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長身猫背令嬢、社交界デビューに挑む! 〜あたくしのやることに文句ありますの?って美女を心に飼えって無茶ではないですか?〜  作者: あかね


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7/12

7、かけ違い

 三度目で最後の騎士団寮にやってきた。玄関ホールには前回と同じように場違いな椅子とテーブル。今日はお茶の支度はしていない。代わりに呼び鈴が置いてあった。

 座って良いのかなと近づくとそのままでと制止する声が聞こえた。


「本当に時間に正確だね」


 奥から現れたゼインさんはタキシードだった。髪も後ろに撫でつけられて、かっちりしていている。


「……リース嬢?」


「え、あ、あの、似合いますね」


「仕事柄着慣れている」


 正統派紳士。優しい微笑みは見たことがない。

 きちんと席までエスコートされ、椅子も引かれた。


「……どうした?」


「ど、動悸が」


 身内以外で淑女のように扱われることが少なすぎて刺激が強すぎた。

 よろよろと座る。ダメ出しでも出るのかとおもいきや、ゼインさんは黙ったまま。どうしたのかと見れば、私の背後で立ち止まっている。

 見上げるというのはちょっと新鮮だ。


「髪は、おろしたほうがいい」


「え? いや、髪型も指定なんですのよ。加減がわかんない子もいるという説明をされました」


 自由にすると自由すぎると。過去の事例などを聞けば納得の規定だ。

 今の私はその規定通り結い上げて、一つにまとめている。そっけない髪型ではあるが、そこに飾りを差し込むと個性が出る。私にも華やかな小物の提案はあったが、それは断った。今日はつけていないが、私は兄からもらったリボンを使うことになっている。

 一番最初にもらったリボンを使うと言えば、上の兄が感涙していた。それを使う理由は別なのは黙っているつもりだ。

 そのリボンの図案の原産地が大事だった。


 今も言葉にすることもないし、今後もないだろうが、ささやかな好意の示し方。

 気が付かないだろうが、それでいい。


「ショール」


「追加もなしですわよ。なんですの。首が見苦しい? 太い?」


「……寒そう」


 ボソリと呟かれた。


「寒いですわよ」


 流れるような動作で上着を脱いで、私にかけてくれた。

 絶句するほどのスマートさだ。な、なんか、うちの兄たちって芋かもしれない、そう思えるほどだ。ああいう雑さは親しみやすいが、しかし乙女心を刺激はしない。

 つまり、今、私の乙女心がきゅんきゅんしている。こ、これが本に書いてあったやつですわっ! と絶叫している脳内を一欠片も漏らさず微笑んだ。


「……ありがとうございます」


「別に」


 ゼインさんはそれに仏頂面になった。なんで。


 仕切り直して、私たちがしたのは当日の打ち合わせだった。


 ディアスに言ったように、ゼインさんは私の相棒をしてくれるらしい。

 元々、兄から打診されていたそうだ。しかし、当日の警備の担当だからと断っていたと。だが、諦め悪い兄はゼインさんにさらに頼み込んでいたらしい。

 そこまで頼んだのは兄が当日は踊るということをすっかり忘れていたことが原因のようだ。ああ、と納得する理由だ。

 兄は致命的に踊れない。サイズの会う相手がいなかったから練習できていないんだと主張しているが、違うんじゃないかなと思う。だって、父は母と踊るから。まあ、振り回されている感もなくもないけど。


「でも、いいんですの? 親しいとみなされますけど」


「婚約者がいるわけでもないし、仕事と寮の往復の男に恋人ができるわけもない。

 兄では虫除けもできないと言われれば、仕方ない」


「むしよけ?」


「社交界デビューしたてのチョロい令嬢、令息をつまみ食いする事件が毎回起こる。

 警護とでも思ってくれればいい。さすがに君と事件の被害者として会いたくもないし」


「ちょろいってなんですの?」


「優しくされたら絆されそう」


「そんなことありませんわよ?」


 疑いの眼差しだ。それほどガードが貧弱と思われているのだろうか。これもこれで女性扱いということかもしれないけれど、あまり気分の良いものでもなかった。


「大丈夫、とは言いませんが、誰にでもついて行ったりしません」


「そうは言うが」


 以下、兄にも言われたような注意が続く。


「兄が増えたみたいですわ……」


「……妹を増やしたつもりはないよ」


 ちょっと調子に乗りすぎたようだ。機嫌悪く、当日は絶対に離れないように言われてお小言は終わった。

 心配してくれているというのはわかるので、お礼はした。返答は、別に、だったりする。口癖なのだろうか。


 いつもは訓練場のほうに直ぐに移動するけど、今日はここで用があるという。

 呼び鈴を鳴らすと三人ほどやってきた。それぞれ楽器をもってきている。楽器をもっている一人にゼインさんは話にいく。他の二人は音を合わせるように調整していた。

 ここまでくればさすがに私もわかる。


 ゼインさんからは同僚と雑な説明をされてしまったけど、その後、本人たちが名乗ってくれた。

 私も名乗り、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 クリス先輩には世話になっていますしとか、兄が世話になっていますとかのよくありがちな会話は手を叩く音で打ち切られた。


