第49章 正式入会式 ― 新たなる鍛錬
商会本部の大広間は、かつてない熱を帯びていた。
高い天井から垂れる紋章旗が静かに揺れ、
磨き抜かれた石床には無数の足音と期待が重なっている。
都市の有力者、各区の市民代表、現場を支える古参社員。
――立場も思惑も異なる者たちが一堂に会し、同じ瞬間を待っていた。
壇上には漣司をはじめとする既存社員たちの姿があり、
その隣には、先日の模擬戦を勝ち抜いた新たな仲間――
合格者たちが並んでいる。
漣司は一歩前に出て、場内をゆっくりと見渡した。
ざわめきが自然と収まり、呼吸の音すら聞こえる静寂が訪れる。
その沈黙を、確かな声が切り裂いた。
「ここに新たな仲間を迎える。商会の理念を胸に刻み、共に未来を築け」
言葉は短い。
だが、積み重ねた覚悟と信頼が、その一文に凝縮されていた。
次の瞬間、大広間は拍手に包まれる。乾いた音ではない。
期待と承認が混ざり合った、温度のある喝采だった。
ルーチェを含む五人は互いに視線を交わす。
そこには安堵だけでなく、
これから背負う責任の重さを確かめ合うような、静かな決意があった。
やがて一斉に、深く頭を下げる。
魔導士たちの所作は揃い、商会の一員としての自覚が、
確かな形となって現れていた。
その日――
彼女らは正式に二階堂商会の一員として迎え入れられた。
新しい仲間、新しい力、新しい視座。
魔導士たちを抱えた商会は、もはや単なる組織ではない。
理念と実行力を兼ね備えた新生二階堂商会として、
次の戦場へと舵を切る。
拍手が鳴り止んだあとも、大広間には余韻が残った。
確実に、何かが始まったのだと、誰もが理解していた。
◇
――その後。
昼下がりの光が、商会本部の会議室にゆるやかに差し込んでいた。
高い天井、磨き込まれた床、長机の上に整然と並ぶ書類束。
その中央に据えられた席には、既存の役員たちが静かに腰を下ろし、
ただ一人、
――先日の模擬戦を経て役員待遇で迎えられた新参者、
ルーチェ=ヴァルノアが背筋を正して座っていた。
場の空気は穏やかだが、どこか張りつめている。
新たな役員を迎える最初の会議。
その意味を、全員が理解していた。
漣司はゆっくりと視線を巡らせ、最後にルーチェへと向ける。
「まずは改めて、自己紹介をしよう。――ルーチェ、お前からだ」
名を呼ばれた瞬間、ルーチェは小さく息を吸い込んだ。
胸に手を当て、椅子を引いて立ち上がる。
琥珀色の瞳は一切の迷いを映さず、凛と前を見据えている。
握りしめた拳に、彼女の覚悟が宿っていた。
「拙者――ルーチェ=ヴァルノア!」
声が、思いのほか大きく、澄んで会議室に響き渡る。
「光を以て社の道を照らし! 闇に惑う者を導き! 仲間の命と誇りを守り抜くことを、生涯の使命と心得て候!」
誰も口を挟めない。
「武装法人二階堂商会が掲げる理念、その一条一条を胸に刻み――この身、この命、この魂、末代に至るまで捧げる覚悟にて拝命仕る!」
最後の言葉が、断ち切るように放たれた瞬間。
……沈黙。会議室が凍りつく。
時間が止まったかのように、会議室は完全に凍りついた。
役員たちは目を見開き、言葉を失う。
あまりにも重く、あまりにも真っ直ぐで、そして――
あまりにも大仰な宣言だった。
次の瞬間。
最初に耐えきれなくなったのはミナだった。
机に突っ伏し、肩を震わせる。
「ちょ、ちょっと……ダメ……無理……!」
ロイは口元を押さえたまま激しく咳き込み、
涙目で必死に呼吸を整える。
「……待て……息が……むせる……!」
そしてガロウに至っては、椅子から転げ落ち、
床を叩きながら大笑いしていた。
「なんだよその挨拶! お堅ぇのかフザけてんのか分かんねエ!」
笑いが波のように広がり、張りつめていた空気は一気に砕け散る。
