第62章 情報整理会議 ― 虚飾の街の核心へ
城壁都市バルメリア。
カストリアの北西にあるオランティア地方の有力都市。人口はカストリアの約五倍と言われる。周辺の肥沃な土地を背景に、豊かな市場と厚い城壁を持ち、城壁都市として名を馳せていた。
朝靄が薄く会議室の窓を曇らせていた。
昨夜の喧騒がまるで遠い夢だったかのように、〈カストリア別邸〉は静まり返っている。
役員たちが次々と席に着くなか――
隅では、ガロウが巨大な樽のように丸まり、まだ完全に熟成しきった酔っぱらいの寝息を立てていた。
「ふんしょ……はい、転がれ、転がれ……」
昨夜あれだけ光の演出で場を華やかにしたルーチェが、今は淡々と酔っ払い後処理魔法を使い、ガロウをコロコロと転がしていく。
その様はまるで、巨大な暴れ獣を静かに回収する聖女のようで、役員たちは誰も突っ込めなかった。
一方、テーブルではリュシアが冷水を握りしめ、額を押さえたまま固まっている。
完璧主義で理路整然とした彼女から想像できないほど、雰囲気が弱っていた。
「……昨夜はお疲れ様でしたね。副社長」
ミナが微妙に笑いを堪えながら声をかける。
「言わないでください、ミナ……記憶が断片的です……」
「社長に抱えられて運ばれたの、ちゃんと見たからね?」
「~~~~っっ!!」
リュシアは顔を覆い、テーブルに突っ伏しかけて、慌てて姿勢を立て直した。
気品を保とうとする意思はある。ロイがさり気なく水を注いだ。
そんなやり取りに、室内の空気がゆるく笑いへと傾いたところで――
漣司が意図的に一つ、静かに咳払いをした。
「酒の席は終わった。次は――頭を使う番だ」
ミナはさっと表情を引き締め、ルーチェは魔法を止めて椅子に腰を下ろし、リュシアはぐらつく意識を必死に立て直し、ロイも直ぐに着席し、そして転がされているガロウは……ゴロゴロと小さく物音を立てた。
卓上には、昨夜の接待で収集した各ギルドの内部事情、徴税官の癖、市議会の勢力図、兵団長たちの人事と不満――膨大な材料が並んでいる。
漣司は静かに視線を上げる。
「……さあ、昨夜拾った本音を形にする。今日から、バルメリアを獲りに行く」
会議室の空気は、朝靄よりも深く――だが確実に熱を帯びはじめていた。
◇
最初に口を開いたのは、ミナだった。
指先で記録符を軽く――とん、と叩く。
その乾いた音が、まだ眠気の残る会議室の空気を一刀両断する。
「市議会の議員たちね。酔いが回ると、ほんっとうに口が軽くなるのよ」
彼女は肩をすくめ、呆れと愉快さの入り混じった笑みを浮かべる。
「都市祭りの赤字を埋めるために資金を動かした、って。全員そろって同じ言い訳。――でも、どう聞いても取り繕ってるだけ」
記録符が机に置かれる。
符面が淡く光り、文字列が次々と浮かび上がる。その上を、ミナの指先が軽やかに走った。
「実際はね、祭りにはほとんどお金が回ってない。
資金は別の口座に移されてる。しかも一回じゃない。何段階も経由して、痕跡を消すために念入りに偽装してる」
彼女はちらりと皆を見回し、肩をすくめる。
「でもさ、酔っ払いの愚痴の方が正直なのよね。
『帳尻合わせが面倒だ』とか、『今年もバレなきゃいい』とか……裏の本音が全部出てたわ」
その言葉に、空気がひとつ、冷えた。
静かに応じたのはリュシアだ。
まだ二日酔いの名残があるはずなのに、その目は鋭い。
氷の副社長は、すでに完全に仕事の顔に戻っていた。
「裏付けは、確実に取れています」
淡々と、容赦なく。
「市の予算表と実際の帳簿――整合性がありません。
表面だけ数字を並べ替えて、中身をごまかしている」
指先で書類を揃え、冷たく結論を下す。
「極めて雑で、そして――極めて悪質な粉飾です」
「つまり……」
ミナが肩をすくめ、軽く息を吐いた。
だが、その仕草とは裏腹に、視線は鋭い。
「バルメリアは――見栄えだけの都市だったってことね」
その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気がわずかに軋む。
漣司は答えない。
無言のまま、机に並べられた書類へと視線を落とす。
指先が一枚を押さえ、静かにページをめくった。
やがて、短く息を吐く。
「粉飾された繁栄……か」
低く、よく通る声。
感情を抑えた響きの奥に、確かな重みがあった。
「昨日のきらびやかな宴会も、街路を埋めていた笑顔も――
すべて虚飾に支えられたものだったわけだ」
焚きつけるような怒声はない。
だが、その静けさこそが、逆に冷たい怒りを感じさせた。
事実を受け入れ、切り分け、次の一手を計算する――経営者の眼だ。