「時間はないでしょう?」


「いいじゃないか。はいはい、真面目にやるよ。

 酒瓶1本分」


 そう言った騎士の一人が私にウィンクしてきた。報酬はもらっているから、気にするなということだろうか。

 ゼインさんはそれには取り合わず、私に向かった。


「踊れるかどうかというのは確認してなかった。

 先輩ほどひどくはない、よね?」


「あれほどひどくはありませんわ」


 あれはなと言われるほど知れ渡っているのか……。ちょっと恥ずかしい。なんとかしませんの? と言っておくべきだろうか。

 私は借りていた上着を返す。ゼインさんはそれをそのまま着ることもなく椅子に掛けていた。


「始めるから、位置について」


 楽器を持っていた一人にそう声をかけて、ロビーの広い場所にうつる。テーブルはそっと端に寄せられる。


 あれ? 踊るって手を握ったり密着したりするんじゃなかったっけ? と思い出したのは、逃げられもしない時点だった。


「あ、あの」


「……ジタバタしない見苦しい」


「はいっ!」


 これまでの指導でもう反射的にぴしっとしてしまった。そこからは流れ作業だった。

 私、こんなに上手だったかしら? と思うくらいに踊れてしまった。実感はまったくない。一曲、二曲と続けて終わる。


「ものすごく、踊りやすかったですわ!」


 感動のままにゼインさんの両手を握る。こんなの初めてだった。指導の教師でもうーんと唸って、この程度が限界と言われた私だ。


「そ、それは、よかったな」


「当日も楽しみです」


 乗り気でなかった社交界デビューだが、なんとかなりそうな気がしてきた。


「ああ。その手を」


 言われて、やりすぎたことに気がつく。握ったままだった手を優しく外された。はしたないことをしてしまったと謝罪しようとしたが、気がついた。


「……顔が赤いのですけど、無理されました? 二曲は調子に乗りすぎて」


「違う。君が望むなら、無音で良ければ後で相手するよ。

 ……皆さんもありがとうございました」


「おう、がんばれよ」


「あとで演奏してやってもいいけど」


「仕事、ありますよね?」


「怖いなぁ。

 じゃあ、リースちゃん、またね!」


「はい」


 彼らはまた遊びに来てねとか、口々に言って去っていった。ここ女性厳禁だから気軽に遊びに来てはいけないのでは? そもそも、お城には用もなく来るところでもない。

 私は兄の用事ということできているわけだし。


「お礼を後で送らせていただきますね。兄に渡しておけばいいでしょうか?」


「……それでいいんじゃないのか」


「このテーブルを用意してくれた方にもお礼をしたいですね」


「そう」


「歓迎されているようで嬉しかった」


「べつに。

 さて、仕上げしておこう。覚悟するように」


 容赦ない内容の予感に私は表情をひきつらせた。


 予感の通りに容赦なくつま先から指の先まで指摘された。最後だからこそ、だろうけど、ちょっと心折れてくる。


「休憩、休憩を求めます」


「……休憩でいいのか? もっと優しくしてほしいとか」


「はるかなる高みに挑むのですから、厳しいのは当たり前では? 私、ゼインさんに恥をかかせないためにがんばります」


「思考がストイックなんだな。

 ほんと、先輩の妹って感じ」


 呆れたように言われるが、悪い感じはしなかった。休憩と訓練場の端においてある椅子に座る。年代物でギシギシ言う。

 ゼインさんは立ったままだ。隙のない立ち姿は、かっこいい。少々の贔屓目はあるかもしれないが、堂々としている。


「なに?」


「本当に、ありがとうございました。

 これで、ちゃんとできそうで良かった」


「俺も良い生徒に恵まれてよかったよ」


 柔らかく笑うのは、初めて見た。すぐに消えてしまったのがもったいない。

 さて、続きと私を容赦なく立たせた。


 そして、ゼインさんは私に手を差し出す。作法の教本にのっていそうなくらい、きちんとした誘い。


「一曲、踊りませんか?」


 その言葉に、私は頷くしかできなかった。


「本当に上手ですわね」


 無音でもみだれもない足運びが驚異的だ。


「リース嬢もよくついてくると思うよ。覚えもいい。すぐに、皆の目を引くような女性になるだろう」


「ありがとうございます」


 褒められて、なぜか、嬉しくなかった。

 みんなの中にゼインさんは入っていない気がして。


 その一曲を最後として、指導の完了を伝えられる。


「さて、これからは、教師と生徒でもない」


 非情な宣告にショックを受けた。よろめきそうだった。

