第19章 報復の炎 ― 守るべき村
夜の帳が下りた頃、二階堂商会の会議室に急報が飛び込んだ。
「社長! ギルド兵が農村に向かったとの報せです!」
伝令の声に、ロイの顔が蒼白になる。
「……俺の村か!?」
伝令は無言で頷いた。ロイは立ち上がり、机に拳を叩きつける。
「やはり来たか……! 俺が商会に加わった報復だ!」
漣司は即座に立ち上がった。
「全軍、出動準備だ。契約を交わした以上、村は我らの資産であり、守るべき信用だ。放棄する選択肢はない」
リュシアは冷ややかに補足する。
「村を失えば、市民の信用は一夜で崩壊します。ギルドはそれを狙っているのでしょう」
ガロウは斧を担ぎ、牙を剥いた。
「上等だナ! 退職金が欲しくて戦う連中とは違ェ! 俺たちは契約のために戦ウ!」
ミナがにやりと笑い、短剣を抜いた。
「社長、村の子どもたちはあたしが守る。盗賊は守りのほうが得意なんだよ?」
ロイは歯を食いしばり、漣司に向き直った。
「社長……お願い致します。村を、仲間を守ってください!」
漣司は頷いた。
「当然だ。契約を結んだ以上、お前の村はもう商会の村だ」
◇
夜明け前――地平線の向こうにわずかな光が滲み始めたその時、二階堂商会の武装部隊は農村へ到着した。しかし、迎えたのは安堵ではなく地獄だった。黒煙が空へ昇り、家屋は炎に呑まれ、焼け焦げた麦の匂いが風に乗って押し寄せる。畑を踏み荒らす馬蹄の音、扉を蹴破る怒号、逃げ惑う村人たちの悲鳴――ギルドの報復は、予想を超える速さで、残酷な形を伴っていた。
「う、嘘だろ……こんなの……!」
ロイが崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、前へ出る。揺らめく炎の奥に、昨日まで笑っていた仲間たちの影が朧に見える。
「遅かったか……!」
ロイの叫びは、燃え落ちる家々に吸い込まれた。だが漣司は、炎の赤を映す瞳で、冷徹に全体を見渡していた。焦燥も怒りもある。しかし、それらを統御した先に――指揮官の声が生まれる。
「まだ終わっていない」
風のような静けさで言い放ち、剣の柄に指を添える。
「敵の兵数、およそ百。こちらは五十……だが、村人を合わせれば勝機は作れる」
ロイが振り返り、叫ぶ。
「村人を戦わせるつもりですか!? 武器も訓練もないんですよ!」
「違う」
漣司の声は火の粉よりも鋭く、しかし温度のある響きを持っていた。
「戦わせるんじゃない。守るんだ」
「……守られるだけでは信用は生まれない、そう言いたいんですね?」
「そうだ。信用とは一方通行では成立しない。
村人が生き残る意思を示し、俺たちがそれを守り抜くことで、初めて契約は意味を持つ」
炎が爆ぜ、瓦礫が崩れる音が鳴り響く。ロイは拳を握りしめ、村の方角を振り返った。
子どもの泣き声。老いた者の叫び。仲間を守ろうとする若者の怒号。
――守りたい。その想いが胸の奥からせり上がり、ロイは歯を食いしばった。
「……わかりました。私が村人たちに呼びかけます。戦うんじゃない、守るために――立ち上がらせます!」
漣司は静かに頷いた。
「それでいい。ロイ、お前にしかできない役目だ」
ロイは胸を張り、炎の向こうへと駆け出した。
その背中は、確かに――仲間を守ろうとする者の背中だった。
◇
広場に響いたロイの声は、震えていながらも確かな芯を持っていた。彼の足元には、焦土の匂いが残る村の風が吹き込み、沈んだ空気を揺らす。
「みんな! ギルドは俺たちを――俺たち“だけ”を見捨てたんじゃない。弱き者は切り捨てても構わない、そう宣告したんだ!」
村人たちの表情が曇る。老人は拳を震わせ、若者は歯を噛みしめる。
「でも、二階堂商会は違う!」
ロイの声は荒々しくも熱を帯び、夜明け前の空へ伸びていく。
「この村に来るために、命を張って走ってきてくれた! 俺たちが生きられる未来のために、他人の土地で武器を取ったんだ! だったら……俺たちも応えるべきだろ!」
その言葉が胸の奥で火種となり、村人の中に小さな炎が灯りはじめる。
「……やるしかねぇんだな」
「当たり前だ。家族を守れなくて、何が村だよ!」
震えていた声に、次第に怒りと覚悟が混じり始める。農夫たちが鍬や鎌を構え、土埃を巻き上げながら最前列に並ぶ。女たちは火消しの水桶を抱え、負傷者を運ぶ準備を始める。老人たちは避難路を作り、子どもを抱えた若い母親は震えながらも目に強い光を宿した。
それは、武器も鎧もない。だが――折れず、諦めぬ生活者の覚悟だった。
漣司はその光景を眺め、ふっと息を吐いた。どこか満足げな、だが戦場を知る者の鋭い目で。
「……いい人材だ。ロイを加えたのは、やはり正解だったな」
彼は静かに剣を抜く。夜明け前の薄光が刃に宿り、村の希望を映す。
「さぁ、ロイ。ここから本当の意味で――武装法人として、最初の契約を果たすぞ」
ロイは胸を張り、村人たちと共に大きく頷いた。彼らの前に立つのは、炎を上げる村と迫り来る敵軍。だがその背には、守るべき生活と、もう決して折れない小さな共同体の決意があった。
