのだろうか。この先人はきっと前の記憶を、知識を書き起こすことで自分という存在が、確かにここにあることを確認したかったのだろう。そうでなければ正気を保てず、しかし最後には気がおかしくなってしまったのだろう。
私は……。私は大丈夫。2度目の人生で楽しかった記憶があるから。2度目の人生のとき、私を私と認識したのが乳幼児期で良かったと、心の底から思う。
ただ、あの時は1度目のろくでもない記憶のせいで両親に迷惑をかけてたな。何度も悪夢としてみては、泣き叫び起きていた。オタク趣味に出会って、それに没頭するようになって、少しはマシになっていった。
気持ちが落ち込んでいると、扉をノックする音がした。「どうぞ」と声をかけるとサラさんが「昼食の時間です。着替えましょうか」と入室してきた。
私は「お願いします」と立ち上がった。サラさんが来てくれて助かった。そうでなければ、きっと、気持ちがもっと沈んでしまっていただろうから。
ドレスに着替えてダイニングルームに移動する。エリックは既にダイニングルームに来ており、私を確認すると私をエスコートしてくれる。
紳士だ。アイツとは全然違う。無意識にでも、アイツと比べてしまった自分に嫌気がさす。忘れろ。もう関係ないんだと自分に言い聞かす。
椅子をひいてくれ、私はお礼をして椅子に座る。エリックも自分の席につき、昼食の開始だ。
「エリック、一応報告しておくけど魔塔の主が私の部屋にきたよ」
エリック父がいない今、この別荘の主はエリックになる。そのため、一応は報告をしておく。
「なに?魔塔主が?」
「うん、昨日言っていた翻訳して欲しい本たちを持ってきた」
「昨日の今日でか?先触れもなく?マリの部屋に直接?」
「いきなり現れて驚いたけど、着替え中とかじゃなくて良かったよ」
「なっ!着替えとかっ!」
エリックは顔を赤くした。やはり少年だな。これしきのことで顔を赤らめるとは、初やつだ。
「それでさエリック。私、街に行きたい」
エリックは右手を口元にもっていき、ゴホンと咳払いをしてから「街にか?何か欲しいものがあるのか」と聞いてきた。
「道具を作るのに素材が欲しくて。あと、鍛冶屋さんの場所を把握しておきたいんだよね」
先人が遺してくれた紙の束に目を通してからになるが、鉱石の加工を依頼したいため、あらかじめ場所の確認をしておきたい。やはり加工はプロに頼むのが一番だ。
「鍛冶屋?」
「うん、私じゃ素材の加工に限界がくるし。そのうち依頼したいこともあるから、先に場所だけでも把握しておきたくて」
「そういうことか。
さすがに今日の午後は無理だな。近いうちに連れて行くと約束しよう」
「エリックも忙しいのにごめんね。ありがとう」
「私も街に行きたいと思っていたから、ちょうど良かったよ」
エリックはそう言ったけれど、きっとこの言葉はエリックの優しさだろう。改めて私は「ありがとう」とお礼の気持ちを言葉にした。
昼食がおわり、部屋に戻ってきた。エリックはまだやることがあるらしく、それが終わったら私の部屋に来ることになっている。どうやら昨日、父親にオセロを負けたのがよっぽど悔しかったらしく、「特訓だ!」と息巻いていた。
私はエリックが来るまでに、魔塔の主が持ってきた違う本に手を伸ばす。この本の筆者も、先に読んだ人のように気が保てなくなっていたのだろうか。ソファーに座り表紙をめくった。パラパラと簡単に全体に目を通す。
……これはあまり翻訳したくない内容だった。
簡単にいうと日記だった。最初はいきなり前の記憶が戻り混乱したこと。今の身体での、今までの記憶がなくなったことに対しての困惑から始まっていた。
しかし、この筆者は強かった。女性だったのだけれども、旦那に支えられたという点も大きかったのだろう。しかし前の記憶をいかした、旦那を満足させるラブラブ赤裸々日記だったのだ。しかもその知識を回りのご婦人達へも伝授し、愛の伝道師との異名をいただいたと書いてあった。
魔塔は中身を知らずに保管していたのだから仕方がない。だから、魔塔の主が翻訳依頼として持ってきたのも仕方がない。だからといって、これを翻訳し、魔塔の主に渡すのはなんだか恥ずかしい。
この世界、娯楽なんて少ないし、2度目の人生ではもっとムフフな内容の本を読んでいたし。
……うん、私の愛読書にしよう。
私はそっと、ベッド下にその本を隠したのだった。
2025.11.12 誤字修正致しました!ご報告ありがとうございます!




