第139章 砂塵の道 ― 商会の名刺代わり
――バルメリアを出て二日目。
空は高く、雲は薄い。乾いた風が草原を撫で、背の低い草を波のように揺らしていた。
街道を進む二階堂商会の荷馬車は、規律正しく並んでいる。旗は揺れ、車輪は土を刻み、馬は一定の歩幅で歩く。
その穏やかな行程を、異音が裂いた。道の先。土煙の中で、一台の荷車が横倒しになっている。車輪は片側が外れ、木箱が散乱し、数人の行商人が右往左往していた。
「……事故だな」
漣司が手綱を軽く引く。馬が止まり、列も静かに止まる。リュシアはすでに双眼鏡を覗いていた。
「荷は香辛料、ですね。高価な取引品です」
乾燥すれば問題ない。だが湿れば終わり。時間との勝負だ。
「手を貸そう」
その一言で十分だった。ミナとガロウが、ほぼ同時に馬車から飛び降りる。
◇
「ねーー! 大丈夫ー!」
ミナの声は、風より速い。商人の男が振り向き、目を見開く。
「うわっ!? まぶしい……え、武装法人……さん?」
視界の端で、ガロウの装備が陽光を反射していた。相変わらず派手だ。行商人の男が目を丸くする。ミナが明るく笑い、袖をまくる。
「心配しないで! 荷の運搬、得意だから!」
ガロウも肩を回した。
「荷車を起こスゾ! 三人で一気にダ!」
どん、と音を立てて車体が元の位置に戻る。ロイが荷を確認しながら呟いた。
「損傷は最小限ですね。香辛料が湿気ていないのは幸いです」
「それ、売り物なんで助かります……!」
と商人の一人が涙ぐむ。ミナは笑って親指を立てた。
「うち、困ってる人は基本放っておかない主義!」
◇
漣司は崩れた橋へ歩み寄る。
小川にかかる木橋の中央が落ちていた。支柱は黒く、内部まで腐っている。
「長雨の影響だな」
「構造的に限界を超えてます」
リュシアが即座に書き留める。
「ふむ……。ロイ、橋の補修はどのくらいだ?」
「木材を流用すれば半日で応急処置は可能です」
漣司は迷わない。
「よし。やる」
リシュアが即座にメモを取り、
「材、三束。釘、十二本。労力換算で銀貨八枚」
ミナがすかさず指を鳴らす。
「じゃあ香辛料二箱分でどう? 橋も直るし、街道も助かるし、トントンでしょ?」
商人たちが目を瞬く。
「え、交渉早……!」
「うちの営業担当ですから」
とロイが苦笑した。
◇
木材を切り、組み、打ち込む。
ガロウの腕が釘を叩き、ミナが梁を支え、ロイが寸法を測り、リシュアが角度を修正する。ルーチェは水流を抑える簡易術式を展開し、作業効率を上げていた。夕方前、橋は元の姿を取り戻す。馬が踏み出し、きしみはない。
数時間後。
橋は元通りになり、馬車は再び走り出す。漣司たちは川辺で休憩を取っていた。
「……想定通りです。誤差もありません」
リュシアが書類を閉じ、眼鏡を光らせる。
「現場感覚を持て。数字だけで動くな」
漣司が言うと、ミナが頬をふくらませた。
「社長、それ説教っぽく聞こえる~」
「実務だ」
「ほら。やっぱり説教っぽい」
ロイが小さく笑う。
「……社長、たまに名言みたいな説教しますよね」
そのやり取りを聞いて、ルーチェがくすりと笑い、うなずいた。
「まこと。拙者も同感でござる」
風が抜け、緊張がほどけた。
◇
そのとき、さっきの行商人が駆け寄ってきた。
「皆さん、本当に助かりました! あの橋はこの街道の命綱なんです!」
男は懐から封筒を取り出し、深々と頭を下げた。
「少ないですが、お礼を……」
中には数枚の取引用証書が入っていた。
「礼は受け取る。ただし――」
漣司が手を伸ばし、静かに封筒を押し返す。
「困ったとき、次は他の誰かを助けろ。それで十分だ」
商人は一瞬きょとんとした後、深く頭を下げた。
「……はい! 武装法人さん、忘れません!」
◇
日が傾き、街道に影が伸びる。馬車の荷台からミナが身を乗り出して言った。
「ねえ社長、今日のこれって完全に宣伝効果だよね!」
「そうだな」
「うちの名刺、配っとけばよかったかも!」
「黙って仕事をする。それが一番の名刺だ」
「ほらまた名言ぽい~!」
笑い声が風に流れる。その背後で、荷馬車を見送る商人たちが小さく手を振っていた。
漣司は静かにその姿を見つめ、呟いた。
「信頼は、売り物じゃない。だが――価値はある」
夕陽が沈み、空が朱に染まる。今日もまた、武装法人二階堂商会の旗が風を受けてはためいた。
――セレヴァリアへの道は、まだ始まったばかりだ。
だが今日、街道のどこかで、確かにその名は刻まれた。
武装法人二階堂商会。静かに、しかし確実に。
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