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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第ニ部 武装法人拡大 - 有力都市買収編

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第83章 湖の街に馴染む者たち ― 静かな街に灯る息吹

都市バルメリアを再生させた二階堂商会は、次なる都市の可能性として、湖と水の魔力に抱かれたラクリアへと目を向ける。

水と聖性に閉ざされた湖上都市ラクリア。

静謐と停滞が同居するその街に、新たな流れは祝福となるのか、それとも破壊となるのか。

 ラクリアに到着してから、すでに数日が経っていた。

 慌ただしい移動と緊張に満ちた初日を越え、

 街は少しずつ彼らを拒まない空気へと変えていく。


 湖上に築かれたこの都市は、朝と夕でまるで別の顔を見せる。

 朝、低い角度の光が水面に射し込むと、湖は巨大な鏡となり、

 揺れる反射が白壁の家々を淡い金色に塗り替えていく。

 夕刻には、沈みゆく陽が長い影を落とし、同じ白い街並みを、

 温度のある黄金へと変貌させる――

 その光景は、まるで街そのものが呼吸しているかのようだった。


 穏やかな風が水路を抜け、石畳の通りを渡っていく。

 帆を下ろしたままの小舟が軋み、湖面には小さな波紋が幾重にも広がる。

 耳を澄ませば、遠くで鐘が鳴り、どこかで扉が閉まる音がする。

 活気に満ちているとは言い難いが、確かに生きている――

 そんな静けさが、街全体を包み込んでいた。


 時間の流れさえ、ここでは一段階、緩められているように感じられる。

 急ぐ必要のない歩調。

 言葉を選びながら交わされる挨拶。

 この湖の街は、外から来た者にも、同じ呼吸を強いる。


 二階堂商会の面々も、それぞれの形でラクリアに馴染み始めていた。

 市場の空気を測る者、路地の動線を覚える者、

 街の人々の視線や距離感を静かに観察する者。

 目立たぬように、しかし確実に、彼らはこの街の日常へと溶け込んでいく。


 まだ歯車は噛み合いきっていない。

 だが、止まりかけていた街の中に、微かな熱が灯り始めている。


 湖面に揺れる光とともに――

 静かなラクリアの一日は、今日もまた、ゆっくりと動き続けていた。





 リュシアは毎朝、宿からまっすぐ街の中央区にある大図書館へと足を運んでいた。

 湖の都にふさわしく、そこは白大理石の柱とアーチで囲まれた静謐な空間だ。

 中に入ると、紙とインクの香りが漂う。


「おや、また来られたのですか、二階堂商会の方」


 声をかけたのは、館の司書だった。

 年配の女性で、リュシアの几帳面な整理癖と、

 知識に対する真摯な姿勢を気に入っているらしい。


「ええ。ラクリアの財政資料や商業記録を閲覧できる場所は、ここだけですから」

「ですが、閲覧許可が下りるのは異例ですよ。

 ……あなた方が、バルメリアを立て直したからです」


 司書の言葉に、リュシアは小さく微笑む。


「光栄ですわ。とはいえ、まだまだ知りたいことが山ほどあります」


 その日も彼女は帳簿をめくり、魔力灯の下で淡々と筆を走らせていった。

 彼女の姿はいつしか、図書館の常連たちの間でも有名になっていた。





 昼下がりの市場。

 ロイはいつの間にか、街の子どもたちに囲まれていた。

 肩にはパン籠、腕には果物の山。


「ロイおにいちゃん、今日もパン持ってきたのー!?」

「違う!今日はちゃんと買ってる!こら、勝手に取るな!」


 笑いながら注意するロイに、子どもたちはけらけらと笑う。

 近くの店主が声をかけた。


「まったく、子どもに好かれすぎだなあんた。最初はよそ者扱いだったのに」

「まぁ、話を聞くだけだからな。

 働く大人も、遊ぶ子どもも、どっちもこの街の声だ」


 ロイはそう言って、少し照れくさそうに笑った。

 最近では市場を歩くだけで「ロイ!」と名を呼ばれ、

 手を振られるほどの人気者になっていた。





 その頃、ミナは通りのカフェで商人たちの噂を聞き出していた。

 ただし、その隣には――監視役のリュシアがいる。


「……でね、最近ラクリアの貿易商人が、

 北方ルートの再開を狙ってるって話なのよ」

「ふむ、なるほど。裏付けは?」

「えぇっと……これから取るつもりなんだけど?」

「これからでは、報告書に書けませんわ」


 リュシアの淡々とした返答に、ミナはむっと頬をふくらませる。


「だから監視って苦手なのよ……リュシアさん真面目すぎ!」

「社長の命令ですから」


 だが、実際のところミナは、リュシアの分析力を頼りにしていた。

 行動は制限されるが、情報の裏取りは確実に早くなった。

 互いに小言を言い合いながらも、二人の息は以前よりも合っているように見えた。




 一方、街の訓練場では、乾いた土の匂いと、人いきれが立ちこめていた。

 整列したラクリアの兵士たちの列の中央を、ひときわ大柄な影が歩き回る。


 ガロウだ。


 鎧は簡素。外套も脱ぎ捨て、肩から背中にかけて汗で濃く色を変えている。

 その視線は、ひとりひとりの足運び、腰の沈み、剣の軌道を逃さず追っていた。


「そこだァ! 腰が高イ! 地面を踏めェ!!

 剣は腕で振るもんじゃねェ、足と腹で叩き込むんダ!!」


 兵士の一人が必死に構え直すが、脚が震え、姿勢が崩れる。


「ガ、ガロウ隊長っ……もう足が……!」


 息を切らした声が漏れた瞬間、ガロウはその前に踏み込み、

 視線を真正面からぶつけた。


「泣き言言うナ!

