第45章 三次試験 ― 古風なる応答
応用試験を終えた翌日、商会本部の会議室には面接用の机が並べられていた。
机の向こうには漣司、リュシア、そして補佐役としてロイが座り、面接官を務める。
候補者はひとりずつ入室し、短い質疑応答を受ける。
人格、思想、協調性――組織の一員となるにふさわしいかを判断する場だ。
面接は淡々と進んでいた。ある青年は、
「金のために戦う」
とあっけらかんと述べ、
漣司に、
「それは悪くないが、組織を裏切らぬ保証はあるか」
と突っ込まれる。
ある女術者は、
「故郷を守りたい」
と強い意志を語り、リュシアに高評価を得た。
だが、会議室の扉が三度目に開かれたとき、場の空気は少しだけ揺れた。
白金糸の髪を束ね、琥珀の瞳を輝かせた少女――ルーチェ=ヴァルノアが入ってきたのだ。
彼女はゆっくりと一礼し、席に座る。
背筋は真っ直ぐだが、どこか芝居がかった所作で、既に面接官たちの視線を集めていた。
「名を名乗れ」
漣司の低い声。
「拙者、ルーチェ=ヴァルノアと申す。光の導きを修めし者なり」
ロイが思わず咳き込む。
「い、今、拙者って……?」
リュシアは無表情のままペンを走らせるが、その手元が一瞬だけ止まった。
◇
「まずは志望理由を聞こう。なぜ二階堂商会に入りたい?」
漣司の声は低く、しかし鋭く響いた。審査室の空気が一瞬引き締まる。
ルーチェは微動だにせず、背筋を伸ばし、胸に手を当てた。
白金糸の髪が柔らかく揺れ、琥珀の瞳が漣司の視線をまっすぐ捉える。
「世は乱世。力なき者は蹂躙され、声なき者は踏みにじられる。拙者、光を以てその暗を払わんと欲す。ゆえに、この法人に身を投じ申す」
その言葉は流麗で、古風な響きが審査室に柔らかな余韻を残した。
瞬間、沈黙が広がる。誰もが言葉の重みと、少女とは思えぬ覚悟の深さに息を飲む。
しかし、緊張を切り裂くようにミナの肩が揺れ、吹き出す声が小さく漏れた。
「いやいや、時代劇……でも、ちょっと……かっこいいかも」
ルーチェは微笑ひとつせず、静かにその視線をミナから漣司へと戻す。
周囲のざわめきも、彼女の落ち着いた所作に吸い込まれるように沈黙した。
漣司は口角をわずかに上げ、視線を逸らさずに彼女を見つめた。
「……言葉は大仰だが、志は真っ直ぐだな。力だけではなく、覚悟も伝わってくる」
リュシアは書類を閉じ、細く息を吐いた。評価の表情には一瞬の緊張と共に、驚きが混じっていた。
「他の候補者には、こうした信念は見られません。単なる魔法の使い手ではなく、組織を動かす存在になり得る――その片鱗を感じます」
ルーチェはわずかに頷き、静かに席を整えた。
その小さな動作ひとつさえ、礼儀と決意を体現しているかのようだった。
審査室の空気は、ほんの少し柔らかく、しかし確実に彼女を中心に回っている。
その場にいる誰もが、彼女という存在が、この組織に新たな波をもたらすことを無意識に感じていた。
◇
「次の質問です。組織で働く上で最も大切なことは何だと思いますか?」
リュシアの声は淡々としていたが、その視線は鋭く、ルーチェを一瞬も逃さず射抜く。ルーチェは胸に手を当て、静かに呼吸を整えた。
「義理と恩義が最も肝心であると心得る」
「義理……?」
ロイの眉がぴくりと動く。
「さよう。恩を受けたら十倍にして返す。義を欠けば、人は人に非ず。拙者、組織のために身命を惜しまず尽くす覚悟なり」
その声には迷いがなく、古風ながら揺るぎない決意が込められていた。
会議室の空気が、一瞬にして張り詰める。漣司は少し考え込み、低く呟いた。
「……合理的な答えではないが、だが、信頼性という観点から見れば、悪くない」
