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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第一部 武装法人誕生 - 都市買収編

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第21章 資金枯渇 ― 経営は兵法なり


 夜明けの光が、窓越しに帳簿の端を淡く照らしていた。


 まだ街は眠りの中にある。

 遠くでパン屋の竈が鳴り始める気配だけが、

 かすかに聞こえる静かな時間帯だ。


 だが、この部屋だけは違った。


 机の上に広げられた帳簿と計算板。

 インクの乾ききらない数字が幾重にも並び、

 紙の白さを押し潰すように沈んでいる。


 静寂を破ったのは、リュシアの低い声だった。


「……資金流出、三割増加」


 一語一語が、重石のように空気へ落ちる。

 その数字の意味を理解できない者は、

 この場にはいない。

 三割――それは誤差ではない。明確な攻撃だ。


 リュシアは指先で該当欄をなぞりながら、

 淡々と続けた。


「市内の両替商が一斉に手形を現金化しています。

 しかも動きはほぼ同時刻。偶然とは考えられません」


 紙が擦れる音だけが、部屋に残る。


「裏にギルドがいるのは明白です」


 言い切る口調には、迷いも感情も混じらない。

 事実だけを切り取った、冷静な結論だった。


 漣司は椅子にもたれ、帳簿から視線を上げる。


 窓の向こうでは、

 夜明けの空がゆっくりと色を変え始めている。


 紫から藍へ、そして薄い金色へ――


 まるで戦の始まりを告げる旗のように。


「来たな」


 短く、しかし確信に満ちた声。


「資金戦だ」


 剣も魔法も使わない。

 だが、企業にとっては最も致命傷になり得る戦場。


 数字が兵となり、信用が盾となり、時間が刃となる――

 そんな見えない戦争が、すでに始まっていた。



 ギルドの新たな一手は、刃の見えない攻撃だった。


 商会の流通を――まるで空売りするかのように締め上げる。

 両替商へ二階堂商会の手形が次々と持ち込まれ、

 銀貨との即時交換を迫られている。


 窓の外では、市場がいつも通り動いている。

 笑い声、荷馬車の軋む音、呼び込みの声。


 だが、その裏側で、信用という土台が静かに削られていた。


 支払いが一度でも滞れば――噂は広がる。

 不安は連鎖し、手形は紙切れになる。

 二階堂商会の名は、市民の口から消える。


「社長!」


 ミナが机を叩いた。乾いた音が室内に跳ねる。


「こんな速度で両替されたら、銀貨が底を突く!

 村人も市民も、裏切られたって思っちゃうよ!」


 目に宿るのは、怒りよりも焦りだった。

 守ろうとしてきた人々の顔が、脳裏をよぎっている。


 その横で、ガロウが斧を肩に担ぎ、獣のように息を吐いた。


「だったら両替商をブッ潰せばいイ!

 襲撃しテ、ギルドの手先を片っ端かラ――」


 言葉が、刃のように荒れる。


「やめろ」


 低く、短い声が空気を断った。


 漣司だった。


 視線は鋭いが、声には怒号も熱もない。

 ただ、冷えた意志だけが宿っている。


「それは力の暴走だ。

 信用を守るために力を使うのに、

 その力で信用を壊してどうする」


 室内に、短い沈黙が落ちた。


 ガロウは歯を食いしばり、斧をぎゅっと握り締める。

 一瞬、床に叩きつけそうになった腕が、

 ゆっくりと下ろされた。


「……チッ」


 不満げな唸り声だけが残る。


 だが、その背中から、暴走の気配は消えていた。


 

 リュシアが淡々と数字を追い続ける。

 指先が帳簿の行をなぞり、淡い魔光の計算式が空中に瞬いた。


「このまま推移した場合――

 あと十日で、運転資金が枯渇します」


 室内の空気が、わずかに重く沈んだ。


「十日か……」


 漣司は椅子にもたれ、天井を見上げる。

 木梁の影が、ゆっくりと視界を横切った。


 ――資金ショート。

 ――黒字倒産。


 日本にいた頃、何度も見てきた光景が脳裏に蘇る。

 帳簿上は利益が出ているのに、現金が回らず倒れていく中小企業。

 現場の努力も、誠実さも、数字の冷酷さの前では無力だった。

 その時、恩師が残した言葉を思い出した。


「経営は孫子の兵法と同じだ。

 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』


 漣司は目を閉じる。

 胸いっぱいに息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。

 ざわついていた思考が、一本の線に収束していく。


「……よし」


 瞼を開いたその目に、迷いはなかった。


「ここからは、兵法で戦う」


 静かな声だった。

 だが、それは宣戦布告にも等しい重みを帯びていた。



 会議室の長机いっぱいに羊皮紙が広げられた。

 漣司は立ったまま、迷いなく筆を走らせる。

 さらさら、と乾いた音が空気を切り裂き、

 線と円が次々と描かれていった。


「孫子曰く――兵は詭道なり。

 資金戦も同じだ。真正面から受ける必要はない。

 流れそのものを、こちらで作る」


 筆先が止まり、彼は図の中心を指で叩く。


「どうやって……?」


 ロイが思わず身を乗り出す。

 漣司は視線を上げず、線を伸ばしながら答えた。


「第一に、せい


 円の周囲に、いくつもの矢印が描かれる。


「市民の需要をさらに集中させる。

 手形を銀貨に換える必要そのものを消すんだ。

 倉庫街を金融拠点化し、現物決済を推進する」


 描かれた矢印が、一点に収束する。

 リュシアの瞳が、はっと輝いた。


「なるほど……。

 現物が流通すれば、銀貨を介さずに取引が回る。

 資金圧迫は避けられるし、信用も崩れない」


「第二に、虚実きょじつ


 漣司は別の場所に、大きく囲い線を引いた。


「ギルドが狙っているのは資金枯渇だ。

 なら逆に、こちらに余力があるように見せる。

 保険基金を公開し、まだ余裕があると誇示する」


 ミナが肩を揺らして笑う。


「なるほどねぇ。わざと札束を積んで、

 ドーンって見せびらかすわけだ!

