第97章 山越えの誘い ― 炭鉱都市オルテリア
都市バルメリアを再生させた二階堂商会は、次なる都市の可能性として、湖と水の魔力に抱かれたラクリアへと目を向ける。
水と聖性に閉ざされた湖上都市ラクリア。
森の盗賊を打ち負かし、バルメリアと結ぶ交易路を整えた。
ラクリアの祝宴から、数日が経った。
湖の街はすっかり平穏を取り戻し、二階堂商会の旗印が再び掲げられる。
朝霧が晴れる頃、街の通りには馬車の音が戻り、
湖面を渡る光が新しい一日の始まりを告げていた。
「やっと……静かになりましたね」
リュシアが帳簿を抱えながら、まだ疲れの残る顔で笑う。
「静かって言っても、ミナがまた酒場の改装を頼んでたぞ」
ロイが呆れ顔で言う。
「営業戦略ってやつよ。街の景気も上がるでしょ?」
「まぁ確かにな……俺たちの旅は、いつも騒がしすぎる…」
「賑やかさこそ、生命の証でござる」
「ハッ! 静かなんざ商会には似合わねェ!」
そんな掛け合いを聞きながら、ガロウは馬車の荷をまとめ、ルーチェは朝の魔力測定を終える。
すっかり馴染んだ彼らの姿を見て、漣司は小さく頷いた。
「……笑う余裕があるなら、次の仕事に移るぞ」
その言葉に、一同の動きが一瞬で止まる。
「ま、またですか……?」
ミナが呻くように言う。
「働くうちが華ってヤツだ。ガッハッハ!」
ガロウの豪快な声が返る。
「本当に華なら、たまには休ませてほしいんですけど」
ミナが小声でつぶやいた。
◇
その日の昼――。
ラクリア議会の議長が、二階堂商会本部を訪れた。
湖面を思わせる蒼の外套。
年輪を刻んだ穏やかな眼差しは、権威よりも理知と誠実さを感じさせる。
「社長殿。この数日間の働き――まことに見事でした」
応接室に柔らかな声が満ちる。
「実は、お伝えしたい事がありましてな……」
議長はそう前置きすると、懐から一枚の古地図を取り出し、机の上に広げた。
羊皮紙の縁はすり切れ、時の重みを物語っている。
彼の指が、山脈の向こう――黒く塗り潰された一点をなぞった。
「――ここです。オルテリア」
その名に、室内の空気がわずかに引き締まる。
「山を二つ越えた先にある都市でしてな。かつては鉱石と魔石の採掘で栄えた、実に豊かな街でした。しかし……」
議長は一拍置き、言葉を選ぶ。
「……数年前、坑道の最深部が突如“ダンジョン化”し、魔獣が溢れ出したのです」
静かな説明の裏に、深い無念が滲んでいた。
「私の古い友人からの話ではそれ以来、採掘も止まり……人々は散っていってしまった…」
リュシアが地図に身を乗り出し、冷静に呟く。
「つまり――資源そのものは、今も地下に眠っているということですね」
議長は小さく頷いた。
「その通り。手付かずのままです」
「それってさ」
間髪入れず、ミナが口角を上げる。
「まさにお宝の山ってやつじゃない」
場の空気が、ほんの少し明るくなる。
「急ぎではありません」
議長は静かに続けた。
「ですが、もし余力があるなら……一度、訪ねてみていただけないでしょうか。
あの街が再び息を吹き返せば、ラクリアにとっても大きな希望となります」
そう言って、彼は封筒を一通、机の上に置いた。
赤い封蝋。刻まれたのは、ラクリア議会の紋章。
「私の古い友人が、今もオルテリアに残っております。
これを見せれば……きっと、話を聞いてくれるでしょう」
漣司は封筒を受け取り、しばし視線を落とす。
頭の中で、商会の現状、資金、戦力、そして未来を計算しているのがわかった。
「……商会の資金は、決して余裕があるとは言えない」
静かな声で、しかし迷いなく続ける。
「だが、地下資源を押さえられれば――商会の基盤は、もう一段強くなる」
顔を上げ、はっきりと言った。
「――行こう、オルテリアへ。」
「決まりね!」
