6、麗しさと引き換えの重量
タイトルとあらすじを変更しました。(10/19)
そんなお出かけをした翌日、呼び出しがあった。それもロワイエ服飾品店から。
母は知っていて、すでに言ったつもりで忘れていたらしい。ぼんやりと過ごしたい朝が怒涛の支度で家を出された。
いつもの慣れた道をたどり、馬車止めからの周遊馬車に乗り、店まで一人でやってきた。
相変わらずちんまりしている。裏が広いんだと兄が言っていたが、どこまで入り込んでいるんだろう。そもそもあのサイズの男が出入りしても良いんだろうか。いや、そういえば、いつもどうも、くらいの雰囲気だった。
「ごめんなさい。ちょっと手間取っちゃって」
そういうのは店主であるクレアさんだ。店の中には店員さんだけで他のご令嬢はいない。キョロキョロと見回していたのに気が付かれ、クレアさんはあまり顔を合わせないように調整していると話をしてくれた。
社交界デビューのドレスなどの夜会服は国からの貸し出し品で、借り賃を取られる。皆が同じならば余計な差がつかぬようにという配慮だった、らしい。
今はその貸し出されたドレスを自分に合うようにサイズ調整したり、装飾を規定の範囲内で追加したりとかもできる。顔を合わせたりするとその自由範囲で変に張り合うことがあるらしい。一族の面子とかあるようだ。仲が悪い家同士とかで。
色々大変そうだ。
なお、私のものはその修正作業もすでに済んでいる。
私の知らないうちに! 少しも要望を聞かれることもなく!
そもそもの話……。
「当選していたとは……」
音沙汰なさすぎて落ちたんだろうなぁと思っていたところだった。そのわりに家族が焦るところもないから、どこかに依頼済みかとも。
私は私の歩き方を治すだけで手一杯だった。本当はドレスとか楽しくやるものだろうけど。
「厳正なるくじ引きの結果、ご当選されていました。一般公開しているので、悲喜こもごもでしたね」
クレアさんは遠い目をしていた。コネではなかったらしいのでとても安心する。運の良さを妬まれることはあるかもしれないけど、不正を疑われるよりはましだ。
「当日はこちらで着替えをしていただきます」
家に持ち帰ると当日までに何か無くされたりとかするとかあるらしい。それから当日の時間の配分などを説明され、お楽しみの試着タイムだ。
試着室に同じ色のドレスが並べられている。同じと言うがそれなりに差があるのがよくわかった。
「リースさんのはこちらです」
「……あの、ほんとに?」
自信満々のクレアさんには悪いけど、地味では。いや、地味地味の私にはいいのでは。
「色々検討した結果、素材を大事にすることにしました。
国内の人とスタイルが違うので、同じようにすると余計変になるというのはよくわかっていますし」
「そんな変ですか」
「着こなしと服選びの問題ですね。
リースさんの体型にあうドレスの在庫が国にないと言うことで申請して夫の親戚のオーダー品をお貸しいただきました。
真珠付きですよ! 真円の真珠を惜しげもなく縫い付けて、この豪華さときたら宝石に張ります。いや、越える。分かる人にはわかる一品」
熱の入りように私のほうがちょっと引いていた。そ、そんな、すごいの? と思いつつ、ストンとしたシルエットのドレスを確認する。普通はペチコートなどでふくらませるのに、ほんとうになにもない。胸元と袖口を彩る刺繍はきれいだ。
染めた糸にしては少しばかり太いような気がした。まじまじと見ているとクレアさんが袖を持たせてくれた。
「重っ」
「銀糸です。
最強に重いです」
「なっ」
「持ち主の方からおしゃれは根性というご伝言を預かっております」
見れば裾も刺繍が極まっていた。総重量がすごそうだ。そして、それを着るのか。私はちょっとだけ腰が引けてきた。
「あと、一つお聞きしておきたいんですが、リースさんのお父さんは北方の生まれなのですよね?」
「え、ええ。交易での付き合いから。祖父が気に入ったと連れてきてから、なんとなく、という話ですわ」
祖父が異国から連れてきた巨人に母は卒倒したそうだ。縁談相手と勘違いしてむりむりと青ざめる母。縁談? 出稼ぎだよという父のかけちがえから始まり、なんとなく収まるところに収まった。というのが35年ほど前のことだ。
ほんと、びっくりしたのだものと今でも母が言う。でも、お父さん優しいからの惚気で終わる話だ。
私にもそういう夫ができればよかったのだけど。
「夫が言うには、夫の祖先も北からやってきたらしいんです。
だから、遠縁かもしれないって、そちらのお父様に連絡を取るかもしれない。事前にお伝えいただける?」
「わかりましたわ」
「さて、着替えちゃいましょ」
手際よく着替えさせられた。もう、無だ。いいところのお嬢さんではあるが、うちは最低限の身の回りのことは自分で、という家訓だ。どこで旅に出るかもわからないのだからと。
袖を通したドレスはぴったりサイズだった。足元も床をすらないギリギリにあわせてある。
そして、重い。どっしりくる。これなら蹴り上げて裾が捲れ上がることもなさそうな安心感はある。
