第47章 模擬戦 ― 中盤戦
夕日が赤々と訓練場を染め、模擬戦は佳境に差しかかろうとしていた。
候補者チームは序盤の勢いで木箱に迫ったものの、守備側の反撃は熾烈を極めた。
「押し込むゼ!一気に突破するゾォ!」
大柄な体躯を揺らし、ガロウが拳を振り上げて叫ぶ。
その存在感だけで周囲の空気が震え、仲間たちの士気を押し上げる。
木箱を守る先輩社員たちは重い盾を構え、土嚢や簡易の柵を前線に並べて防御を固める。
候補者たちの魔法攻撃も、物理的な障害物に阻まれ思うように進まない。
「ぐっ……! せっかく崩した壁が元に戻っちまう!」
風術師は焦り、出力を上げすぎた。
突風が吹き荒れ、味方の炎まで散らし、ルーチェの髪を大きく揺らす。
「な、何をしておる! 拙者の光が乱れ……っ!」
ガロウは大柄な体を揺らし、歯を見せて笑った。
「おおっとォ! 混乱してるナァ! その隙、もらッたゼェ! 前に出ろォォォ!」
彼の声が響き、盾兵たちの前進が一気に加速する。
狙いを定めかねる候補者たちの様子を、ガロウは満足げに見下ろしていた。
眩しい光が拡散し、狙いが定まらなくなる。敵の投石が飛び、土埃が舞い上がる。
候補者たちは一瞬の隙を突かれて、後退を余儀なくされた。
◇
観覧席から、ざわめきが波のように広がった。
先ほどまでの勢いは削がれ、候補者チームは盾の壁に押し戻されている。
「……押し返されたぞ……!」
「やっぱり先輩社員の方が一枚も二枚も上か……?」
期待と不安が入り混じった声が、秋の空気を震わせる。
高台に立つ漣司は、腕を組んだまま微動だにせず戦況を見下ろしていた。
視線は個々の魔法や動きではなく、隊全体の流れを追っている。
「……勢いだけでは突破できんか」
低く、しかし確信を帯びた声。
「だが、それでいい。順調な時に見えるものなど、たかが知れている」
盾兵の壁に阻まれ、足並みが乱れ始めた候補者たち。
誰が前に出るのか、誰が支えるのか、一瞬の迷いが連携の隙となって現れていた。
その様子を見つめながら、リュシアが静かに言葉を添える。
リュシアが視線を候補者チームに向ける。
「逆境に置かれてこそ、人の本質は露わになります。指示を待つだけか、自ら判断するか。仲間を信じるか、己だけを守るか……」
彼女の視線は、混乱の中でも必死に声を掛け合う候補者たちに注がれていた。
「ここでバラバラになるなら、それまで。ですが――混乱の中でも、組織としてまとまれるかが見極めどころですね。協力の精度と判断力が試されます」
漣司が言葉を継ぐ。
「そうだ。ここからが試験の本質だ。力ではなく、調整と連携を示すこと――それこそが真の評価対象となる」
盾の壁の前で立ち止まり、息を荒げる候補者たち。
追い詰められたその瞬間こそが、試験の核心だった。
――順風では測れない価値が、今まさに試されている。
◇
候補者チームの陣形は乱れていた。青年魔導士は息を荒げ、炎術師は消耗で膝をつく。
風術師と土術師は言い争いを始めていた。
「お前の風が強すぎるんだ!」
「違う、お前の土が遅いから……!」
その最中、敵の盾兵が前進し、さらに押し返そうとする。ルーチェは眉を寄せ、掌を掲げた。
「――沈まれ!」
光が弾け、仲間たちの顔を一瞬照らす。眩さではなく、心を落ち着かせる温かな灯火のような光。
それは、乱れかけた心を繋ぎ直す合図だった。
「風よ、左の隙を突け。土よ、その後に足場を崩すのじゃ」
ルーチェが指先で合図を送り、光を点滅させる。
風術師は深く息を吸い、力を絞り込むように風を操る。
盾兵の左脇が揺れ、そこへ土術師が力を重ねて足場を崩す。盾兵がぐらりと傾き、青年魔導士が叫んだ。
「今だ!」
炎術師が力を振り絞り、燃え尽きる寸前の火球を狙い撃つ。
崩れた盾の隙間を通り、守備兵を後退させることに成功した。
◇
歓声が観客席から波のように湧き上がった。
子供たちが肩車され、手を叩き、ざわめきが訓練場全体を包む。
「繋がったぞ! 見ろ、この連携!」
「光が目印か! あれで動きを合わせたんだな!」
高台に立つ漣司の視線は鋭くも穏やかで、彼はわずかに頷いた。
「……力を抑え、仲間を繋ぎ直したか。光は派手さではなく、組織の糸になる。魔法とは個の力ではなく、集団を纏めるための道具でもあるのだな」
リュシアも冷静に記録をつけながら呟く。
「調整力、協調性、士気の維持……ただ単に攻撃力が高いだけでは、組織を前に進めることはできません。この瞬間、彼女はその本質を体現しました」
訓練場の空気が一瞬静まり、光と影の余韻が残る中、ルーチェは仲間たちに目配せを送る。その瞳には迷いがなく、落ち着いた決意が映っていた。
風術師は深呼吸をして微調整、土術師も足元を確認し、炎術師は燃え尽きかけの火球を握り直す。
全員の呼吸がぴたりと合い、まるで一つの意思で動くようになった瞬間、観客から再び歓声が巻き起こった。
「これが、組織としての力か」
漣司は小さく微笑み、目の端でルーチェを見やった。
彼女の静かな掌から発せられた光――それは単なる魔法の一閃ではなく、戦場における「信号」として、仲間の心を繋ぐ架け橋になったのだった。
◇
しかし戦いはまだ終わらなかった。先輩社員チームは退いたように見せかけ、左右に部隊を展開。候補者たちは徐々に挟み込まれ、前進の道を阻まれる。
「挟撃だ、気をつけろ!」
呼び声と同時に、盾を構える先輩社員が隙間なく前線を固める。
投石の衝撃が土埃を巻き上げ、風が渦を巻き、候補者たちは混乱する。ルーチェは唇を噛みしめ、掌に光を集めた。
「拙者の光で道を示す……皆、後に続け!」
掌から放たれた光は、狭い通路を一直線に貫く。
眩さではなく温かさを帯び、仲間の目に「進むべき道」を明確に示した。
その光は単なる魔法の効果ではない。
仲間の心をひとつに結び、混乱を抑え、士気を奮い立たせる合図だった。
候補者たちは瞬時に息を合わせ、再び集結。
盾兵の間を縫うように突撃し、挟み込みの壁を突破せんと前へと進む。
◇
戦況は拮抗し、双方の汗と声が交錯する。
候補者チームは一度崩れかけながらも、光を頼りに再び立ち上がった。
疲労の色が濃く、息も荒いが、互いの視線が交わるたびに意志は途切れない。
漣司は高台で静かに観察し、唇を引き締める。
「――ここからが、勝負だ」
夕日が訓練場をさらに赤く染め、土埃や煙が黄金色に光る。
盾を構えるガロウを始め、二階堂商会の先輩社員達、魔力を絞る候補者、それぞれの手に宿る力と覚悟が、場の空気を重く、鋭く切り裂いていく。
ルーチェの光が仲間たちを導き、風と土が軌道を描く。次の一瞬で、戦局は大きく動く――そんな予感が、観覧席のざわめきにも滲み出ていた。
――決着の時は、もう間もなく。
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