第142章 街道税の壁 ― 理屈で勝つ
――セレヴァリアまで、残り一日の地点。
陽炎が揺れる街道を、武装法人二階堂商会の隊列が進んでいた。磨かれた鎧が光を弾き、馬の蹄が乾いた石を叩く。正午の太陽は高く、風すら熱を帯びている。
そのとき――道の中央に、粗末な柵が立ちはだかった。鉄釘で打ちつけられた板には「関税区間」と掠れた文字。その前に、鎧姿の男たちが八人。槍を携え、行く手を塞いでいた。
「止まれ! ここから先は関税区間だ!」
声は荒く、威圧的だった。先頭を歩いていたガロウが、斧を肩に担いだまま足を止める。
「……またカネを取る奴らカ」
リュシアが眉をひそめ、帳面をめくる。
「この区画に正式な徴税拠点は存在しません。つまり――非公式、ですね」
漣司は一歩進み出る。代表の男が槍を肩に担ぎながら、にやりと笑った。
「俺たちはセレヴァリア街道監視団だ。通行税、馬車一台につき金貨三枚だな」
「三枚?」
ミナが目をむく。
「ぼったくりじゃない! 三枚あったら一週間は宿が取れるよ!」
「静かに」
ロイが小声で制した。男たちは粗末な防具ながらも動きは手練れ。腰の剣の握りに迷いがない。ただの盗賊崩れではない――背後にどこかの貴族がいる。漣司はそう見抜いた。
「で? 払うのか払わねえのか?」
隊長が唇を吊り上げる。漣司は帽子のつばを軽く指で押し上げた。
「質問がある。」
「……なんだ?」
「徴税権の根拠を示せ。王印か、あるいはセレヴァリア議会の委任状でもいい」
「うるせえ! 俺たちがここを管理してるんだ!」
「つまり――自称、だな」
その声は冷ややかに響いた。
◇
その瞬間、リュシアが前に出て、書類を取り出した。
「こちら、バルメリア議会発行の通商特別許可証。バルメリアからセレヴァリア間の通行における免税措置を明記しています」
「は? そんなもん聞いてねぇ!」
「聞いていないのは、あなた方が正式な徴税官ではないからですよ」
リュシアの声は氷のように冷たく、男たちの笑みを凍らせた。ルーチェが杖を軽く掲げ、魔力を灯す。
「公印の真証を示す。偽造であれば、光は濁る」
証書に刻まれた印章が淡い金色の光を放ち、清らかに輝いた。
「……ま、まじか……」
男たちが一歩引く。漣司は一歩近づき、声を低めて言った。
「この街道はバルメリアとセレヴァリア双方の協定下にある。俺たちは両議会の認可を受けた法人だ。つまり、法的には――お前たちの上に立つ」
「ふざけんな! 商人風情が……!」
怒声とともに槍がわずかに動いた。
だが次の瞬間――。
ガロウの斧が地面を叩き、轟音が響く。
「抜いたラ、首が落ちるゾ」
土煙が舞い上がり、空気が震えた。その圧に、男たちが本能的に一歩退く。
リュシアが淡々と畳みかける。
「もし私たちの通行を妨げるなら、営業妨害として議会訴訟を起こします。貴族の名前を伏せたままでは済みませんよ」
「な……っ」
隊長が歯噛みする。背後の兵士が焦って囁いた。
「隊長、本物だ……公印が光っていた……やばいですよ……!」
漣司がさらに一歩。
「理屈を無視して刃を振るえば、次に動くのは法の剣だ」
その声は静かだったが、逆らえば破滅だと悟らせる重みがあった。隊長格の男が顔を歪め、苛立ちを押し殺した。
「ちっ……好きに行け!」
槍を引き、柵をどける。漣司は軽く会釈した。
「理解が早くて助かる」
馬車が動き出し、隊列が柵を越える。通り過ぎるとき、ミナが舌を出した。
「ほらね、理屈で勝つってこういうこと~!」
「お主、あの場で口を開けば交渉が刃傷沙汰になっておったでござるぞ」
「だってムカついたんだもん!」
笑いが戻り、空気がやわらいだ。
◇
少し離れた後。
ガロウが振り返って笑った。
「社長の理屈、敵より強いナ」
「理屈は剣より切れる。ただし、刃こぼれも早い」
「どういう意味ダ?」
「過信すれば、守るものを失う。理屈だけでは、人は動かない」
ロイが頷き、静かに言葉を添える。
「だから、社長は数字と感情の両方で勝つんですね」
漣司は小さく笑った。
「そういうことだ。――理屈は道具、心が根拠だ」
◇
夕暮れ。
焚き火の赤が草原を染め、夜の風が冷たさを帯びる。ルーチェが温かいスープを配りながら言う。
「拙者、あの者たちが二度と出ぬよう祈るでござる」
「出ても大丈夫でしょ、次は理屈の剣で真っ二つだよ!」
ミナが笑う。ロイがやれやれと肩をすくめた。
「……本当に、あなたは怖い意味で頼もしい」
リュシアは帳面に静かに記す。
「今日の交渉記録。案件名――街道税交渉事件。結論、勝訴」
ミナが吹き出した。
「勝訴って! まだ訴えてないでしょ!」
漣司は静かにスープを口にした。
「剣で勝つ者は恐れられる。理屈で勝つ者は――信じられる」
その声に、焚き火がぱちりと鳴った。夜空の下、二階堂商会の旗が、風を受けてゆっくりと揺れる。セレヴァリアまでもう少し。理屈と誇りを胸に、彼らは進む。
――数字で切り裂く剣は、今日も鈍らない。
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