「これから太っても痩せてもいけません」
クレアさんに厳かに告げられた。なんというミッション。思わずよろめきそうになった。
「そんなあなたにこちらをどうぞ。
お悩み相談手帳です」
差し出された冊子は淑女になるための嗜み初級編と書いてあった。ぱらりとめくると美容から小物選びのコツ、嫌な相手との付き合い方、重くならないアピール方法などが書いてある。
その中に、ダイエット? 肉を食え、そして運動しろとあった。
「…………あの、これ、うちの兄がなんかしてます?」
運動方法として載っていたのが、うち、というより、父仕込の準備運動だったのだ。たしかにあれは簡単だが。
「え、あ、あははは……。
ヒミツダヨ?」
笑って誤魔化しきれなかったのかクレアさんは真顔で口止めしてきた。
兄の言う貸しってこれだったんだろうか。この冊子、女性のためにという感じだし、執筆に男がいるというと手を取るのを躊躇する人もいるかも知れない。中身が中身だけに。
口止メ料ダヨ。とクレアさんは小物もサービスしてくれた。
「さ、さて、姿見にご案内ですよ。驚く準備をどうぞ」
この時期の試着室に鏡は置いていないそうだ。明るいところできちんときれいに見てほしいということらしい。
「……ドレス綺麗ですね」
「リースさんが綺麗です」
訂正された。確かに自分史上一番の麗しさがある。ただ、隣に立っているのが、クレアさんだ。標準的サイズ感の女性。
露骨に大きいのがわかる。巨女。どうなのか。
「ほんと綺麗に着てくれてよかった! このライン、ほんとよれないし、見てよ」
なんか従業員の人がわらわらと寄ってきた。おお、すごいと褒められているらしいが、なにがどうすごいのかは誰も説明してくれない。
「着れる人いるの? と思ってましたけどいましたね。
羨ましい」
「すっとした立ち姿が凛としてもう、麗しい。
絵に残しましょう!」
「あ、スケッチします。そのまま、ちょっとこっちの角度が」
私を置いてけぼりに盛り上がってる。
その間に知らない人が入ってきて、差し入れとか、おお、表紙の人にするとか、なにがなんだか……。
「ちょ、おまえらなにしてんのっ!」
と乱入してくれたフィデルさんにホッとしたのもつかの間、だって、と兄妹喧嘩が始まった。
「リースさん、清楚かっこいい。最強」
「いやいや、ここは清楚かわいいだ。相手の要望を聞け」
「いやだぁ、こんな逸材次いつ来るかわかんなぁい。絶対、皆が振り返るイケメンにする」
「いや、まあ、昔からイケメンだけども」
「そうでしょう!」
そういう言葉をBGMに、私は見知らぬ女性とお茶を飲んでいた。
「ああなると止めても聞かないの。
最近過労気味で寝不足もあって歯止めがきかないんでしょう。ほっときなさい」
しみじみとそういう女性が、私こういうものよと渡してくれた名刺は出版社の社長とあった。女性の社長が珍しいと思ったのが顔に出たのか、家業を継いだのと軽く追加された。
「初めて会った気はしないわね。
お兄さんのクリスさんにはお世話になっているわ。我が出版社には欠かすことのない人材なの。
それから妹さんのお話も聞いているわ」
「兄が、なんて」
「うちの妹は賢くて、かわいい」
「……過分な評価です」
「そうかしら。
そうだ。あなたは本が好きと聞いたわ。書庫に眠っている本の虫干ししなきゃいけないの。お手伝いにきてくれない? 謝礼は出すわ」
「相談してみます」
良い返事を待っているわと彼女はいい、立ち上がった。
背後のあれこれを仲裁する気になったらしい。
「ほら、帰るわよ。フィデルも、首突っ込まない。他のお客さんのあれこれあるでしょ」
「だって」
「帰るの。ネコイチロウも困っているわよ。拙者の尻尾って」
「……はい」
大人しくご帰宅された。
クレアさんは仕事場なので帰宅はしなかった。ということは、延長戦があるということだろうか。
身構えた私にすみませんとクレアさんが謝る。
「すごい楽しかったので、ついうっかり。一回りして、あれこれ動いてみてください。ビリって行くことはないと思いますけど、念の為」
言われた通りに動いてみたが少しもきついところがなかった。これが、老舗の実力と感動しているとクレアさんが私の周りをくるくる回っていた。
「猫背治りましたね。ゼインさんの鬼特訓がんばったんですね」
「ご存知で?」
「私もやりました。このくっそ忙しい時に、がんばってマスターして、ご令嬢に指南してました」
「本人が直接ではだめなんですか?」
「本人が、嫌がったので。あとはご令嬢たちもちょっと男性相手はというところがありましてね」
「私は?」
「同僚の妹なので特別なのでは」
「クレアさんが教えてくれても!」
「私程度では太刀打ちできる気がしませんでした。
しかし、努力の甲斐あって立派な姿に」
「でも、余計大きく見えません?」
「あたしの前にひれ伏しなさい、って感じで素敵です」
一体、何を言われているのか。
「そう、冷たい一瞥が素敵」
「踏まれたい、そういう男現れるはず」
私、なんなの?
