15_不安
室内には私とエリックだけが取り残された。
抱きつくのをやめたエリックは、私の右手を自身の左手で繋ぎとめ、私と向かい合わせになった。
「マリ、魔塔主が言っていた『魂に記憶を刻んだ者』とはなんだ?」
エリックが疑問に思うのも仕方がなかろう。だが、前世の記憶があるといって信じてもらえるのか。気が狂ったやつと思われないか。魔塔の主でさえ、伝え聞いた程度だ。エリックに本当のことを言って信じてもらえるか不安になり答えられずにいた。
「まだ私が信頼できないだろうが、いつかマリが話しても構わないと思ったら話してくれたら嬉しい」
「エリック……」
「私はマリに悲しい顔をして欲しくはない」
「……ありがとう」
私は本当にエリックに出会えたことを心の底から感謝した。
「でも、本当に私はここに居てもいいのかな?」
思わず、私の心の中にある不安が言葉に出た。
魔塔に行った方がエリック達に迷惑をかけずにすむ。古代語で記された書物の翻訳という大義名分を得れば、肩身狭く過ごすこともないだろう。まぁ、付き人が言っていた嫉妬の嵐の渦中に放り込まれるのは嫌だけど。
けれど、ずっとここで世話になるわけにもいかない。いずれここを出ていかなければならないなら、魔塔の主の提案を受けた方がよかったのかも、とか思ってしまう。
「何を言っている!居ていいに決まっているだろう!」
「でも私はただの居候だし、今は何も返せるものがない」
「マリは私の友達だ」
「友達ってだけで居てもいいの?」
その理由だけだと私は不安なのだ。私には帰る場所がない。だからここに居させて貰えるのは感謝しかない。だけど、ずっとここに居られないことは分かっている。いつ追い出されるのか不安でしかないのだ。
「当たり前だろう!父上もこのままここに居ていいと言っていたではないか」
「……うん」
コンコンと扉をノックする音がした。扉の方を向くと、開け放たれた扉にノックしているエリック父と、その後ろにはセバスチャンさんがいた。付き人の見送りが終わって、戻ってきたのだろう。
「君たちの会話が廊下まで洩れていたよ」
エリック父が言ってきた。それもそうだ。客室の扉は開け放たれたままなのだから。
エリック父は室内に入り、私の前に両膝をついて私の目線に合わせしゃがみ、私の両腕を掴んできた。
「マリ、ここに居てくれて全然構わないんだよ。君はまだ子供だ。大人に守られる立場にあるんだ。
だからといって、成人したら直ぐに出ていけとも違う。もし居てもいい理由が欲しいなら、便利な道具を作ることを仕事として考えてみるのはどうだろう。
もちろん、必要な材料はこちらで揃えるし、作った道具は買い取らせてもらう。それならマリも、まだここに居やすいのではないかい?」
さすがにエリック父は大人なだけあって、私の不安をわかっている。働かざる者食うべからず。
ただただ居るのが気まずい気持ちをわかってくれている。
「……魔道具っていいます」
「魔道具?」
エリック父が聞き返す。
「はい、私が作っているのは魔道具っていいます。私に好条件すぎるんですけど、本当にいいんですか?」
私には願ってもないほどの好条件。
「もちろん。マリが作る魔道具は我々の暮らしを便利にするからね。需要はあるよ」
今はエリック父の言葉に甘えよう。
「これからも宜しくお願いします!」
私は頭を下げた。エリック父は「よろしくね」と私の頭を撫でて立ち上がった。
「マリ、私こそ宜しくたのむ。オセロで勝ち逃げなんて許さないからな」
エリックも私の頭を撫でる。
「オセロは角をとった方が有利だからね。
今はトランプっていうカードゲームを作るつもりだから、楽しみに待っててね」
「あぁ、今からすごく楽しみだ」
「息子が負けている"オセロ"とやらを、良ければ私にも今教えてもらってもいいかな?本宅に戻ってしまったら出来なくなってしまうから」
エリック父がオセロに興味を持ってくれたらしい。私は「もちろんです!」とオセロの準備をする。
エリックは「負けませんよ父上」と、エリック父と一緒にテーブル前のソファーに移動する。
セバスチャンさんは「お茶の準備を致しますね」と一度退室していった。
私はエリック父にルールを説明しながら、エリックと一試合をする。エリック父は「ふむ、ルールは分かりやすいな。どれ、エリック。私と勝負しよう」と親子対決が始まった。勝者はエリック父。「なぜだ!?私の方がやっているのに」と悔しがるエリック。エリック父が「息子に負けるわけがなかろう」とエリックを煽る。私はセバスチャンさんと一緒に笑って親子のやり取りを見る。
いつまでもこうやって、ここで過ごせたらいいなと願った。