◇
戦いは始まった。村の静寂を破るのは、地を揺らす咆哮――ガロウだ。巨体に似合わぬ俊敏さで敵陣へ飛び込み、最前列のギルド兵を叩き伏せる。
「テメェらの退職金は棺桶だけダァァ!」
吠えるたびに兵が飛び散り、ギルド兵の列は瓦解した。恐怖で足を止めた兵士を、ガロウの影が覆う。
その巨影の下、ミナが疾風のように駆け抜ける。子どもたちを避難路へ押し込み、振り返った瞬間にはすでに敵の背後へ跳び込んでいた。
「こっちは守り抜く! どんな手段でも!」
短剣が喉元を走り、血飛沫が朝焼けの光を乱す。敵が振り返る頃には、彼女はもう次の影へ滑り込んでいた。ミナの動きはまるで一陣の雷、味方が見失うほど速い。その混乱を制するように、リュシアの澄んだ声が響く。淡い氷の結界が空中に広がり、雨のように降り注ぐ火矢を受け止めて砕いた。
「左翼を押さえて。水を運ぶ者は右へ……社長、敵兵の士気は低下中です」
冷静な報告の裏で、結界の縁が何度も爆ぜる。彼女の靴先が土に沈み、額に汗が滲むが、それでも表情は揺らがない。その姿は、混沌の戦場でただ一人鏡のように澄み切っていた。
一方、畑の前線ではロイが叫んでいた。鍬を槍のように構え、土を踏みしめながら村人たちの先頭に立つ。
「絶対に畑を焼かせるな! ここは俺たちの命だ!」
最初は震えていた村人たちの手が、ロイの声に呼応して力を帯びていく。鍬がギルド兵の足元を裂き、鎌が馬の脚を切り払う。農具は本来の用途を裏切り、村の誇りを守るための武器へと変わっていった。
女性たちは火を浴びながらも水を撒き、煙で涙を流しながら敵の進路を阻む。――それは戦士ではなく、生活を守る者の戦いだった。ギルド兵は数で押しつぶそうとするが、村人の連携と商会の奇襲で動きが乱れ、隊列が狭い路地で詰まる。ミナが上から切り崩し、ロイが下から押し返し、ガロウがまとめて吹き飛ばす。どんなに数があっても、恐怖と疲労の波がじわりと敵を侵食していく。
炎と血煙の中、漣司は静かに歩み出る。剣を抜くたび、火の反射が刃を赤く染めた。
「経営は戦争だ! この村を守り抜くことが、我らの信用を守ることになる!」
その声は戦場に不釣り合いなほど落ち着き、だが不思議なほど胸を打つ響きを持っていた。その一言が、村人の恐怖を突き破る。恐れていた足が前に出、震える手が再び武器を握る。
「後退するな! ここで守りきれ!」
漣司の剣が唸り、突撃してきたギルド兵の槍を弾き返す。返す刃は鋭く、血を散らし、敵の足を止めさせる。その一撃ごとに村人の声が上がり、戦意が村全体に広がっていく。
やがて村人と商会兵は百。ギルド兵は約五十。戦場を覆っていた恐怖の霧が、次第にこちら側の熱気で吹き飛ばされていく。ロイは泥と血にまみれた村人の肩を掴み、叫び続けた。
「諦めるな! 俺たちの村だ! この契約のために立ち上がれ!」
その声に呼ばれるように、隠れていた者も戦線へ走り、老人でさえ杖を振って敵を追い払う。村は、もう単なる被害者ではなかった。炎が燃え盛る家屋の向こうで、漣司は戦場全体を見渡す。敵の動き、士気、残存兵力――すべてが縮んでいく。彼は足を突き、地を蹴った。
煙の幕を切り裂き、指揮官へ一直線に向かう。敵が剣を構えるが遅い。漣司の剣閃が闇を貫き――
ひとつの影が崩れ落ちた。指揮官を失ったギルド兵は、叫び声を上げて撤退を始めた。
嘘みたいな静けさが、次第に村を覆う。村の中央広場。泥と煙に濡れたロイは拳を高く掲げ、声を振り絞る。
「やったぞ! 俺たちは守った! この村は俺たちのものだ!」
その叫びは、誰もが胸に押し込んでいた恐怖を溶かし、涙となって溢れさせた。村人たちは抱き合い、武器を下ろし、崩れ落ちるように安堵の声を漏らす。
――村は焼けていた。血も流れた。傷も残る。だがその夜、確かに新しい未来が、生まれたのだった。
◇
夜明け。戦いは終わった。ギルド兵は退けられ、村は辛うじて守られた。焼け跡に立ち尽くすロイは、涙を堪えながら村人を抱きしめていた。
「……守れました。社長、私たちは守り抜いたのですね」
漣司は頷き、剣を収めた。
「そうだ。これは勝利だ。だが同時に宣戦布告でもある。ギルドはもう後戻りしない。次はさらに大きな力で来るだろう」
リュシアが冷徹に告げる。
「社長。都市と農村をつなぐ戦線は、もはや不可避です。これは単なる小競り合いではありません。経済戦争の総力戦です」
漣司は空を見上げた。朝陽が燃えるように昇り、村の焼け跡を照らしていた。
「いいだろう。これが武装法人の宿命だ。経営も戦争も同じ――負ければ終わりだ」
その横で、ロイは拳を握りしめて誓った。
「俺は庶民代表として、必ず村人を守り続けます。そして、この旗の下で戦います!」
剣と天秤の旗が煙の中で翻り、二階堂商会と農村の絆を高らかに示していた。
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