漣司だけは苦笑を浮かべながらも静かに手を打ち、場を制した。
「……落ち着け」
声は穏やかだが、よく通る。
「言葉は奇抜だが、その心意気は真剣だ。――ルーチェ、今日からお前は我が社の役員だ」
琥珀の瞳が潤み、頬が朱に染まる。
それでも彼女は背筋を伸ばし、深く、深く頭を下げた。
「かたじけのうござる……! 拙者、役員として、この光、決して曇らせぬと誓い申す……!」
その姿に、笑いの中にも確かな納得と信頼が生まれていく。
ルーチェは赤面しながらも、誇らしげに頭を下げた。
挨拶の奇妙さはさておき、彼女が放った光が、
ただの言葉ではないことを、この場にいる全員が理解していた。
◇
静けさを切り裂くように、ひとつ椅子が鳴った。
壇上の中央――
二階堂商会の頂点に座していた男が、ゆっくりと立ち上がる。
二階堂蓮司。
年若く見えるが、その視線には迷いがない。
数多の戦場と交渉の場を潜り抜けてきた者だけが持つ、
静かな圧がそこにあった。
「――二階堂商会代表取締役社長、二階堂蓮司だ」
それだけで、空気が締まる。
「剣も、魔法も、金も――使えるものはすべて使う。だが、使い捨てる気はない。ここにいる者は、駒ではなく仲間だ」
淡々と、しかし一言一言が重く落ちる。
「成果を出す者には地位を与える。失敗した者には次の機会を用意する。命を賭けるのは戦場だけでいい。――それが、俺のやり方だ」
視線が、ルーチェに向けられる。
「以上。歓迎する」
短い。だが、余分な言葉は一切なかった。
その背中に、場の全員が理解する。
この男が率いる商会は、理想論では動かない。
しかし同時に――理不尽でもない。
だからこそ、ここに人が集まるのだと。
◇
会議室に、改めて静けさが戻る。
漣司の合図で、役員たちが一人ずつ名乗りを上げていった。
最初に前へ出たのは、凛とした佇まいの女性――
リュシア・アークライト。
淡い銀髪を揺らし、涼やかな視線でルーチェを見据える。
「リュシア・アークライト。武装法人二階堂商会、副社長兼CFOです」
淡々と、だが一切の揺らぎもない声。
「私は氷魔法を主戦力としていますが――魔力量そのものでは、あなたの足元にも及ばないでしょう。今後は二階堂商会の代表魔導士として、よろしくお願いします」
その一言に、空気がわずかに引き締まる。
過度な持ち上げでも、社交辞令でもない。
実力を認めたうえでの、真正面からの評価だった。
次の瞬間――
ルーチェが、椅子を引く音も気にせず勢いよく立ち上がった。
背筋は一直線。胸に手を当て、深く、深く頭を下げる。
「――はっ!副社長リュシア殿!この度は過分なる御評価、恐悦至極に存じ候!」
声が無駄に大きい。
「拙者、光の魔導を以て戦場を照らす未熟者!されどその光、今後は必ずや副社長殿の氷刃と相携え、社の礎とならん覚悟にござる!」
一息。
「何卒!何卒よしなにお願い申し上げ候ッ!!」
――再び沈黙。
そして。
「……また始まった」
「いや、むしろ前より丁寧になってないか?」
ミナがこめかみを押さえ、ロイは顔を背けて肩を震わせる。
ガロウに至っては「武士かヨ!」と吹き出し、机を叩いた。
ただ一人、リュシアだけは僅かに目を瞬かせ――
やがて、ふっと口元を緩めた。
「……まぁ。堅苦しいのは嫌いではありません」
その言葉に、ルーチェの耳が目に見えて赤くなる。
「こちらこそ。よろしくお願いします、ルーチェ」
「――か、かたじけない……!」
深々と頭を下げる姿は、
もはや儀礼というより忠誠の宣誓に近かった。
漣司はその様子を眺めながら、小さく息をつく。
「……まあいい。多少癖は強いが、これも我が社らしさだな」
◇
次に、椅子を乱暴に引いて立ち上がったのは大柄な男だ。