 しかし、なぜかゼインさんは私の前に跪く。


「あなたのパートナーを務めさせていただけないでしょうか?」


 そう申し込まれた。

 兄とおそらくは両親にも了解はとっているのだから、わざわざ言う必要もない。


 うんうんと急いで頷くと呆れたように見上げられた。


「淑女どこやった」


 何事もなかったように立ち上がられて、もったいなかったと思う。見上げられて嫌じゃないというのも新鮮だった。


「嬉しいと声も出ないものですわ。知らないんですの?」


「知らないな。

 当日は、店に迎えに行く。ちゃんと、待ってるんだぞ」


「当たり前じゃないですか」


「心配だ」


 子供みたいな注意をいくつか聞く羽目になった。

 それも、こそばゆいので大人しく聞いておいた。



 家に帰って、早速母に報告した。すでに知っているかもしれないが、私にちゃんと申し込みがあったと伝えたかった。

 とても、浮かれている。


 仕事部屋と決められている部屋に母はいた。父が不在のときにはそこで至急の用件の対応をしていることがある。兄がいれば兄がすることもあるが、今日はいないらしい。


 母は手紙を睨みつけていた。


「どうしたんですの?」


「ちょっとね……。

 なにかしら。良いことがあったの?」


「それがですね!」


 私は社交界デビューの夜会のパートナーの申込みを受けたことを伝えた。余計な情報も付加してしまった気がするが、そこは置いておこう。


「そうなの。良かったわね。

 事前に話は聞いていたけど、あなたに直接言うからそれまでは伝えないようにお願いされていたの」


 いつ!? という驚愕を全面に出してしまったようで母が、この間出かけた帰りにねと正解をくれる。つまり、あの時点からそうするつもりでいたと。

 顔が、熱い。両手を頬に当ててにんまりしている私に、母が困ったような顔をしている。


「だ、だめでしたか? 受けてはいけないと」


「そうじゃないわ。

 ただ、少し困ったことがおきたの。相手の方に少し迷惑をかけてしまうかもしれないのが気がかりね」


「うち、没落でもするんですの?」


「しないわ。縁起でもない。

 あなたの気持ちを優先するから断るけれど、知っておいてね」


 母はそう言って、手紙を差し出した。手触りからして良いものとわかる紙に嫌な予感がした。こういう手紙は家同士でも重要な話をする時に使うものだ。気軽なやりとりではない。


「ディアから、なぜ?」


「さあ?」


 困惑したような顔の母と私。

 そこには、ディアスの家からの結婚の申込みが書いてあった。


「テイレ子爵家とのお付き合いはお断りしたのよね。

 3年前に」


「3年前に断絶したんですか」


 聞いてなかった。ただ、言われれば納得できるところはある。母同士のお出かけやお茶会を呼ぶなどということがなくなっていた。付き合う相手が変わっていった。


「そう。腹が立ったから。うちは付き合いしなくても困らなくなっていたし、おしまいね、って送ってそれきり。

 クリスがいなければ、受けなければならなかったと思うけれど、今は断って問題ないわ」


「兄さん、なにしてるの? 危ないこと?」


「侯爵家との取引を取ってきたのよ。この先、20年は続くようなものをね。

 だから、うちは誰と縁組してももう困らないの」


 上の兄が結婚できたというのは、それもあるかもしれない。兄のお嫁さんであるレダさんはうちの事業とは全く関係のない家の出身だ。


 母は姿勢を正して、私を見た。


「あなたに謝らなければいけないことあるの。

 私は、結婚して幸せだったからあなたにもそうして欲しかったけど、それだけが幸せでもないと言われたわ。

 そういう考えが私にはなかったのね。

 ごめんなさい。結婚なんてもううるさく言わないわ。父さんにも言わせない」


 きっぱり宣言された。呆気にとられている私に母は苦笑いした。


「もし、一人でいたいなら、それでも構わないわ」


 その言葉に私は驚く。いままで一度として聞いたことがない言葉。許されるとは思えもしなかった選択を。


「ただ、仕事はしてね。一人で生きていくのは、お金がかかるわ」


 きちんと追加される言葉が母らしい。


「ちゃんと考えます」


 そう言って部屋を出た。

 それにしても、どうして、今になってディアスは結婚の申込みをしてきたのだろうか?


「私のこと、嫌いだと思ってたんだけど」


 なにか、どこか、かけ違えていたのだろうか?


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