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長身猫背令嬢、社交界デビューに挑む! 〜あたくしのやることに文句ありますの?って美女を心に飼えって無茶ではないですか?〜  作者: あかね


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5、好ましいと特別の狭間

 翌日、予告通り兄の代わりに、という形でゼインさんがやってきた。

 着替えが終わっていたのに、もう一度着替えさせられた。意味がわからないが、お嬢様、それではお相手に失礼です、という。

 いつもよりは華やかなドレスを選んだはずが、清楚可憐にね、という母の司令の元やり直された。


「……オマタセシマシタ」


 出かける前から疲れ切った。ゼインさんはゼインさんで、なぜか家にいた上の兄とコーヒーを飲んでいた。助かったという顔をしていたので、なにか余計な話でもしていたのかもしれない。


「では、門限までは返してもらえばどこへでも」


「兄さん! ゼインさんはちょっとお買い物に付き合ってくれるだけなの。午後からお仕事あるし、すぐに終わらせてお返しするわ」


「では、今度、時間を作ってもらってだな」


 こそこそと私に言う兄をきっと睨む。激しく勘違いしている。


「いきますわよ」


 家族の生暖かい視線を振り切って私は出かける。ゼインさんは張り付いたような笑顔でそれはそれで怖い。


 歩くのが目的なので、馬車は使わなかった。当たり前のようにエスコートされる。やはり手慣れているように思えた。ぎこちなさが光ってしまう兄その1、その2が失格すぎるのかもしれない。

 父とは身長差があり、それっぽく見えたらいい、という判定だ。


「すみません。うちの兄が」


 少し家から離れたところで謝罪する。あまりに近いと玄関から出て見物されそうで。

 貴族の気高さどこ行ったというくらいに、いつもは庶民だ。何代経ても商人は商人であるし。


 ゼインさんは苦笑した。それにほっとする。少なくとも怒りを表面に出すほどには怒っていないらしい。


「先輩のお兄さん、って感じがした。

 俺がうっかり家名を名乗って、長男とか言ったのが悪かった」


「……長男で、騎士団にいますの?」


「継承権のない長男で、家にいても居心地悪いからね。

 結婚前の火遊びで、相手の女性が雲隠れした結果だからそこまでの確執はないよ。母がいなくなって仕方なしにお世話になった」


 思った以上に重い背景が出てきた。そういう話なら騎士団でも噂になっていそうだと思ったが、騎士団の事情があったなと思い出す。

 騎士団は慣例的に家名を名乗らない。団員は皆平等であるべきという理念があるらしい。しかし、家名を名乗ればその家としての立場を優先してしまうこともあるだろう。だから、名乗らないという建前であるらしい。

 それなのでうっかり聞くと大変な闇があったりすると兄が言っていた。中身は教えてくれなかったが。だから、余計なことを聞かないのだという。たぶん、兄も知らないか、知っていても知らないフリをするだろう。


「そ、そうですか……」


 そういう事情、もっと早く思い出したかったと思いながらも無難そうな返答をした。

 ゼインさんは肩をすくめた。なかなかに様になっているけど、貴族の坊っちゃん感はない。


 今日のゼインさんは騎士団の制服ではない私服だが、無難に着こなしていた。一般国民です、という感じで暴力的なものが隠せている。兄は、でかい時点で全部諦めて、軍人ですが、なにかという態度だ。