「でも、美女度は下げたほうが良いと思うんですよね。残念ですけど」
「美女は美女でよくないですか?」
「物慣れぬ美女、悪い人に食われそうでヒヤヒヤします。これは可愛い方面に振ったほうがたしかにいいかも」
メイク担当と打ち合わせなどをすることになった。なったんだけど、私から言うこともほとんどなかった。顔の絵が描いてあるものに色や塗り方を書き留めて終わりだ。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
お互いに頭を下げ合って、終了した。
あとは当日来てくださいということになった。帰りは近くの馬車乗り場まで歩く。
……あたくしのやることに文句ある? ねぇ?
そういうつもりで、歩いてみれば、と試したのが悪かった。ジロジロと見られたのだ。きっと、目立ったのだろう。悪目立ちというやつだ。
言われたのの倍、つまりはいつも通りにかつかつと歩いて馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出そうというところにもうひとり乗り込んでくる。御者が文句を言うのに小銭を投げて黙らせるあたりそういうことに慣れていそうだ。
関わり合いたくない、とうつむく。
「リース」
呼ばれた声が知り合いだった。絶望的である。ただ、幸い10人ほど乗る屋根なしの馬車であった。
「ディア、どうしたの?」
「君こそ一人で出かけるなんて」
「今日、どうしても出かけなければいけなかったからよ」
あのあたりなら大丈夫だろうと家族も反対しない範囲だ。あのあたりの治安が悪いとなると王都全体の治安の悪化を懸念しなければいけないほどの場所。
「そういうところだよ、君は女性として守られなければならないんだから大人しくしていなよ」
「そうはおっしゃいますが、あなた、エスコートもしたことないじゃない」
そもそも一定の年を超えてから、隣に立つこともなかった。エスコートが必要な場面はだいたい兄がしてくれる。その間はなんか小さい私になった気がしたものだ。
ゼインさんはすんなりとしてくれたけれど、あれは特別だ。見上げても嫌な顔もしない。まあ、嬉しそうな顔もしてないけど。当たり前にそこにいる。
「そういう態度が良くない。
全く、それだからいつまでも婚約が定まらないんじゃないか」
「兄が結婚するまで待ってたんです。
我が家にも序列というものがあります」
ないけど。そう言って逃げ回っていただけである。
へぇ? と返されたのがやっぱり嫌な感じだ。
「よろしいですかな。若人」
同席していた御婦人が口を開いた。有無を言わせぬ威厳がある。
「ここは公共の場所だ。痴話喧嘩はよそでするように。
それに結婚の話は親が決めるものだ。このような場で軽率に話すものではない」
常識的な話をされた。ただ、私に向かっては意味ありげなウィンクが飛んできたので、彼女の思想というより、相手への非難というところだろう。
ディアスは不機嫌そうに押し黙った。謝罪もない。
代わりに私がお騒がせしましたと詫びておいた。礼儀的な問題だ。
「確かに、親を通すべきだろうな」
不穏な言葉を残して、最初の停留所を降りていった。
無自覚身体能力強のため、重量でハンデをつけていく仕様。
ドレスなどはレンタル品だが、国にサイズがないことが稀にありその時は規定に則って自腹で製作可能。その場合、装飾に多少のお目溢しがある。もちろん派手だと怒られるので、絶妙な匙加減が求められる。
また、参加費はべつに支払いが発生する。




