第48章 模擬戦・終盤戦 ― 決着
木箱を巡る攻防は、夕闇が迫る中で最高潮に達していた。
候補者チームは何度も突撃を試み、先輩社員の陣をかいくぐり、あと一歩で木箱に触れられるところまで迫った。
「もうひと押しだ!」
ルーチェの光を合図に、炎術師が最後の力を振り絞り火球を放つ。
風術師と土術師も息を合わせ、盾兵の間に隙間を作ろうと奔走した。
「フンッ、甘いなァ! その程度で抜けると思うなヨォ!」
ガロウが大声で叫び、盾兵たちを鼓舞する。
前線で笑みを浮かべ、敵の動きを冷静に読みながら、候補者たちの突撃に的確に対応していた。
「いいゼェ、その力を出し切ってこイ! だが俺たちの壁を破るのは無理ダゾォ!」
声は響き渡り、候補者たちの集中を一瞬乱す。
だがルーチェは微動だにせず、次の指示を送ろうと掌を掲げた。
だが――守備側の先輩社員たちは、経験と練度の差を見せつける。
土の壁は瞬時に立ち上がり、風が突風となって候補者の足元をすくう。
火球は砂袋に吸い込まれ、思い描いた攻撃はことごとく無効化された。
鐘が鳴る。
――日没、試合終了。
場内に重苦しい沈黙が流れる。木箱は守り抜かれ、候補者チームは惜しくも敗北した。
◇
高台で、漣司が静かに立ち上がった。
ざわめきに満ちていた訓練場が、彼の動きひとつで息をひそめる。
「結果は――防衛側の勝ちだ」
その宣告に、観客席の一角から落胆の声がこぼれ落ちた。
「やっぱり新入りじゃ無理だったか……」
「いや、あの娘の光がなければ、あそこまで攻め込めなかったぞ」
評価が割れる中、漣司は片手を上げ、場を制した。その仕草には迷いがなく、次に放たれる言葉の重みを誰もが悟る。
「だが――試験は、勝敗だけで決まらない」
漣司の声が、訓練場全体に静かに染み渡る。
「候補者チームは、力任せの突撃から、戦略的な連携と精密な調整へと戦い方を変え、士気を立て直し、最後まで戦い抜いた」
一人ひとりの顔を見渡し、漣司は断言する。
「法人に必要なのは、その姿勢と資質だ。よって――合格とする」
一瞬、世界が止まったかのような静寂が落ちた。
次の瞬間、理解と驚きが重なり合った拍手が、堰を切ったように訓練場を包み込む。
拍手は長く鳴り止まず、候補者たちは互いに視線を交わし、ようやく安堵の息を漏らした。
笑顔が広がる中で――ただ一人、ルーチェだけが違っていた。
光を宿した手を強く握りしめ、彼女は遠く一点を見据えている。
勝敗の結果には一切の安堵を見せず、その背筋には何か重く、鋭い覚悟が刻まれていた。
◇
ルーチェが、すっと一歩前へ出た。
ざわめきに満ちていた訓練場が、不意に静まり返る。
彼女は琥珀色の瞳を伏せ、深く息を整えると、厳粛そのものの面持ちで胸に手を当てた。
「――拙者の光、未だ至らず。箱を奪えなんだは、すべて拙者の責にござる」
一語一語、逃げ場を断つように言い切り、顔を上げる。
「ここに――切腹いたす!」
会場が凍りついた。
「はああああ!?!?!?」
最初に破裂したのは、ミナの悲鳴だった。両手で頭を抱え、信じられないものを見る目で叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいってば! なに言ってんのよアンタ! いきなり何の芝居よ!?」
ロイは青ざめて駆け寄り、両手を大きく振り回す。
「ま、待って待って! 模擬戦だよ!?試験だよ!?責任とかじゃないから!」
一方――
ガロウは、腹を押さえたまま地面に転げ落ちていた。
「ハハハ!やべェよ社長! この娘ァ本気だ! 本気で腹ァ切る気だゾォ!」
だがルーチェは、微動だにしない。
真顔のまま、腰の短剣へと手を伸ばす。その所作は、迷いがなく、あまりにも様式ばっていて――逆に怖い。