「服の趣味がいいですね」


「……別に」


「わたしもそういうの似合うと思うんですけどね」


 ゆるやかな胸筋と同じくらいのサイズだ。着替えたら男と言い張れる。

 何いってんだと言わんばかりの視線を向けられると思った。


 しかし、なんだか真剣に見られてしまった。


「君は美青年顔だね」


「知ってます……」


 兄はややいかついが、それを十分に女性的に甘くした感じが私だ。性別不明とも言える。

 化粧かなと呟かれた。交易品の良いものを使っているはずなのだが、だめなのだろうか。なんだか落ち込んでくる。


「猫背」


 容赦なく指摘される。胸を張って歩くが歩幅もまた注意される。普通は男性が速度を合わせてくれるのではないだろうか。私が、遅めに合わせねばならないとは。


 そんな道中を超えて書店にたどり着いた。専門書を多く扱っている店は男性ばかりだ。いつもは兄が非番で用がないときに付き合ってもらっている。

 店員さんとは顔見知りで軽く会釈した。しかし、兄以外を連れていることに少し驚いていたようだった。


「あの、例のアレ、アレです」


 ゼインさんを気にしたように暗号のような言葉がやってきた。歴史書が好きという女性は少なく、相手の男性にどう思われるか配慮した結果だろう。


「大丈夫。兄さんのお友達なの」


「そうですか。

 ウェリアの資料、新規入荷しました。船便で海賊の話も来ています。今度のは、海底ですよ」


「まあ、楽しそう。あとで見てくるわ。

 今日は例の本をついに買えそうなの。取り置きしてもらいたくって」


「……承知しました。売約済みにしておきますね」


「ありがとう。それで、他の」


 そのあたりでぽんと肩を叩かれた。

 しまった。隣を見れば、少々困惑気味のゼインさんがいた。


「長いようだったら、別の棚見てくる」


「いえ、今日はこれだけで。うっかり散財するところでした」


 そう言いつつ、海賊の本だけは買って帰った。

 機嫌よく歩いていると歩調が早くなる。早すぎるとすぐに指摘が飛んできた。


「俺はもうちょっとゆっくり一緒に歩きたい」


「はい」


 早すぎんだよ、ということですね。淑女らしくおしとやかに、自分に言い聞かせる。


「なんです?」


「こういうときは、背中が丸まらないんだな」


「そうなんですか?」


「誰の目も気にせず、堂々としていい」


「そ、そうですか」


 言われたらなんだか恥ずかしくなってきた。好きなものを買って、機嫌よく歩くなんて淑女らしくないかもしれない。


「いいと言っているのに、なんで下をむくんだ」


「なんか、恥ずかしくて」


「かわいいから、大丈夫」


 あまりにも普通に言われた。


 か、かわい?


 かわいい!?


「そ、それは小さき者への言葉で」


「君より大きくても可愛いと言われる男を知っている。

 大丈夫、世の中の可愛いの範囲は馬鹿みたいに広い」


 それはそれで逆に大丈夫だろうか。

 でも、かわいい。

 にっこにこになるくらいのいい言葉だ。私も、かわいい、でいいんだ。もしかしたら子供みたいで、かもしれないけど。

 そういえばとゼインさんに視線を向ける。


 そうすればすぐに目があった。

 なに? とでも言うような目線と自然な笑みに、なんか、胸がうっとなった。

 なぜか、足が止まってしまった。


「どうした?」


「え、あ、ちょっと足が」


 踵が痛い気がした。靴ずれをしてしまったのかもしれない。


「公園で少し休もうか。それなりに歩いた」


「そうですね」


 なんて穏やかに会話していたから油断していた。

 公園というのは、色々な人が歩いている。観光で訪れるようなところでもあった。知り合いに会う確率が高いということだ。


「リース?」


 声をかけてきた男の声に振り返らなければよかった。

 懐かしくも会いたくない相手がそこに立っていた。振り返った以上、無視するわけにもいかない。


「ディア、お久しぶり」


 ディアスという男性であるが、小さい頃の私、発音が悪かった。舌っ足らずにでぃーと呼び続け、最終的にはディアと私だけが呼んでいた。


 小さい頃、親の付き合いで会ったのが最初で、親の付き合いでよく顔を合わしていたものだ。いわゆる幼馴染というやつだ。大きくなっても普通に話をしていた。

 しかし、社交界デビューしそこねてからなんだか馬鹿にされるようになり、今では私の天敵だ。


「あ、リースお姉さん、お久しぶりです」


 お隣には小柄な女性がいる。ディアスの妹だ。いつもは王都にいないのだが、どうしてだろう。


「お姉さんに会えるなんてよかった! 社交界デビューするんです」


 公園にいたのは領内を出てきた妹に定番の場所を案内していたというところだろう。

 もう社交界デビューするような年に、と親戚のような感想を抱いていた時に爆弾が投入された。


「よければ、前のお話聞かせてください」


 きらっきらな目で言われた。してない、とは言えない。どうやって誤魔化そう。そう思っているとディアスはいじわるそうに笑う。


「リースはしてないよ」


 さらっと言われた!


「ええ、今年、俺と参加する予定です」


 さらっとなんか差し込まれた!? え、ゼインさんとそんな約束してない!


「そうなの!? 一緒に出れるなんて心強いわ。颯爽と登場して、皆の心を奪っていくのね」


 あれ? 妹ちゃんってこんな人だったっけ?

 情報過多で、あっぷあっぷしているとディアスが睨んできた。いや、私、悪くない。何一つ、言ってない!


「リース、こちらの方は?」


「申し遅れました。私、フェイザ伯の長男ゼインと申します」


 領地持ち! と最初に思い浮かんだ。うちの倍くらいは歴史がある。上の兄が機嫌よく対応するわけだ。そっと見ればゼインさんは張り付いたような笑顔だった。

 こわい。

 雰囲気が、すごく、物騒。これは城内で失言しそうになったときみたいなのだ。


「テイレ子爵の次男、ディアスといいます。

 こちらは、妹の」


「ベアトリスです。よろしくお願いいたします。

 婚約者の方ですか?」


「違うわ。兄さんの友達で、買い物に付き合ってもらったの」


「婚約の申し込みは社交界デビュー後という暗黙の了解もありますし、いまはまだ」


 含みが! ありすぎる!

 ありがたいけど、どうして? 困惑が滲んでいる私をそっと抱き寄せてくるあたり、手慣れておる……。遊び人のようではないけど、女性の扱いがすごい慣れてる。もやっとするのはなぜなのか。


「そんな大きな女性でも構わないのかい?

