1、退路は絶たれた
私は男に生まれたかった。それなら背を丸めて生きなくても良かっただろう。好きなものを好きでいても許されただろう。
ただし、目の前の死刑宣告のような結婚の文字にげんなりすることは、男でもあったかもしれないけど。
縁談。
この二文字が重い。年頃を通り過ぎつつある女であるなら相当の荷重だ。
好きな相手がいれば考慮してもよい、という但し書きがついていてすらそう感じてしまう。なにせ、その相手というのは貴族の、という限定付きだ。相手が一般庶民となると駆け落ちするしかない。
大変残念ながら、私には誰もいないが。
我が家、エルス家は貴族としては新参だ。とはいっても4代は続いているから、成り上がりなどと言われはしない。しかし、その時期に貴族として任じられたものは多いのでいっぱいる中の一つを抜け出ることはない。
そのころに任ぜられた貴族が多いのは、当時、隣国との関係が悪化し、開戦、その時に資材提供した家に代金替わりに爵位を与えたことによる。しかも、防衛戦のため、新規領土もなく、俸禄だけを年に一度もらう程度の扱いだった。超長期返済にしても、孫の代くらいまで掛かりそうな俸禄であったらしい。実情としては借金を踏み倒されたに近い。
当時の我が家が納得していたかといえば、金にもならぬという怨嗟は曾祖父の日記に書かれていた。当時の国王と宰相への罵詈雑言は異国語でかかれていたが、筆致の荒々しさに読めなくても内容がわかる気がするくらいだった。
うちの場合にはそこから貴族相手の商売も始め、ほどほどに大きくして行ったので転んでもただでは起きなかったということだろう。
そして、今もほどほどに交易で稼ぐ家業と貴族の伯爵としての立場を持ち合わせている。
だからこそ、若い娘はどこかへ縁組しておきたいのである。
その若い娘というのはわたしのことだ。
わかる。
重々承知しているのだが、私は結婚したくない。というかありとあらゆるところに夫妻で出なければならないことを忌避している。
こんなことを言えば、両親は問答無用で縁談を用意し、監禁の上、嫁ぎ先に送り付けるだろう。ちゃんと家の利益になる、ほどほどの家に。
だから、え、まだ早いかなぁとか、兄が先だよねぇと逃げていた。二人いる兄のうち一番上の兄は30だというのにまだ結婚してなかったから。
その兄が結婚したとなれば、さあ、次はおまえだ、である。
下の兄がまだ結婚してないしといういいわけは、紙よりも薄い盾だった。28歳の男と21歳の女の婚期の幅が違いすぎる。
そして、うなだれて結婚相手を探す事になったのである。親に用意されたときにはもう断れないので、探してみますと時間稼ぎをする必要があった。
「おにいさまぁ、素敵男性の心当たりございませんの?」
少しでも条件の良い相手がいいと下の兄、クリスに尋ねる。今日は珍しく帰宅している。
家は王都にもあるのだから帰ってくればいいものを騎士団寮兼事務所に住んでいて、あまり帰ってこない。居心地の良さが違うというのは兄の弁である。
その兄はいつもは言わないおにいさま、に気味悪そうな顔をしている。
「はあ? 騎士団にいるのは、次男以降。うちが求めるような、長男はいねぇよ。
まあ、この辺りは妥協すっかなという相手はもう婿に行った」
「どういう方ですの」
「グノー家の次男。
侯爵家のご令嬢に是非にと突撃され、戦利品として巻き上げられた」
「……どういう状況」
「詳しくは言えないが、命の恩人つーので、だ。
そういやさ」
「なにかしら」
「リース、社交界デビューってしてたっけ? あれしないと一般的に婚約解禁じゃないだろ?」
「……してない、ですわよ」
目線が泳いだ。
本来は18でする予定だったのだが、運悪く流行り病で寝込み療養として避暑地に隔離。お流れになったのである。本来ならその次の社交界デビューの年である今年参加する予定、ではあるが、そっと見送りたい。
「ふむ。
じゃ、今年するか」
「いーやーでーすー!!!!」
渾身の拒否。
「なんでだよ」
「だって、こんな、でかい女、目立つじゃありませんのっ!」
我が家の女性がでかい、というわけではない。母は普通だ。
父が長身を超えて巨人だった。もちろん比喩表現だが、実測2mある。海の向こうから婿養子でやってきた。その血が悪さをしている。
上の兄は180くらいで止まってくれてほっとしたと言い、下の兄はまだ微妙にミリ単位で伸びているという188である。
私は、175ある。一般的貴族男性の平均身長にとても近い。なお、一般国民に幅を広げると私のほうが高い可能性がとても多い。これで淑女標準の踵の高い靴でも履こうものなら見下ろせる。
さらに最悪なことに、この社交界デビューの服装が皆揃いのドレスなのである。
どう考えても、私だけ、頭一つどころでなく、突き出てしまう。
「……確かに」
「でしたら、目立たずにデビューなんて」
「よし任せろ! 当てはある!」
「は?」
「お兄ちゃんに任せとけ」
「なんでですのっ!」
ふふんと機嫌よさげに出ていく兄。
不安しかない。
その不安というのは的中してしまうものなのである。
純国産であると大体小柄。北方の血が入ると何故か巨大化するという。南の方の血を引くとわがままボディに育つらしい。貴族と一般庶民は食べるものが違うのと、貴族同士で結婚しがちなので身長や体格などに差がある。もちろん例外はいる。




