第46章 最終試験開始 ― 模擬戦
夕刻を前に、商会本部の訓練場は臨時の戦場へと作り替えられていた。
木製の塀と障害物が並び、中央には荷車に積まれた大きな木箱。
周囲には土嚢が積まれ、見学者用の柵の向こうには市民たちが集まる。
子供たちは肩車され、歓声とざわめきが入り混じっていた。
「おい見ろよ、あれが最終試験か」
「合格すれば二階堂商会の正規社員になるんだってよ!」
人々の視線が一斉に注がれる中、漣司は訓練場の高台に立ち、候補者たちに向けて声を張った。
「これより、最終試験を開始する!」
その声は澄んだ秋の空気を突き抜け、訓練場の隅々まで届いた。
「課題は一つ――木箱を巡る攻防戦だ」
彼は木箱を指し示す。
「候補者チームはこの物資を奪取し、先輩社員チームは防衛する。時間は日没まで。どちらの勝利も可能だが、重要なのは結果だけではない」
漣司の視線が一人ひとりを射抜く。
「魔法に必要なのは力ではない。正確さと調整力だ。火球一つが強すぎれば味方を焼き、弱すぎれば敵を止められない。風が暴れれば仲間を吹き飛ばし、水が過ぎれば自ら溺れる。――精密な調整こそが、魔法の本質だ」
その言葉に、候補者の顔つきが変わる。市民たちもざわつきを止め、真剣に聞き入った。
「この模擬戦は商会の練兵を兼ねる。社員は実戦に近い訓練を行い、候補者は自らの適性を示す。双方、全力を尽くせ」
その言葉が終わると同時に、訓練場の空気が変わった。
――どん、と低く重い音。
先輩社員側の前列で、一人の巨体がゆっくりと動き出す。
金属鎧が擦れ合い、鈍い音を立てるたびに、地面がわずかに震えるように感じられた。
厚い胸板、岩のような腕、握り締められた拳。戦場を何度もくぐり抜けてきた者だけが持つ、圧倒的な存在感。
候補者たちの視線が、自然とそこに吸い寄せられる。逃げ場のない圧迫感と、否応なく試される覚悟。
その中心で、ガロウは口の端を吊り上げた。
「やっと出番だゼ! 候補者どモ、先輩社員の力を思い知らせてやル!」
漣司は手を振り下ろした。
「――始め!」
◇
鐘の音が高らかに鳴り響き、模擬戦が幕を開けた。
候補者チームの先頭に立つのは、大柄な青年魔導士。
長杖を構え、魔力を集中させたその姿からは力強い気配が滲む。
そのすぐ後方には、炎術に長けた女魔導士が立ち、掌に揺れる炎が薄暗い影を映す。
さらに後ろにはルーチェ=ヴァルノアが控え、白金糸のように輝く髪を風に靡かせながら、冷静に周囲を見渡す。
残る二人は、風と土の魔法を操る若き魔導士で、風が巻き上げる砂埃と土塊が、戦場に不穏な気配を漂わせていた。
五人が揃ったその瞬間、候補者チーム全体に緊張感と戦意がみなぎる。
全員が魔導士――個々の力も、そして連携も、模擬戦の行方を左右する要素となる。
「いくぞ! 正面から突破する!」
大柄な青年魔導士が長杖を握り、渦巻く魔力を伴って前に踏み出す。
だが、木箱を守る商会の先輩社員たちは手強かった。
盾陣を構え、魔法仕掛けから土塊を飛ばす。炎術師の火球も盾に跳ね返され、反動で飛んできた石片に押し戻される。
「くそっ、押し切れない!」
青年が唸る。その後方でルーチェは冷静に状況を見据えた。
「火の矢は逸らされ、風も乱れておる……視界が乱れては、狙いが散るばかり」
彼女は手をかざす。淡く光が閃き、瞬間、敵陣の盾兵たちの目を覆った。
派手な爆発ではない。だが一瞬の眩光で十分、敵の注意を奪うには足りた。
「うっ……!」
盾兵たちが思わず顔を覆した隙に、候補者チームが距離を詰める。