 女性らしい趣味もない」


「兄さん! なんて失礼なこと言うの? もう、持ち帰ります! お姉さん、気にしないでいいですよ。劣等感こじらせですからっ」


 即、断罪。私が口を挟む隙もなし。

 いつも妹ちゃんがいればよかった。そうしたら、余計な口を聞くこともなかっただろうに。


「そうはいっても、幼馴染としていき遅れたら」


「余計なお世話ですわ。

 最悪、親が縁談もってくるから大丈夫ですし」


 追加でなにか言われる前にきっぱり宣言しておく。


「ふぅん?」


 なんだか妙に機嫌よく帰っていった。不気味。ベアトリスさんにあれこれ言われているようだけど聞いているんだか。


「すみません。面倒をかけてしまって」


 ゼインさんにそういったが、気にしないでくれという言葉とは裏腹にだいぶ渋い表情でディアスの背を見ていた。

 ああ、ほんとうに、面倒事を!


「……休憩、しようか」


「そうですね」


 忘れはしないが、今は考えないことにした。

 今一番大事なのは、猫背を治すことだ。

 つまり、教官の教えをおぼえること。ゼインさんといっしょに、いることである。


「俺は、君が君のままで、いいと思うよ」


 近くの空きベンチを見つけ、座ってしばらくしたころに言われた。


「はい?」


「ああいう男に絆されはしないと思うけど、一応ね」


「あいつは私のことなんか嫌いですよ。

 常々大きいとか、そんな趣味捨てちまえとか、女らしくしろとかうるさいったら」


 そういえば、ゼインさんはそういう事言わなかったな。書店でも、よく寝れそうな本というだけだった。読めるのかとか理解できるのかとかそういうことを言わない。

 兄も言わないが、あれは、妹が趣味の話をまくし立ててくるのを回避するためだろう。過去の色々のあとの自衛。


「あの、私、大きいですけど、気になりません?」


「バランスの良い骨格だなと思った」


 骨格。肉すらついてなかった。


「先輩もそうだけど、肉の付き方がなんか違う。他国の血があるからというより遠いところから混ざったから出来上がった良さで、顔も良いところどりではある」


 べた褒めでいいのだろうかと思った。体格褒められてしまった。それも、すっごい、嬉しそうに語っている。

 ゼインさんは私からの視線に気がついたのか、むっとしたような表情に変わってしまった。


「とにかく、ああいう男はろくでもない」


「ないですって」


 疑いの眼差しに困惑する。


「私なんか、欲しがる人いませんって」


「…………そこまでの自信のなさが、問題」


「事実です」


「いや、誤認。

 もう、あたくしが、美女ですけど何か? ってツラして歩け。それで十分。あたくしのやることに文句ありますの? でいい」


「……あの、私、そう見えます?」


「見えないが、それが一番映える」


 自分にない美女を心に飼えと!

 はい、やってみて、と言われて、これまでの反射神経でシャンとしてしまう。


「ええと、アタクシ美人」


「そう」


「えー」


「淑女が小娘みたいにえーとか言わない」


 そんな心に美女はいないですって、と言えない相手の気迫。痛くない? 本当? というところを飲み込んで、これまでの特訓を信じることにした。

 休憩をおしまいにして公園内を一回りすることになった。

 なんだか、とても人に見られるようになった。二度見だ。


「変なのではないかしら」


「うっとりしていくから」


 嘘でしょ? と思えば、ぽーっと見ていくのは女性ばかりだった。


「モテてしまいましたわ」


「社交界を牛耳っているのは女性だ。女性ウケだけを狙ったほうがいい。お友達になりたいわ、お茶会しましょ! といわれる女が勝者」


「男受けはいらないと」


「好きな男以外の好意はうざいらしいぞ」


「わたしのしらないせかいですわね……」


 モテたことない。


「それとも、誰かに見初められたいのか?」


 慌てて首を横に振った。

 なんだか、そうしなければいけない気がした。


 思いついた顔は隣りにいて、実はまだ三回しか会ったことがない。それも仕事の関係だ。兄が無理を言うから付き合っているだけ。


「縁談は湧いてくるだろうから、先輩とちゃんと相談して決めたほうがいい。

 妹の夫はいいやつじゃないと許さんとかシスコン極めてるから」


「結婚できる気がしません」


「したくないんだから、いいだろ」


「……言いましたっけ?」


「態度が、そう。

 まあ、どうしても、相手がいなくて困った、というときには頼ってもらっても構わない」


「はあ、わかりました」


 その場はそれで終わった。

 速やかに帰宅し、母から根掘り葉掘り聞かれているのを聞き流して、部屋に戻った。


 聞いたときはサラッと流したが、重要な発言があった。

 結婚相手が見つからなくて、困ったときに頼るってどういう時?

 あれって、結婚してもいいってこと!?

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