12_悪夢
見覚えのある薄暗い部屋の中を、天井近くから俯瞰で室内を見渡している。そこには質素なドレスをきた腰まである茶色の髪をした女性と、灰色の髪をした横柄な態度の男性が立っている。
男性は一方的に女性を罵倒し、手に持っていたグラスの中身をかける。頭からグラスの中身を被った女性の髪からポタポタと滴が落ち、カーペットに染みを作る。
男性の足元には空になった酒瓶が転がり、その後ろには胸元が強調された深紅のドレスをきた妖艶な女性が立って笑っている。
グラスの中身をかけられた女性は俯いていて顔は見えないが「あぁ、私だ」とわかった。またこれは「夢」だとも。
男性は仕立てのいい服をきているが品もなければ節操もない。胸元を強調した女性は猫なで声を出し、男性の腕に胸元を押し付けるように絡み付く。
今の私なら「逃げて。今すぐ逃げて。超逃げて」と言えるが、男爵位を金で買った成金の商家に、借金で首が回らない伯爵家から身1つで売られた私では立場が違った。そもそも、1度目の人生の私は、逃げるなんて選択肢は存在しなかった。いや、知らなかったんだ。ただただ耐えるしかなかった。
「女のくせに魔法が使えて生意気だ」とか「お前は金で買われた」だとか、貴族のマナーを教えようにも「俺に指図するな」とか、愛人は囲ってもいいが子供は出来ないようにとお願いしても「お前の身体になんか欲情しない」と散々な言われようだった。
ここが夢の中ならば私の好きなようにできる。
目の前のクズに反撃しようとしたその時、『マリ!目を覚ませ!マリ!!』と、どこからか呼ばれ意識は強制的に夢の中から引っ張りあげられた。
目をあけると目の前にはエリックがいた。
「うなされていた。怖い夢をみたのか?」
怖い夢ではない。胸糞悪い夢を見てただけ。
どうやらエリックは善意で起こしてくれたらしい。夢の中とはいえ、せっかくのやり返す機会を潰してくれたな…なんて恨み言は言わない。
過去は過去。その時の負の感情なんて引き継がない……とも言いきれないが。
私はもう、あの時の私ではないのだ。関係ないのだ。
だからあえて私の生家だった伯爵家のことも、私が嫁がされた男爵家がどうなっているかなんてエリックには聞かない。聞く必要がない。
ベッド横にあるサイドテーブルの上には、水が入った水瓶があり、エリックはその水瓶を手に取りグラスに注ぎながら「寝ずに作業をしていたらしな。だから身体もつかれて悪夢を見たのだろう」と私に水の入ったグラスを差し伸べてくれた。
私は上半身を起こしてそれを受け取りイッキに飲み干した。
「寝ないで作業するのなんて慣れてるよ。次々とアイデアが浮かんできて、作るの楽しかったし」
2度目の人生、趣味にお金をつかうべく、定職だけではお金が足りないため仕事が休みの日にはバイトをいれまくり、休みなく働いてきた。日中は仕事やバイトに勤しんでいたため、必然的に趣味に費やす時間は夜になる。そのためエナドリ片手に徹夜は当たり前だった。ネトゲ仲間とボイチャを朝まで繋ぎ、そのまま仕事に行ったこともある。
ソシャゲでは欲しいアイテムが出るまでガチャを回し、コラボカフェがあれば特典で貰えるランダムグッズをコンプするまで通った。電子書籍でもマンガや小説は読んでいたが、お気に入りの作品は手元に置きたいから紙媒体でも買う。あぁ、2度目の人生のなんと充実していたことか。
エリックは何故か悲しい顔をした。
「それでもだ。今日は何も作らずゆっくり休んでくれ」と優しく頭をポンポンされた。
相変わらず距離感がバグっているエリックのために、友達をすべく作ったものがある。
「エリックは今日時間ある?」
「どうしたんだ?今日は特に用事はないが」
「それならさ、私が作った物で遊ぼう!」
「遊び道具を作ったのか?」
「ちょっと待っててね」と私はベッドから出て、作りたてのジェンガとオセロをテーブルの上に置いた。
ヤスリがなかったから、木を滑らかにするのに苦労をした。一個一個の大きさも均等にしなければならなかったし、オセロに至っては裏側を黒く塗るため、手がインクで汚れまくってし。
だが、苦労したぶん我ながら良い出来だと思っている。
エリックはベッド横の椅子から、テーブルの前にあるソファーに移動した。
「これはなんだ?」
「この木が積まれているのがジェンガ。盤の上に丸いのがあるのがオセロ」
私はジェンガとオセロのルールを説明する。
エリックは「夕飯までだぞ」と言って一緒に遊んだ。
気付けばお互い白熱しており、サラさんが呼びにくるまで激闘を繰り広げていた。




