8、手紙と贈り物と
気がつけば、夜会まで半月になっていた。
最後に騎士団寮に行ってから半月もたっている。私はため息をついた。ゼインさんから音沙汰なしだ。一度だけ帰ってきた兄が言うには城内のいろいろなことに駆り出され、暇はないらしい。
夜会までどころか過ぎても一週間程度は無休。一か月程度は忙しいだろうという見込みであるそうだ。
つまり、当日までは会うこともない。仕事が忙しすぎてそれどころじゃない。
それはわかっているけど、忘れられたりしないと不安になってくる。
「手紙、来ていないかしら」
そんなことを手紙などを扱っている執事に日に三度は聞いているあたり、もう、末期だ。なお、手紙は先に出した。パートナーに選んでもらえて嬉しかったこと、当日の意気込みなどを、だ。
出した後に、空回りすぎたのではないかと思うような手紙だった。
呆れられているのではないかと怯えも込みで返信待ちしている。
「来ておりますが、お望みの方ではございません」
執事が恭しく二通手紙をお盆に乗せて出してきた。
「ベアトリス嬢とディア?」
「奥様にもテイレ子爵夫人からお手紙がきておりました」
そう聞くとディアスからの手紙が途端に嫌なモノに見えてきた。
「クリス様から贈り物も届いております」
「兄さんが?」
そんな気の利いたことするかなと思ったけど、周囲に言われてなにかすることも可能性としてはある。手紙と小箱を受け取り部屋に戻った。
気軽な兄からの贈り物を開ける。
青い石の耳飾りだった。あまり兄の趣味ではないような、と思ったらカードがついていた。
贈り物の一つもしないパートナーというのは薄情な気がするので贈ります。
ゼインさんだ……。癖のある文字なのはちょっと意外。端正な文字を書きそうに見えるのに。家名付きで署名されているから、個人として贈ってきたのだろう。兄の同僚で騎士としてなら名前しか書きそうにない。
それなら本人の名で贈ればいいのに。そっけない、仕方なく、という雰囲気があるのに、耳飾りはちゃんとしたものだ。
石は宝石のように見えたが、たぶん、ガラスだ。なんだかきらめくものが中に入っている。
ものすっごい見覚えがある。
「母さん、これ、鑑定できる?」
また、近くの町に出かけて行った父の代わりに仕事をしていた母へと尋ねた。
いきなり鑑定してもらうのも悪い気はしたけど、たぶん、うちが取り扱っている商品だ。小売りはしないし、ガラスだけ卸していることもあるから確信はできないけど。
「よく見せて」
そういう母に耳飾りを箱ごと渡す。手袋をつけて一つ持ち上げた。
「あらぁ、銀硝子じゃない!」
やっぱり。
もしかしたら、ゼインさんが用意したんじゃなくて、本当に兄が用意したものをゼインさんが送ったような形なのかもしれない。
余計な気を回さなくてもいいのに、と兄を恨めしく思う。
「ガラスはうちが卸しているけど、加工は別の店ね。
趣味はいいけど高価ではない。気軽につけて欲しいというところかしら。
どなたからいただいたの?」
「兄さんから」
「……あの子、こういうものを選べないわよ?」
「たしかに」
そもそも妹相手にでも宝飾品を送るという発想があるのかといわれると疑問だ。妹は年頃の娘でというところがすっぽり抜け落ちがち。
やはりゼインさんが選んで贈ってくれた、というのが正解のようだ。
渋い顔で選んでそうだなと想像して小さく笑みが浮かんだ。
「どなたからでもよいけれど、お返しはしておきなさいね」
「どういうものがいいんですの?」
「カフスとかは定番だけど……。ああ、白蝶貝のカフリンクスなら夜会に着けて行けるわ。店の倉庫を見ていきなさい。卸価格で売ってあげる」
「……はい」
ただで、と思ったりもしたが、自分で買うことに意義がある。
そこで立ち去ろうとした私を母は呼び止めた。
「来たついでに嫌な話をしておくけれど、来週、テイレ子爵夫人がいらっしゃるわ。
結婚を断ったのが気に入らないのですって。手紙の応酬もしたくないから直接、言ってやるわ。
悪いけど、リースはお出かけしてらっしゃい。余計な話は聞かないほうがいいわ」
「本当に断っていいの?」
家の都合というもので言えば、悪くない縁談ではある。私はお断りだけど、父が決断したら断れもしない。
「ええ、大丈夫。
舐めたこと言ってきたのはあちらですもの」
にこにこ笑う母が怖い。ここまで怒らせたことは大人になってからはない。子供の頃は、まあ、それなりにある。主に兄二人がやらかし、なぜか私も並べられて怒られていた。時に父も並べられていたのもついでに思い出した。
あれは何の時だったかまでは記憶にないけど。
せっかくなので、出版社に連絡をすることにした。虫干しがしたいと言っていたし、体を動かすようなことは得意だ。淑女をするよりはずっと。
古い蔵書とかあるのかなとまだ見ぬ本の数々に思いを馳せて部屋に戻る。
そして、部屋に戻ったら現実がある。
嫌な手紙を開けることにした。もう、そっちも忘れたかったがほっといたほうが大変になりそうだった。
まずは、ベアトリス嬢からやってきたほうだ。
今度、お茶でもご一緒しません? 夜会前に一度お会いしたいわ。
要約するとこういうお誘いだった。
おかしなところはないけど、お気に入りの封筒でお姉さんにお手紙を出せるのが嬉しいと書いてある。確かに可愛らしい封筒ではあるけど、わざわざ言及するようなものでもない。
「……断って」
短い走り書きが封筒の内側に書いてあった。
テイレ子爵家の中で色々あるみたいだ。
こうなるとディアスからの手紙はひどいのが想像できた。
俺の求婚を断ったな。生意気だ。
お綺麗に飾った文章だったけど要約するとこうだった。
さらに謝ったら許してやっても良いみたいなところもげんなりした。文字はきれいだけど、中身がひどい。
断らせたことを後悔させるなら、こちらにもっと利益を提示しないと意味がない。自分の価値を釣り上げていかないと。
本で読んだ、怒らせてごめんね、反省してる、で、どこが悪かったの? 直すよ、ほんと、ごめん。とやれるような人なら、ころっと行ったかもしれないけど。
こういう人じゃなかった、と思うのだけど。つい、十年くらい前の記憶をたどる。
……あの時から、私は大きかった。そして、大きいねと言われまくっていた。何食べたら、なにしたらそんなに大きくなるの? と嫌味抜きで言われていた。そのころのディアスは小さめで切実さがあったのだろう。しかし、私は私でなんで私はこんなに大きいの? と悩み始めていた頃だった。
あまりにも言われるので、お父さんが大きいからだよ、と伝えた、と思う。あの時なんて返されたのか、全く覚えていない。
もうちょっと最近、と5年前くらいも思い出してみた。
兄に買ってもらった本を見て、本当に読めるの? 理解できるの? 女性は学問なんてきらいじゃないの?