 その足で立つ場所は、テメェ一人の地面じゃねェ。

 家族の家だ。仲間の背中だ。――街そのものダロ!!」


 兵士の瞳が揺れ、歯を食いしばる。

 再び腰を落とし、剣を構え直す姿に、周囲の兵士たちの表情も引き締まっていく。


 誰かが一歩踏み込めば、隣も続く。

 苦笑混じりだった空気は、いつの間にか熱を帯び、呼吸の荒ささえ揃っていった。


 やがて訓練が一区切りつくと、兵士たちは地面に腰を下ろし、水筒を回し合う。

 額の汗を拭いながら、誰かがぽつりと呟いた。


「隊長……あんたが来てから、街の空気が違う」


 ガロウは腕を組んだまま、鼻を鳴らす。


「オレは隊長じゃねェ。ただの通りすがりの商人ダ」


 それでも、兵士の一人がまっすぐに言葉を重ねた。


「……それでも、俺たちは、あんたを信じてる」


 一瞬、ガロウの目が泳ぐ。

 視線を逸らし、照れ隠しのように頭を掻いた。


「フン……勝手に信じロ」


 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、口元はわずかに緩んでいる。

 汗と土にまみれた顔で、誰よりも嬉しそうに笑っていたのは、

 他ならぬガロウ自身だった。





 湖畔の石畳、その端に腰を下ろし、ルーチェは几帳面に地図を広げていた。

 魔力測定具は陽光を受けて淡く輝き、刻まれた指標が微細に震えている。

 風に揺れる湖面と、紙の端を押さえる白い指。

 その光景だけで、彼女が観測という行為にどれほど真剣かが伝わってきた。


 そこへ、控えめな足音が重なる。

 振り返ると、同じ魔法理論を研究する学者や学生たちが、

 遠慮がちに距離を詰めてきていた。

 視線は地図と測定具、そして何よりルーチェ自身に吸い寄せられている。


「あなたが例の光の道を開いた方ですか?」


 問いかけに、ルーチェは肩を小さくすくめる。


「む、拙者はただの一介の旅人にござるよ」


 だが、言い終わる前に、熱のこもった声が被さった。


「いえ! あの術式、記録を基に解析しましたが、

 どうしても再現できなかったんです!」

「魔力波の重なり方が理論値を超えていて……ぜひ、ご教示を!」

「そ、そなたら、拙者を過大評価しておるでござる……!」


 慌てて手を振るが、時すでに遅し。

 半円を描くように人が集まり、気づけば湖畔は即席の講義場と化していた。


 ルーチェは観念したように測定具を持ち上げ、言葉を選びながら説明を始める。

 光の屈折角、魔力波の干渉、媒介となる空間密度――

 どれも専門的で難解な内容だが、彼女の口調は不思議と柔らかい。


 だが一通り話し終えたあと、本人は首を傾げた。


「……うむ。理屈は頭の中ではわかっておるのでござるが……

 これで説明になっておるのか、自信がないでござるな……」


 学者の一人が、半ば感嘆、半ば呆然とした様子で息をつく。


 「……ここまで理論を即座に組み立てられる人は、そういませんよ」


 続いて、学生が目を輝かせて声を上げた。


 「ルーチェさん、それはつまり――理屈より先に感覚で掴んでしまう、

  天才肌ということですね!」


 一瞬、時間が止まった。


 次の瞬間、ルーチェの耳が、頬が、首元まで一気に赤く染まる。


「ち、違うでござるぅ!」


 言葉がしどろもどろになり、視線が定まらない。

 測定具を盾のように抱え込み、じりじりと後ずさる。


 「そ、そなたら、期待の眼差しで見るのはやめるでござる……!

  拙者は、そんな大それた者では――!」


 限界だった。


 くるりと踵を返し、ローブの裾を翻して駆け出す。


 「……これ以上褒めると、逃げるでござるからなぁーっ!」


 照れながら逃げ出すルーチェの背を、

 あたたかな笑い声が、いつまでも追いかけていた。





 夕刻。


 湖面を橙色に染める夕陽の下、二階堂商会の面々は、

 それぞれの足取りで宿へと戻り始めていた。

 昼間に比べ、湖上の街は静かだ。

 だが、その静けさはもはや張り詰めたものではなく、どこか柔らかい。

 市場の片隅では、顔見知りになった商人が手を振り、

 路地では、子どもたちが「また明日!」と声を上げる。

 短いやり取り、ささやかな笑顔――それらが確かに積み重なっていた。


 彼らはこの街で何かを奪ったわけではない。

 売り、買い、助け、話し、笑っただけだ。

 それだけのことが、ラクリアという街に、少しずつ温度を与えていく。


 宿の窓際に立ち、漣司はその光景を静かに見下ろしていた。

 湖に映る街並みは揺らぎながらも崩れず、白壁の建物が夕焼けに溶け込んでいく。


 ――支配ではなく、共存。


 力で押さえつけるのではなく、利益で縛るのでもなく、

 この街自身が「共に回る」ことを選ぶまで、待つ。


 ラクリアが本当に商会の手で回るようになったとき。

 それは、彼らが街を変えた瞬間ではなく、街が彼らを必要とした瞬間なのだ。

 夜風がそっとカーテンを揺らす。

 湖の彼方で、灯りがひとつ、またひとつと点っていく。

 かつては早々に消えていたはずの明かりが、今夜は少しだけ長く残っていた。


 その小さな変化を、漣司は見逃さなかった。


 ラクリアはまだ静かで、まだ慎重だ。

 だが確かに――彼らを拒む街では、もうなかった。

 湖面に揺れる灯りが、ゆっくりと増えていく。

 それは、街が取り戻し始めた呼吸の証のようだった。

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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