第141章 金色の騒動 ― テリア初めての自由行動
――旅の三日目。
夕刻の陽光が斜めに差し込み、長く伸びた影が街道を二色に染める。その先に、石造りの屋根が連なる宿場町が姿を現した。香草を煮る匂いが風に混じり、焚き火の煙が柔らかく空を漂う。ミナが目を輝かせた。
「わー! ひさびさの宿場! 寝床つきって最高!」
ミナが両手を広げて叫ぶ。陽の光を浴びた笑顔が、まるでこの旅の中の灯火そのものだった。
「……お前、毎回テンション高いな」
ロイが苦笑しながら荷を下ろす。装備の留め具が金属音を立て、彼の静かな息が白く揺れた。
漣司が街を見渡し、短く指示を出す。
「暫く休憩だ。食料と水の補給を済ませておけ」
「了解です、社長」
リュシアが記録帳を開く。
「物価調査も行っておきます。通貨の変動が出ていないか確認を」
「助かる。頼んだ」
漣司が頷くと、彼女の眼鏡の奥の瞳がわずかに光った。
◇
商会の面々が散り、短い自由時間が訪れた。ルーチェはテリアを抱えながら、町の中心広場を歩く。
「さて、少し空を見せてやるでござるか。」
肩に乗っていたテリアが、ぱたぱたと翼を震わせる。旅の疲れを感じさせぬその仕草に、ルーチェの表情がほころんだ。ルーチェは微笑んで手を離す。
「迷子にならぬように、でござるぞ」
――次の瞬間。
「キュルルゥゥーーーッ!」
白金の閃光が風を切って走り抜けた。テリアが高く飛び上がり、空を旋回する。陽光を反射し、まるで小さな太陽が町の上空を舞っているようだった。子どもたちが歓声を上げる。
「すっげー! 空飛ぶ金色のトカゲだー!」
「トカゲじゃないでござるぅぅぅ!」
ルーチェが必死に追いかける。
◇
ガロウとミナが露店通りの奥でその騒ぎを見つけた。
「アレ……うちノ……ドラゴン?」
「……完全に祭り状態じゃん!」
人々が集まり、笛や太鼓まで鳴らし始めている。
「白金の生き神だ! 縁起がいいぞ!」
「触ったら商売繁盛だー!」」
テリアが慌てて逃げ、子どもたちが追い、ルーチェがさらに追う。
……それを見て笑いながら、ミナが言った。
「これ、放っとくとマジで神格化されるやつじゃない?」
すると、背後から妙に聞き覚えのある古風な口調が飛んできた。
「拙者の信仰団体が増えル……困ッたでござル」
低く太い声。しかも、無駄に抑揚まで似せている。
「ちょ、ルーチェの真似するにしても声が低すぎ!」
ミナが即座に突っ込む。ガロウは肩を揺らして笑い、明らかに楽しんでいた。その間にも、ルーチェは屋根によじ登り、白金の尾を追いかけている。ミナが両手で口を覆って笑った。
「もうだめ、腹痛い……あの真面目顔で必死とか反則……!」
◇
しばらくして、夕暮れが夜に溶けるころ。ルーチェはぐったりと戻ってきた。テリアは彼女の頭の上で満足げに丸くなり、喉を鳴らしている。
「……もう、心臓が止まるかと思ったでござる……」
漣司が呆れたように笑った。
「まあ、これで町の連中は俺たちを悪人だとは思わないだろう」
「確かに、光と金のドラゴン商会としては最高の宣伝だね!」
ミナが笑いながらパンを頬張る。彼女の背でガロウが大きくうなずいた。
「祭りの連中、明日まで語ッテルゾ」
軽口の中、リュシアが冷静に報告した。
「物価は安定。道中と比べて治安も悪くありません。ここから先は、交易都市圏への街道です」
「よし」
漣司が立ち上がる。
「夕食を取ったら出発する。夜のうちに一里は進む」
◇
夜。
出発の時刻、町の門の外にはまだ子どもたちが集まっていた。
「金のドラゴン、また来てねー!」
「今度は飛ぶとき教えて!」
ルーチェが少しだけ振り返る。テリアが小さく羽を広げ、「キュル」と鳴いた。その声が夜気に溶け、星空に吸い込まれていく。
「……仕方ないでござるな。人気者というのも、骨が折れるでござる」
「英雄ってそういうものだろ」
ロイが笑いながら肩をすくめる。ルーチェは小さく首を振り、夜風に長い息を吐いた。
「英雄などと呼ばれるほど、拙者は大した者ではござらん」
「いや、あんたは立派だよ」
ミナが優しく肩を叩いた。その言葉に、ロイも淡く笑みを浮かべる。
「次は港の英雄と呼ばれるかもしれませんね」
その言葉に、ルーチェはぴたりと固まった。視線が泳ぎ、耳の先まで一気に赤くなる。
「……そ、それ以上、肩書きを増やすのは勘弁でござる……」
笑い声が夜風に流れる。空には星がまたたき、テリアの金色の鱗が、わずかにその光を返した。
――旅はまだ、続いていく。だが確かに今、彼らの足跡はこの宿場町に刻まれ、笑顔と共に、人々の記憶へと静かに残っていった。
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