「今だ、進め!」
青年が声を張り上げ、仲間たちも一斉に前進する。
炎術師が火球を精密に放ち、風術師が進路を整え、土術師が地面を揺らす。
一丸となった魔導士チームの攻勢が、木箱の防衛陣に静かに、しかし確実に食い込んでいった。
◇
だが商会社員も黙ってはいない。土壁をせり上げ、木箱を囲む陣形を即座に構築する。
候補者たちの進軍は再び阻まれた。
炎術師が火球を放とうと手を構えるが、ルーチェは静かに制止した。
「待たれよ。壁を焼けば、箱ごと灰となる」
掌をかざす彼女の手元で、光が淡く点滅した。
仲間への合図だ――風術者に「次はお前の番」と伝える信号。
風術者は頷き、土壁の上端に狙いを定める。
空気が巻き、土壁の一部が崩れ落ちた瞬間、ルーチェが再び光を閃かせ、今度は炎術師へ指示を送る。火球が崩れた隙間を縫い、内部の守備兵を退かせる。
巧みな連携に、見学者たちの歓声が沸き上がった。
「おおっ! 連携したぞ!」
「光で合図してるのか? あれが新入りの娘か!」
観客席のざわめきが、瞬間的に戦場の緊張感と重なる。
ルーチェの光と冷静な指示が、候補者たちの攻勢を確実に形作っていた。
◇
高台で漣司は腕を組み、戦場を静かに見下ろしていた。
「……力を暴走させず、状況に応じて光を調整する。指示伝達にも使えるとは」
リュシアが目を細め、頷いた。
「士気を乱さず、全体をまとめる術。まさしく組織のための魔法です」
漣司は僅かに笑みを浮かべた。
「やはり、魔法の真価は爆発力や華麗さではなく、調整と秩序にこそある」
その視線は戦場にいる全員に向けられ、候補者たちの動きを冷静に分析しながらも、未来の可能性に期待を滲ませていた。
「よぉシ、ここからが本番だゼ! 先輩の力を思い知レ!」
ガロウが拳を握り、前方へ叩きつけるように腕を振る。
金属の鎧が低く唸り、重い足取りで一歩踏み出すたび、地面そのものが震えた。
その合図と同時に、守備側の盾兵たちが一斉に前進する。
分厚い木盾と鉄盾が壁のように並び、隙間なく噛み合う。
――盾列。
前線は動く城塞となり、候補者たちの進路を正面から塞いだ。
「前へ出るナ! 間合いを詰めル!」
ガロウの咆哮に応じ、盾兵たちが一斉に踏み込み、盾で押し返す。
金属と木がぶつかる鈍い衝撃音が連なり、候補者チームの足が止まった。
攻める側も必死だ。
衝撃魔法、簡易的な術式、体当たり――だが、盾の壁は崩れない。
押され、弾かれ、体勢を崩した候補者が砂地に膝をつく。
その瞬間、淡い光が差し込んだ。
「ここより退くな! 光は汝らを守る!」
ルーチェの掲げた掌から、柔らかな光膜が広がる。
それは攻撃ではなく、仲間を包み込む“支え”の光だった。
衝撃を和らげ、体勢を立て直すための、最小限で的確な術。
「行け……今じゃ!」
光に背を押され、候補者たちが再び前へ出る。盾壁と肉薄し、押し合い、せめぎ合う。
夕日が訓練場を朱に染め、影が長く伸びる中、攻防は完全に膠着していた。
ガロウは歯を剥き、笑う。
「いいゼ……その気ダ。だが、これが現場ダ!」
盾兵たちは一歩も引かない。剣を振るうでもなく、術を放つでもない。
ただ守り続けるという、最も過酷で、最も堅実な戦い方で。
木箱まで、あと数歩。しかしその数歩が、果てしなく遠い。
模擬戦は拮抗し、夕日が訓練場を赤く染め始めていた。
――戦いの行方は、まだ決まらない。
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