 人だかりができるよう、あたしが噂を流してあげる!」


「そして第三に、奇正きせい


 筆がさらに走り、二つの倉庫が描き分けられる。


「表と裏に資金を分散する。

 囮の倉庫と、本命の隠し倉庫だ。

 敵がどちらかを叩いても、致命傷にはならない」


 ガロウが斧を担ぎ直し、歯を見せて笑った。


「ようやく俺の出番カ!囮を守って、

 ギルドの連中をまとめて叩き潰せばイイんだナ!」


 室内の空気が、一気に熱を帯びる。


 漣司は小さく頷いた。


「そうだ。お前たちの力が、

 虚を実に変える。この作戦の要だ」


 羊皮紙の上で、戦略図が静かに完成していた。

 それは、資金戦争における――最初の布陣だった。



 計画は、迷いなく動き出した。


 倉庫街の一角に、即席とは思えぬほど大きな取引所が設けられる。

 並ぶのは銀貨ではなく、荷車いっぱいの物資と束ねられた手形。

 農村から届く麦袋、都市工房の織物、地方から運び込まれた木材。

 人々は品を確かめ、手形を差し出し、現物と現物を交換していく。


 金属の音は少ない。

 代わりに、布の擦れる音、木箱のぶつかる音、

 活気ある呼び声が満ちていた。


「……銀貨をほとんど使ってませんね」


 ロイが目を丸くして、行き交う人々を見渡す。


「荷物と手形だけで、取引が回ってる……」


「仕組みは単純だ」


 漣司は、人波の流れを指でなぞるように示した。


「銀貨は価値の仲介役にすぎない。

 本当に欲しいのは、食べ物であり、布であり、材料だろう?」


 ちょうど目の前で、農夫が麦袋と引き換えに織物を受け取る。

 互いにうなずき合い、満足そうに別れていった。


「銀貨を一度はさまなくても、

 必要なもの同士が直接つながれば、取引は成立する」


「なるほど……」


 ロイはゆっくりと頷く。


「遠回りしていた交換を、

 一直線にしただけ、というわけですか」


「そういうことだ。

 余計な媒介が減れば、手間も不安も減る。

 市民にとってむしろ便利だ」


 市場の熱気は、時間が経つほどに増していった。

 呼び声は明るく、荷車の往来は途切れない。


 人々の表情には、不安よりも――

 新しい仕組みを使いこなす高揚が浮かんでいた。


「……現代日本でも、

 キャッシュレス決済が進んでいたからな」


 漣司が、誰にともなくぽつりとこぼす。


「……?」


 ロイはその言葉の意味がわからず、首を傾げた。

 だが問い返す前に、漣司はもう市場へ視線を戻している。


 取り残されたロイだけが、

 胸の奥に小さな「?」を浮かべたまま、

 活気あふれる取引所を見つめていた。



 だが、ギルドは黙ってはいなかった。


 数日後、両替商に預けられていた商会の資産の一部が、

 一夜にして消えた。


 ――横領。ギルドが裏から手を回し、資金を奪わせたのだ。


「やられました……!」


 リュシアが顔を歪めた。


「資金の一部が消えました。

 表向きは事故に見せかけていますが、

 明らかにギルドの工作です」

 

 ロイが怒りに震えた。


「村人の汗で稼いだ金を……!」


 漣司は深く息を吐き、冷静に告げた。


「兵法に曰く、

 戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。

 ギルドは俺たちを消耗戦に引きずり込もうとしている。

 ……ならば、次はこちらが主導権を握る」


 その目は鋭く光り、旗の影が揺れた。



 夜、屋上で風を浴びながら漣司は仲間たちに告げた。


「この資金戦は、ただの経済の争いじゃない。

 俺たちが法人として存在する価値そのものを問う戦いだ」


 ガロウが拳を打ち鳴らした。


「契約を守るためなラ、どんな戦でも付き合うゼ!」


 リュシアが冷徹に微笑む。


「数字は裏切りません。私が保証します」


 ミナが短剣をくるくると回しながら笑った。


「庶民の声はあたしとロイに任せといて!」


 ロイは拳を握り、真っ直ぐな声で誓った。


「俺は庶民代表として、

 この旗の下で村も都市も必ず守ります!」


 漣司は静かに頷いた。


「よし、ここからが本当の勝負だ。

 ――経営は兵法。戦場は市場だ」


 剣と天秤の旗が夜風に揺れ、商会の決意を照らした。

 資金戦争の幕が、いよいよ本格的に切って落とされた。

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

「ブックマーク」や「評価」をいただけると、とても励みになります。

一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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