第44章 応用試験 ― 秩序ある光
武装法人二階堂商会訓練場の広場に再び緊張が走った。
基礎実技を通過した数十名の魔導士候補が残り、列を作っている。
白線の内側には新たに組まれた木製の仕切りと、大小の障害物。蝋燭台や砂袋、人型の木人形が並び、すべてが「実戦に近い状況」を模していた。リュシアが規定を読み上げる。
「応用試験の課題は三つ。制御・遮蔽・協調。指定された対象のみを狙うこと、味方を守ること、他者と合わせること――基礎を実戦に応用できるかを見極める」
見学者のざわめきが広がる。基礎でさえ半数が脱落した。ここから先はさらに厳しい。
◇
最初の課題は「精密制御」
木箱が三つ並び、それぞれに小さな印が記されている。
受験者の魔力で、指定された印だけを焼き、他の部分や箱自体を傷つけずに残すことが求められる。
単純な火力では意味がなく、細かな制御と冷静な判断が試される高度な課題だ。
最初の受験者は大柄な男。両手を広げ、炎の弾を放つ。
――ごう、と音を立て、三つの木箱すべてに火が飛び散る。
審査員席の漣司は冷静に言う。
「力はある。しかし対象を選べない。戦場で味方を巻き込みかねない」
男は肩を落とし、列から退場する。二人目の女術者は集中して、印だけに炎を向ける。
しかし微妙にずれ、箱の側面や隣の印まで焼いてしまう。補助班が慌てて水をかけ、炎を鎮めた。
「過剰出力。制御が甘い。応用では危険」
リュシアの声は鋭く、容赦なかった。瞬間、場に重苦しい沈黙が漂う。
受験者たちの肩が緊張で跳ね上がり、息を呑む音だけが審査室に響く。
その空気を裂くように、ルーチェが一歩前に出た。
白金糸の髪は夕陽を受けて光り、琥珀の瞳が一点、木箱の印に定まる。息を短く整え、両手を胸の前で揃える。
「……参る」
指先からほとばしる微細な魔力が空気を震わせ、風がそっと流れる。
炎のひとすじが反応し、中央の印の炎だけが静かにふ、と消える。
左右の炎は揺らぐことなく、箱はまったく動かない。
審査室が、呼吸を止めたかのように静まる。微かな風の音だけが残る。
「発動まで二拍。消灯は一点のみ。揺らぎ最小」
リュシアが淡々と記録をつける。彼女の視線は冷静だが、どこか微かに興味が揺れる。
漣司は口元に僅かな笑みを浮かべ、低く呟いた。
「――これが、制御だ。派手さなど無用。真の力は、静かに、正確に示される」
空気が張り詰めたまま、審査室には静かな感嘆の波が広がった。
受験者たちは言葉を失い、精密魔法の可能性と恐ろしさに息を飲む。
ルーチェの存在感が、この一瞬で確実に刻まれたのだった。
◇
二つ目の課題は「遮蔽」
木人形が弓を構え、その前に庶民役の小さな人形が並ぶ。
受験者は、魔法で庶民役を守りながら矢を防がねばならない。
一人目の若者は土壁を生み出したが、範囲が広すぎて庶民役ごと覆ってしまう。
「味方を潰す防御は、本末転倒」
漣司は即座に不合格を告げた。二人目は炎で矢を焼こうとしたが、木人形まで燃やし尽くしてしまう。
見学者から失笑が漏れる。ルーチェは小さく息を吸い、両手を前へ。
光が広がり、庶民役の人形の周囲だけを包む。
矢が飛ぶと、光は膜のように弾き、影一つつけずに地へ落とした。
防いだ範囲はぴたりと人形の輪郭に収まっている。
「光の遮蔽……? 矢を逸らした?」
ロイが思わず声を上げる。リュシアは淡々と答える。
「干渉角は狭く、効率的。庶民役の損傷ゼロ」
漣司は頷いた。
「……兵を守ることができる力は、組織にとって何より重要だ」
◇
三つ目の課題は「協調」
三人一組で障害物を突破する。
火で照らし、風で吹き飛ばし、土で崩す。役割分担と連携が評価される。
前の組は失敗した。
火の術者が強すぎて仲間の風を消し、土が暴走して崩れ過ぎたのだ。
協調の難しさが浮き彫りになる。
ルーチェは二人の見知らぬ候補と組まされた。彼女は先に言った。
「拙者は光にて影を示す。火の方はそこを狙え。風の方は、火が収まったのち、残りを払え」
古風な口調に二人は戸惑ったが、その段取りは明快だった。
試験開始。
ルーチェが光で障害物の裂け目を照らす。
火の術者がそこに炎を当てる。
風の術者が残りを吹き飛ばす。
三段階が滑らかにつながり、障害物は最小限で崩れた。
見学者から拍手が起こり、審査員席でもリュシアのペンが走る。
「指揮・協調ともに良好。消耗は低く、効率的」
漣司は静かに言った。
「組織とは個の集合体だ。派手な力ではなく、連携できる力を重んじる。――合格だ」
◇
応用試験を終えた夕暮れ。
中庭に残された候補者の数は、当初の熱気が嘘のように、はっきりと絞り込まれていた。
派手な術式で喝采を浴びた者はすでに姿を消し、慎重すぎるほど堅実に力を示した者だけが、静かに名を呼ばれる場に立っている。
その列の中に――確かに、ルーチェ=ヴァルノアの名があった。
呼名を受けた瞬間、彼女は一歩前へ進み、深く、実に丁寧な一礼をする。
飾り気も、誇示もない。ただ自然体で、当たり前の礼節として。
「かたじけない」
短く落とされたその一言は、夕暮れの空気に澄んで響いた。
声は小さい。だが、不思議なことに、周囲のざわめきが一瞬だけ遠のく。
背筋はまっすぐで、視線は揺れない。
勝ち誇ることも、安堵を見せることもなく、ただ淡々と結果を受け入れている――その姿勢そのものが、彼女の力量を雄弁に物語っていた。
見学に訪れていた商会関係者や兵たちの中で、ひそひそと囁きが生まれる。
「……あの子だ」
「派手じゃないのに、妙に目を引くな」
「空気が違う……」
本人は気づいた様子もなく、静かに列へ戻る。
まだ冗談めいた口調も、どこか抜けた素顔も覗かせてはいない。
だが――この時点ですでに、誰もが無意識に理解していた。
この少女は、ただの合格者ではない。
組織の一角を、静かに、しかし確実に支える存在になり得る、と。
夕暮れの光が中庭を朱に染める中、
ルーチェ=ヴァルノアという名は、武装法人二階堂商会の記録に刻まれた。
謙虚にして、圧倒的。
それが、この瞬間に示された彼女の在り方だった。
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