漣司は書類から視線を上げ、言い切る。
「問題は、資金の行き先だ」
その一言で、会議室の空気が一段、引き締まった。
誰もが理解している。そのものよりも――金が流れ着いた先こそが、本当の核心だということを。
虚栄の都市バルメリア――
その影に隠された黒い流れが、いま静かに姿を現しはじめていた。
◇
ロイは椅子を乱暴に押しのけ、勢いよく立ち上がった。
脚が床を擦る乾いた音が、張り詰めた会議室に響く。
そこにあったのは、いつもの快活な笑顔ではない。
奥歯を噛み締めたまま、沈殿した怒気をそのまま抱え込んだ表情だった。
「俺が直接話を聞いた労働者たち……」
一拍、言葉を選ぶように息を吸う。
「三ヶ月です。三ヶ月も給金が止められてるんですよ。
それなのに、市は空前の好景気だなんて平然と触れ回ってる」
声が、わずかに震えた。
「……そんな戯言、誰が信じるんですか」
握り締めた拳が、ぎしりと鳴る。
血が滲みそうなほど力が込められ、震えが止まらない。
怒りか、悔しさか、あるいはその両方か。
「このままじゃ、街が持たない。庶民はもう限界なんです」
静寂。
空気が重く沈み、誰もが次の言葉を探していた。
その沈黙を裂くように、ミナが小さく息を吐き、肩をすくめて口を開く。
「庶民の借金も、もう雪だるま状態よ」
軽い調子を装いながら、その目は笑っていない。
「商人同士で互いに貸し合ってるだけ。実体のない金がぐるぐる回って、景気がいいフリをしてるの。
帳簿の上では繁栄、現実は空洞――どこをどう見ても、基盤は砂の城ね」
指先で空をなぞるようにしながら、きっぱりと言い切る。
「ひとつ大きな波が来たら……全部、崩れるわ」
その言葉に、会議室の視線が自然と集まる。その中、ルーチェがゆっくりと手を挙げた。
昨夜の柔らかな光の魔法とは違い、その声音は沈痛そのものだ。
「……魔導学院も、同じでござる」
声は低く、沈痛だった。
「援助金はすでに途絶えており、教師たちは自らの財布から教材を買っておりまする。
中には……学費未納であっても、卒業証書を出すべきだ、などと……」
そこで一瞬、言葉が詰まる。
「……悲しき提案まで、出ておりました」
「卒業証書を……?」
リュシアが眉根を寄せ、帳簿に置いた手が僅かに強張る。
「数字が破綻し、倫理さえ形を保てなくなった都市――
これでは人心も経済も腐っていく一方ですわ」
その場に、ひりつくような沈黙が落ちた。
すでに全員が理解している。
この街は、表面上の華やかさとは裏腹に、静かに亀裂を広げていた。
◇
漣司は地図と帳簿を並べ、静かに指を走らせた。
地図の中央に、市議会を示す印。
その周囲には、商人ギルド、兵団、魔導学院、そして庶民区。
「……どの情報も、一つの空白に行き着く。そこがすべての元凶だ。」
ペンが地図の中心に止まり、軽く叩かれる。
「だが――この構造は不自然だ。自然発生ではない。誰かが、都市を見せかけの繁栄に仕立てている。」
ルーチェが息を呑む。
「まさか……黒幕が?」
漣司は首を振った。
「今は断定できない。だが、見えない手があるのは確かだ」
リュシアが腕を組む。
「市議長が関係している可能性は高いでしょう。資金の流れが一点に集中しています」
漣司は小さく頷いた。
「……だが、今、議会を攻めても意味はない。倒しても、この都市は瓦礫になるだけだ」
その瞳が冷たく光る。
「――なら、買えばいい。」
沈黙。
「敵を討つより、債権を握れ。都市の首を絞めるのは剣ではなく数字だ」
ミナが小声で笑う。
「また出た、社長節ね」
だが、その声には確かな敬意が混じっていた。
◇
漣司は立ち上がり、全員に視線を送る。
「次の任務を伝える。」
・リュシア――帳簿の裏を取れ。粉飾の証拠を数字で暴け。
・ミナ――有力な家などを探ってくれ。得意な方法でな。
・ロイ――市民層の信頼を確保しろ。庶民の声を味方につける。
・ガロウ――兵士の再教育だ。熱意と目標を持たせろ。
・ルーチェ――魔導学院の支援提案書をまとめろ。学術界を味方にする。
「それぞれの任務は独立しているようで、最終的にはひとつに収束する。
都市を買う――それが我々の目的だ」
会議室に静寂が満ちた。朝日が差し込み、金色に光る書類の山。
漣司は窓の外に目をやり、呟く。
「この都市を奪うのは、戦でも魔法でもない。――経済戦争だ。」
一同、無言で頷く。バルメリア攻略戦、第二幕の幕が、いま静かに上がった。
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