「社長殿、拙者、潔く――」
「やめろ!」
鋭い声が、空気を叩き割った。
漣司が一歩踏み出し、手を振り下ろす。声には威圧がありながらも、どこか呆れと苦笑が混じっていた。
「模擬戦ごときで命を絶つ者など、法人に必要ない。むしろ笑い者だ、短気も甚だしい」
ピタリ、と。
ルーチェの動きが止まる。訓練場に落ちた静寂は、さきほどの喧騒よりも重かった。
全員の視線が、短剣を握る彼女の手と、漣司の背中に集まる。
「……社長殿?」
琥珀の瞳が、わずかに揺れた。短剣を握る指先に、かすかな震えが走る。
「お前が自分の未熟を悔いる気持ちは理解できる。だがな――」
漣司は歩み寄り、その手を包み込むように押さえた。
「命を賭して示す覚悟は、ここでは違う。生きて積み上げろ。失敗も、後悔も、その全部をな」
場にいた全員が緊張から一気に笑いへと転じ、騒然とした歓声が上がった。
「そ、そういうことなら……」
ルーチェは頬を赤らめ、しゅんと短剣を収めた。
「か、かたじけない……」
観客席からも安堵の笑いが漏れる。漣司は軽く頭を振り、しかし満足げに息をついた。
「……これでいい。覚悟は立派だが、行動は制御せねばな。命あってこその挑戦だ」
ミナは腹を抱えて笑い、ロイはようやく呼吸を整える。
ガロウに至っては、床に転がったまま涙を流し、腹筋崩壊寸前だった。
こうして――
後に語り草となる「伝説の切腹未遂事件」は、血を見ることなく幕を下ろしたのである。
◇
模擬戦は、ついに終幕を迎えた。
激しい攻防の余熱がまだ訓練場に残る中、候補者五人は整列し、正式に「合格者」として迎えられることが告げられる。
安堵と達成感が広がる――その直後、漣司は一歩前に出て、静かに、しかしはっきりと付け加えた。
「ただし、評価は一律ではない。実力主義だ」
その言葉に、空気が引き締まる。
「――ルーチェ=ヴァルノア。お前は特別だ」
名を呼ばれ、ルーチェの背筋がわずかに伸びる。
「光で仲間を繋ぎ、混乱の中でも連携を維持し、戦局そのものを導いた。単なる支援ではない。指揮と判断、両方を担っていた。よって――役員待遇で迎え入れる」
一瞬の静寂。
次の瞬間、観客席がどよめいた。
「役員……!?」
「いきなりそんな評価が出るのか……!」
候補者たちも思わず息を呑む。
残る四人には平社員としての採用が告げられたが、その表情に不満はない。
むしろ、納得と誇りが浮かんでいた。
「当然だよな……あの光がなきゃ、俺たち途中で崩れてた」
「戦ってる最中、何度も助けられた。あれはもう指揮官だった」
称賛の声が重なる中――
当のルーチェだけは、微笑まなかった。
琥珀色の瞳は静かに光を宿し、表情は引き締まったまま。
そこにあるのは喜びよりも、評価を受け止める覚悟だった。
箱を奪えなかったという事実。
そして、自ら切腹を覚悟した、あの一瞬の厳粛さ。
敗北の責を一身に背負う覚悟は、まだ彼女の胸に残っている。
だからこそ、この評価は甘美な褒美ではなく――次の責務として、彼女に刻まれていた。
その背筋から伝わる張り詰めた気配に、気づく者は少ない。
観客席と仲間たちは、笑いと驚きに包まれている。
――光の導き手
――そして、伝説の「切腹少女」
その二つの顔を併せ持つ存在として、
「ルーチェ=ヴァルノア」の名は、この日の記憶と共に深く刻み込まれた。
笑いと驚き、そして一抹の緊張を残したまま。
武装法人は、新たな一歩を――静かに、だが確実に踏み出す。
笑いと驚き、そして一抹の緊張を残して、新たな武装法人の一歩が静かに、しかし確実に踏み出された。
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