傷だらけの鎧を着崩し、腕を組んで不敵に笑う。
「ガロウ・ベルガース。武装法人二階堂商会、警備部門長。元・牙の旗団長ダ」
親指で自分の胸を指し、豪快に言い放つ。
「まア、この二階堂商会の看板みてェなモンだナ」
即座に飛ぶ。
「それ、ちょっと自分で言うー?」
ミナの鋭いツッコミに、会議室がどっと笑いに包まれた。
「うるせェ!事実だロ!」
ガロウが笑い飛ばす中、ルーチェは再び立ち上がる。
今度は先ほど以上に、丁寧に、深く。
「ガロウ殿。模擬戦においては、その鉄壁の布陣、盾兵の統率、誠に見事にござった。拙者、幾度もその防壁に阻まれ、己の未熟を痛感いたした次第にて候」
顔を上げ、真っ直ぐに視線を向ける。
「今後は同じ陣営として、その背を守る光となれるよう、粉骨砕身の覚悟にございます。どうか、よろしくお願い申し上げ候!」
一瞬の沈黙。そして――
「……やっパ、マジメすぎだろオマエ!」
ガロウが腹を抱えて笑い出す。
「ハッ!だが嫌いじゃねェ。困ったら背中ァ預けナ」
会議室に再び笑いが広がる。
ルーチェは少しだけ頬を赤らめながらも、
姿勢を崩さず静かに頭を下げた。
◇
そして次に、椅子をくるりと回して立ち上がったのがミナだった。
「はーい。ミナです」
軽い調子で片手を上げる。
「武装法人二階堂商会・役員。情報部門担当。潜入、諜報、裏工作――まあ、そういうの全部ね」
一瞬間を置き、にやりと笑う。
「盗賊出身だけど……実は身分を隠した貴族なの。ほら、よくあるでしょ?」
「……な、なんと……!」
ルーチェの琥珀の瞳が、本気で見開かれた。
「それほどの高貴なる御身分を秘して、あえて賊の道を……!? な、なんという御覚悟……!」
「え、そこ信じる?」
ミナが一瞬、素で固まる。
「ミナ」
低く、冷たい声が飛んだ。リュシアだった。
「ふざける場ではありません。真面目にやりなさい」
「は、はい……」
ミナはしょんぼり肩を落とし、小声で付け加える。
「……ほんとに信じると思わなかったんだけど」
「……?」
首を傾げるルーチェに、漣司が苦笑を漏らす。
こうして、新旧役員の顔合わせは、笑いと困惑と、
わずかな違和感を残したまま進んでいく。
◇
最後に立ち上がったのは、爽やかな青年だった。
役員席の中ではどこか場違いにも見える、
質素な佇まい。だが、その眼差しだけは真っ直ぐだった。
「ロイ・フェンネルです」
わずかに緊張した様子で一礼し、言葉を選ぶように続ける。
「武装法人二階堂商会の役員で、営業部長を務めています。ただし――元はただの労働者です」
場が静まる。
「現場で汗を流す側の人間でした。難しい戦術や魔法の話は、今でも正直、得意じゃありません」
ロイは苦笑しながらも、視線を逸らさなかった。
「だからこそ、庶民代表としてここにいます。街の人たちが何を恐れ、何を望んでいるのか。それを忘れないために、この席に座っています」
飾り気のない言葉。だが、それはどんな雄弁よりも重かった。
「戦う人たちが安心して力を振るえるように。それが僕の仕事です。……よろしくお願いします」
深く、丁寧な一礼。
ルーチェは思わず息を呑んだ。
――強さを誇らない。
――功績を語らない。
――ただ、自分の役割だけを静かに引き受けている。
彼女は慌てて立ち上がり、普段以上に深く頭を下げた。
「ろ、ロイ殿……っ」
声がわずかに上ずる。
「拙者……この重き席に立たれる覚悟……その誠実さ、胸に刺さり申した」
琥珀の瞳が揺れる。
「光は、剣や盾の前に立つ者のみが持つものにあらず。守られる者の声を忘れぬ御方こそ、真に――導く者にござる」
「そんな……」
ロイは慌てて手を振った。
「僕は大したことはしてませんよ。ただ……みんなが帰れる場所を、ちゃんと残したいだけです」