微かな沈黙の後、ミナが軽く肩を揺らして笑った。
「でもさ、十倍返すって、うちの賞与制度どうなっちゃうの?」
ルーチェは真顔のまま微動だにせず、ロイは困った顔で頷く。
「それは確かに」
緊張と笑いが入り混じる微妙な空気の中、組織に対する彼女の真剣さが、自然と場の中心に刻まれた。
◇
「最後に確認しよう。もし命令と自分の信念が食い違ったら、どうする?」
漣司の声には、刀の刃のような鋭さがあった。会議室の空気が一瞬、凍りつく。
ルーチェは微かに首をかしげる。
静かに、だが確信に満ちた瞳が漣司を捉え、やがて柔らかく、しかし揺るがぬ笑みを浮かべた。
「社長殿の命が、義に背くことなどありませぬゆえ、迷うこともござりませぬ」
その言葉は短いが、重く、確固たる意思を帯びていた。部屋の隅々まで、その響きは行き渡る。
リュシアの瞳がわずかに見開かれ、書類に向けていた視線が一瞬止まった。
「……盲従、ですか?」
しかし漣司は微笑を浮かべ、静かに首を振る。
「違うな。これは信頼だ。合理性ではなく、感情による確信かと思うが……だが、組織を動かし、仲間を守るためには、こういう人物が必要だ」
ルーチェの微笑みは揺るがず、胸の前で揃えた手の指先には、戦う覚悟と忠誠が宿っている。
会議室の空気が、緊張と期待の交錯でほのかに震えた。
その瞬間、漣司の心中にも確かな感覚が芽生える。
――この少女は、ただの魔導士ではない。組織の未来を揺るがす力を秘めている、と。
◇
こうしてルーチェの面接は終了した。退出する彼女の背中に、ロイがぽつりと呟く。
「変な喋り方だし、考え方も独特だけど……なぜか信用できるんだよな」
ミナも微笑みながら頷いた。
「うん、なんか場を明るくしてくれそうだし!」
リュシアは記録を閉じ、鋭い視線を漣司に向ける。
「……評価は?」
漣司はわずかに口元を緩め、低く告げた。
「合格だ」
静まり返った審査室に、微かな期待と緊張が入り混じる。
ルーチェ=ヴァルノア――その名は、武装法人二階堂商会の歴史に、確かに刻まれたのだった。
◇
こうして、その日のうちに一次から応用までを通過した五人の合格者が選び抜かれた。
彼らは後日、真価を問われる最終試験へと進むことになる。
机上に広げられた名簿。その中に――確かに刻まれている。
ルーチェ=ヴァルノア。
古風な言葉遣い。どこか浮世離れした所作。
一見すれば、場違いにも思える天然めいた振る舞い。
だが――。
基礎試験で見せた揺るぎない魔力制御。
応用試験で示した、無駄のない術式構築と判断力。
そして面接で語られた、飾り気のない信念と倫理観。
それらは静かに、しかし確実に審査官たちの心を捉え、彼女という存在を「通過者」ではなく――
記憶に残る者へと変えていた。
漣司は名簿を静かに束ねながら、無意識のうちにその名にもう一度視線を落とす。
数値でも、肩書きでもない。組織にとって本当に必要なもの――
それを直感的に理解しているかのように、胸の内で呟いた。
(人材とは、数字や経歴だけでは測れない……真価とは、こういうものか)
最終試験は後日に回される。彼女がどこまで力を隠しているのかも、今は誰にもわからない。
それでも――。
この日を境に、ルーチェ=ヴァルノアという名は、武装法人二階堂商会の誰もが意識する存在となっていた――
お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。
少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。




