第22章 裏切りの帳簿 ― 資産差し押さえの罠
カストリアの街は、交易路と魔導流通が交差する中継都市。
表向きは穏やかな商業都市だが、裏では腐敗したギルドが利権を食い荒らしていた。
その構造を打ち破るため、漣司は武装法人二階堂商会を設立する。
資本と武力を武器に、静かな経済戦争が、すでに火蓋を切っていた。
夜更け。
二階堂商会の会計室には、まだ灯りが落ちていなかった。
机の上には帳簿が山のように積まれ、
魔力灯の白い光が紙面の数字を照らしている。
静かな空間に、羽ペンの擦れる音だけが規則正しく響いていた。
――そこへ。
扉が、勢いよく叩き開かれた。
「社長!」
駆け込んできた事務員の声は、明らかに裏返っている。
「市の……徴税官が来ています!
それも、正式な命令書を――」
息を切らした声が、部屋の空気を切り裂いた。
「……資産の差し押さえ命令を持って!」
空気が、目に見えて凍りついた。
「差し押さえ……?」
ミナが椅子から半歩立ち上がり、眉を吊り上げる。
「ちょっと待ってよ、それ本気?
まだ税の支払い期限、来てないでしょ!」
ガロウも低く唸った。
「ふざけた話ダ。
俺たチ、滞納なんざ一度もしてねェ」
帳簿をめくっていたリュシアの指が、ぴたりと止まる。
次の瞬間、鋭く顔を上げた。
「……差し押さえを市が単独で行使できるのは、
市議会の正式決議がある場合のみです」
冷たい声が、室内に響く。
「徴税官の判断だけで踏み込める権限ではありません。
手続き上、明らかに不自然です」
「つまり――」
ロイが息をのむ。
「誰かが、裏から議会を動かした……?」
沈黙の中心で、漣司が静かに腕を組んだ。
帳簿の山。揺れる魔力灯。
そのすべてを見渡しながら、低く呟く。
「……ギルドだな」
視線が鋭く細まる。
「資金戦だけじゃ足りないと見たか。
今度は市の権限を使って、こちらの足元を刈りにきた」
「政治にまで手を突っ込んできたってわけね」
ミナが歯を噛みしめる。
「ほんっと、やり口が汚い」
「だが――」
漣司は、ゆっくりと口角を上げた。
「差し押さえは帳簿が武器だ。
そして帳簿は、俺たちの土俵でもある」
その声音には、焦りはない。
むしろ、次の一手を楽しむかのような冷えた光が宿っていた。
嵐は、もう扉の外まで来ている。
◇
数刻後、倉庫街に役人たちが押し寄せた。
彼らは鎧に身を包み、手に布告状を掲げる。
「二階堂商会、違法な資産隠匿の疑いあり!
よって本日より銀貨庫および一部倉庫を差し押さえる!」
広場にざわめきが走った。
「資産隠匿? 本当なのか?」
「商会の手形は大丈夫なのか?」
市民の不安が一気に広がっていく。
◇
漣司は前に進み出た。
「証拠はあるのか?」
役人は無言で一枚の帳簿を突き出した。
そこには、商会の銀貨残高が水増しされ、
実際には存在しない資産が記載されていた。
「……偽造だ」
リュシアが即座に断じた。
「これは本物の帳簿を模倣した偽物。
印章も筆跡も精巧ですが、数値の矛盾が大量に」
しかし、役人たちは耳を貸さなかった。
「我らは命令に従うだけだ。差し押さえは決定事項だ!」
◇
その時、群衆の中から一人の男が現れた。
商会の古参職員で、倉庫管理を任されていたはずの男――オルド。
「……社長、すまない。俺が……俺が帳簿を流した」
場が凍りつく。ロイが叫んだ。
「なにを言ってるんだ!
お前、村の麦の管理を一緒にしてたじゃないか!」
オルドは目を伏せ、苦々しい声を絞り出した。
「家族を人質に取られたんだ……。
ギルドに逆らえば、妻も子も殺される。だから……」
群衆がざわめく。市民の目に動揺が広がった。
◇
ガロウが一歩踏み出し、斧を構えた。
「裏切り者は処刑だァ!信用を売ったヤツは許さねェ!」
「待て」
漣司が制した。
「彼を罰すれば、民は恐怖する。恐怖で縛る組織は脆い。
俺たちは契約で結ばれた法人だ。
……裏切りさえも、契約で処理する」
リュシアが頷き、即座に羊皮紙を広げた。
「オルド。あなたは確かに裏切った。
ですが、家族を人質にされた状況は強制契約です。
本契約法では無効と扱われます」
オルドが驚いた顔を上げる。
「……無効?」
「そうだ」
漣司は静かに告げる。
「お前の行為は法的に無効だ。だから罰しない。
だが、その代わり――家族は必ず取り戻す。
ギルドの手からな」
群衆がざわめき、市民の目が再び二階堂商会に集まった。
「……本当に守ってくれるのか」
「裏切り者さえ救うのか……」
信用が崩れるどころか、逆に結束を強める結果となった。
◇
だが、役人たちはなおも動かなかった。
「しかし命令は命令。我らは差し押さえを実行せねばならぬ」
その瞬間、漣司は低く告げた。
「――ならば、公開裁判だ」
役人たちが動揺する。
「な、何だと?」
「市民の前で、この帳簿が本物かどうかを検証する。
公開の場で数字を突きつければ、偽造は暴かれる」
リュシアがすぐに応じる。
「すでに正規の帳簿は用意してあります。
矛盾点を百箇所以上指摘できます」
ロイが拳を握った。
「俺が市民を集める! 庶民にこそ真実を見せつけてやる!」
◇
その夜。広場には数百人の市民が集まった。
舞台の上で、リュシアが冷徹に数字を突きつける。
「こちらが正規帳簿です。残高は銀貨二千百八枚。
対して偽造帳簿では二千二百枚。
わずか百枚の差ですが、この数字では利子計算が合いません」
市民の間にざわめきが走る。
「確かに……利子の数字が合わない!」
「こんな小細工を……」
役人たちは言葉を失い、群衆の非難の声が高まる。
漣司は一歩前に出て、高らかに宣言した。
「見たか、市民たちよ!
ギルドは数字すら偽造し、我らを陥れようとした!
だが、数字は嘘をつかない!信用は我らの側にある!」
群衆が歓声を上げた。
「二階堂商会だ! 商会が真実を示した!」
◇
差し押さえは無効となり、役人たちは撤退した。
しかし、漣司はその場で静かに呟いた。
「これは序章にすぎない。
ギルドはこれからも裏切りと謀略で攻めてくる。
……だが、そのたびに俺たちは法人として契約で対抗する」
旗が夜風に揺れ、仲間たちの決意を照らした。
会議室に戻ると、リュシアが冷ややかに告げた。
「社長。公開裁判で信用は守れました。
しかしギルドの攻撃は今後も続きます。
次は資産ではなく、人心を狙ってくるでしょう」
ロイが拳を握り、真剣な声を上げる。
「では、庶民の声は俺がまとめます。
社長が数字で戦うのなら――私は声で応えましょう」
漣司は頷き、低く呟いた。
「いいだろう。孫子曰く、衆を治むること寡を治むるがごとし。
多数を動かすのは、原理を示すことだ。
お前の声はその原理を広げるだろう」
次の戦いに備え、商会はさらに強く結束していった。
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