ミナが勢いよく拳を突き上げる。
「次はダンジョン攻略ってわけダ。腕が鳴るナ」
ガロウが豪快に笑う。
ロイは苦笑しながらも、すでに荷の算段を始め、
リュシアは机に帳簿を並べ、調査項目を書き込んでいく。
窓辺では、ルーチェが差し込む昼の光を見つめ、ぽつりと呟いた。
「光なき場所に、光を灯す旅……。風情があるでござるな」
こうして――
二階堂商会は次なる舞台へと歩みを進める。
廃れた鉱山都市・オルテリア
そこに眠るのは、資源か、魔獣か――それとも、新たな時代の火種か。
◇
出立の準備が整った、その夜。
本部の外は静まり返り、湖面には月が細く揺れていた。
――その静寂を割るように、気配がひとつ、近づく。
「……山越えの道を行くつもりか?」
低く、擦れた声。
振り向くまでもない。森の番人――ザハードだった。
「そのつもりだ」
漣司は短く答える。ザハードは顎で夜の闇を示した。
「あの山道は、もう使えねぇ。雪解けと崩落で、道そのものが消えてる。
地図に残ってるのは……昔の影だ」
「じゃあ、別ルートを探すしかないか……」
ロイが眉をひそめ、地図を見下ろす。
ザハードは鼻で笑った。
「無駄だ。この辺りの山は、見た目以上に食わせ者だ。
霧、落石、魔獣……知らずに踏み込めば、一晩で迷って終わる」
空気が、重くなる。
その沈黙を裂くように、彼は続けた。
「だが――抜け道がある」
全員の視線が、一斉に集まった。
「森の裏手、峡谷沿いの古い獣道だ。人間が使う道じゃねぇが、
うまく抜けりゃ、山を一つ分は短縮できる」
「そんな道、地図に載ってないわよ?」
ミナが目を細める。
「載せられるわけがねぇ。潮の満ち引きみてぇに、通れる日と通れねぇ日がある。
……知ってるのは、この森で生きてきた連中だけだ」
その言葉が、事実であることを全員が察した。
「ふーん、信用できるのかしら?」
ミナの問いは、警戒というより、確認だった。
「お前らを出し抜こうとして森で負けた奴らだぞ」
ザハードは肩をすくめる。
「二度と、同じ恥はかかねぇさ」
言い切りだった。誇張も、虚勢もない。ただの現実。
その言葉に、漣司は静かに笑った。
「なら、頼む」
迷いはなかった。
「――森を知る者の力を、借りよう」
「……社長、あんたも不思議な人だな」
ザハードは呟く。
「敵だった相手を、平然と仲間にする」
「敵かどうかは関係ない」
漣司は穏やかに答えた。
「誰でも、道を歩く限り――商会の一員になれる」
一瞬。
ザハードは視線を落とし、月明かりを踏みしめる。
そして、ほんのわずかに口元を緩めた。
「……いいだろう」
低い声に、確かな覚悟が宿る。
「その道――俺が案内してやる。
俺抜きじゃ、簡単にはオルテリアには辿り着けねぇ」
◇
翌朝。
湖畔の街に再び出立の号令が響いた。市民たちが通りに集まり、手を振る。
ラクリアの子供がロイの服の裾を掴んで離さない。
「また来てね!」
「ああ、約束する」
ロイは笑い、帽子を軽く掲げた。
ガロウは兵たちと固い握手を交わし、ミナは商人たちと契約書をまとめ、
リュシアは最後まで計算を続けていた。
ルーチェは湖面を見つめ、
「この街はもう、大丈夫でござるな」
と呟いた。
「次は……ダンジョン、ですか」
とリシュア。
「今度はちゃんと危険手当つけてよね〜!」
ミナが叫ぶ。漣司が馬車に乗り込み、静かに一言。
「――行くぞ。次の道は、地の底にある。」
車輪が軋み、ゆっくりと街を離れていく。
ラクリアの白い建物が遠ざかり、背後には湖面の輝き。
そして、その先には――
山を二つ越えた、炭鉱都市オルテリア。
地の底に眠る、新たな運命が、彼らを待っていた。
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