だった。
対して私は読めるよ、楽しいよ、好き嫌いは人によるんじゃないかな? と素直に返していた。問題を出してきたので、全部答えてやったというのは大人気なかったかもしれない。
しかし、可愛げのないと言われたのも、愚かなふりをできる女のほうが賢いなんて言われて我慢ならんと半年くらい断絶してた。
そのあと別の集まりで何事もなかったように声をかけてきて面の皮が厚いなと思ったものだ。
三年前よりまえもひどかった。たぶん、気がつかなかっただけで。
人のことを否定してくるくせに、俺が選んでやるとかお互いに不幸なのでは。家のためとか言われれば泣く泣く嫁ぐかもしれないけれどそうでないならお断りだ。
私のような外れ値ではなく、ご自分好みの女性を探せばいいのになと思いながら、来た手紙を母に渡すように侍女に持たせる。情報共有をしておいたほうがいいだろう。
婚姻の話に言及しているからだ。婚姻とは家同士をつなぐもの。その件で重要とおもったら両親にも内容を確認させる。という建前だ。
実際、なにかあってからでは遅い。貴族とはかくあるべし、という規範はだいぶ緩くなったとはいえ、貞操は守るべしという考えは根強い。できればそういうことはない、といいんだけど。
気が滅入るなと思いつつ、ベアトリス嬢へは夜会前は忙しいため、後日、我が家へおいでください。と返信する。相手の領域に行くよりはずっとましだ。
ディアスには、そういうとこが嫌なの、と返信した。素直な感想である。以前なら家の都合で無理ですと逃げを打っただろうが、今なら私が私として断っていい。
手紙に封をするとなんだかすっきりした気分だ。
さて、嫌なことの後にはお楽しみがなければならない。
以前もらった出版社の名刺を確認し、訪問のお伺いをする手紙を出す。その次は倉庫まで遠征だ。
「店の倉庫を見に行くわ。誰か、ついてきてくれる?」
執事に手紙を頼むついでに、同行者を募る。店の倉庫は少々人気のないところにあるのだ。さすがに今、一人で行く気にもならないし、何人かで行けば意見も聞けてお得。
その結果、今、時間のある侍女の一人と倉庫から荷物を持ってくる予定のあった従業員が一人つくことになった。
王都の外れの場所には倉庫街がある。そこだけ厳重な出入り管理をしていた。倉庫を貸し出している会社が管理しているらしい。
母から借りた証明書を提示し、自分の家の倉庫に向かう。現在は二つ借りていて、小物を扱っている方の倉庫にはいると倉庫番がだらけていた。私の姿を認めるとびしっと立ち上がったが、気を使わなくていいと話をして管理目録を借りた。自力で目的のものを探すのは無理なので、管理の目録と棚の番号を確認していく。
どれが、いいのか。
難題というより、途方に暮れた。
ささやかな差があるけれど、大きく違うというものでもない。形と素材が違うので違うものを避けて最終的に残ったのはシンプルな丸型のものだった。
純粋に疲れた。
値段は見なかった。貯金足りるといいな……。
そう思いつつ、倉庫を出た。もちろん出したものは元の場所に戻した。違うとやり直しを命じられるのだ。
そのまま家に帰ることにした。本当は新しくカードなどを買っておきたいところだけど、浮かれたようなものを贈るというのも違う気がした。
あくまで、今回のためのパートナーで、そこから先は空白だ。
……母と兄は乗り気そうなのだけど父が何も言わない。さすがに父の了承なく、交際もできないし、そもそも交際まで行くのかも不明だ。
好意はあれど、どのような? というところがまったくもって埋まらない。
教官と新兵みたいな、というのが一番しっくりくる。
それはそれで悪くない気もするけど……。
もっと違うなにかがいいというのは高望みだろう。
帰宅後、手紙の返事はくれないのかと詰ってもいいだろうか。鬱陶しいだろうか。恋人でもないしな、いやでも、一時的にそのポジションと悩んで悩んで、贈り物を兄に送り付けたのは三日後のことだった。
後日、俺を仲介して贈り物を贈り合うなと兄から苦情がくることになった……。