その一言に、ルーチェは言葉を失った。
誇り高き覚悟。命を賭す覚悟とは異なる――生き続ける責任の覚悟。
彼女はもう一度、今度は静かに頭を下げた。
「……拙者、至らぬ身なれど。この光、ロイ殿の帰る場所を照らすためにも――決して曇らせぬことを、ここに誓い申す」
ロイは少し驚いた顔をしてから、穏やかに笑った。
「……心強いですね」
◇
そして議題は拡大した法人の組織体系に移った。
「商会はすでに都市の枠を超えつつある。周辺の村を傘下に組み込み、治安を改善し、販路を拡大する必要がある」
漣司の声は落ち着いているが、部屋に緊張感を漂わせた。
リュシアは冷静に地図を見下ろし、指を滑らせながら続ける。
「村ごとに自治は尊重しつつも、税と防衛は法人が統括する。管理と調整を徹底すれば、各地の安定は確保できるはずです」
ロイは机に置かれた地図に手を伸ばし、指で線を引きながら声を張った。
「物流のネットワークはこう組み直すべきです。倉庫の配置と輸送経路を見直せば、物資は滞らず各地に届くはずだ!」
ガロウは拳を握りしめ、静かにだが確実に宣言する。
「治安は俺に任せロ!流通の隅々まで目を光らせとク」
ミナは机の角に手をつき、少し身を乗り出して発言する。
「治安維持に加えて、情報網の整備も重要よ。各村の情勢や市民の声を速やかに収集して、経営判断に活かさなきゃ!」
ルーチェはその声を聞きつつ、目を光らせた。
光で仲間たちを導く力は戦場だけでなく、
今ここでも活きると感じたのだ。
掌を軽く握り、役員としての責任を体で噛みしめる。
次々と意見が交わされ、机の上には資料や地図、
筆記具が散乱していく。
役員たちは互いの視線を交わし、緊張と熱意が入り混じる空気の中、
法人の全体像が少しずつ輪郭を帯びていった。
会議室の隅では、ガロウが膝をつきながら笑みを浮かべる。
ロイはまだ指を地図の上で動かし続け、
ミナは鋭い視線で資料を読み込む。
ルーチェは短く息を吐き、光の導き手として戦場で培った集中力を、
今度は机上で発揮しようとしていた。
◇
会議を終え、役員たちはそれぞれ部屋へ散っていった。
「……組織が大きくなるほど、己の未熟を痛感するな」
その夜、誰もいない庭に彼は一人立ち、木刀を握った。
月明かりに照らされる刀身がわずかに光る。
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす――宮本武蔵の言葉か」
夜風が彼の髪を揺らし、木刀が空を切る音が静寂に響いた。
日本で培った剣術や経営手腕だけでは、
この異世界での戦いにはまだ足りない。
汗が額を伝うたびに、漣司は己の責務を噛みしめた。
振り終えると、灯りの下にリュシアとルーチェが待っていた。
「社長、魔法の基礎制御の確認を」
リュシアの声は、会議中の冷静さとは違う、
真剣な熱を帯びていた。
「拙者、光の術をお伝えいたそうぞ!」
ルーチェが胸を張る。漣司は頷き、二人の前に立った。
床に描かれた魔法陣から光が溢れ、炎と光が夜空を舞う。
風が渦を巻き、葉を揺らす。
剣と魔法、そして異世界ならではの力の奔流に、
漣司は額の汗を拭いながらも、心の底から笑みを零した。
「剣に魔法に、経営に……忙しい身だな」
「それが、法人の長たる者の教養にて候」
ルーチェの古風な声が夜空に響き、
リュシアの視線は柔らかく揺れる。
庭の静寂の中で、三人の熱意と覚悟が静かに交わった。
学びと戦いは、明日以降も止まらない。
お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。
少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。




