第133章 旅立ちの風 ― 孤高の拳の同行
朝靄が街を包んでいた。
オルテリアの広場には、出発準備を終えた二階堂商会の馬車が並び、荷台には物資と、修理を終えた装備が積み込まれている。ロイが最後の確認を終える。
「装備も補給物資も問題ありません。いつでも出発できます」
「了解ダ。オレの斧モ、今度こそ折れねぇよう補強したゾ」
ガロウが豪快に斧を担ぎ上げ、肩で笑う。
「壊れるたびに伝説を増やされても困りますからね。整備された武器のほうが、結果的に皆が助かります」
ロイが肩をすくめて続ける。
「やっと帰れるのね~。温かい風呂が恋しいわ」
「同感です。バルメリアの食堂が待ち遠しいわ」
リシュアも頷く。ルーチェが光る杖を抱え、うっすらと微笑んだ。
「拙者はテリアの餌が心配でござる」
「キュルル!」
と肩に乗った小さなドラゴンが鳴く。その声に、皆が笑った。
◇
出発直前、広場の端から、ひときわ目立つ影がゆっくりと歩いてきた。
浅黒い肌、白銀の髪。
肩には拳を包む革のバンデージ、腰には数珠。オルテリア炭鉱ダンジョンの二層で出会った女モンク、ミルザだった。
「あれ? ミルザじゃん」
ミナは荷台から身を乗り出し、目を丸くする。次の瞬間には、にっと親しげな笑みを浮かべて手を振った。
「まさか、見送りに来てくれたとか?」
からかうような声音だが、そこには素直な驚きと嬉しさが滲んでいた。
漣司が声をかける。
「別れの挨拶か?」
ミルザは片手を上げて軽く笑った。
「いや、その逆さ。……ついて行こうと思ってね」
全員の視線が集まる。
「え? 一緒に!?」
ミナが目を丸くする。
「アンタ、単独行動が好きなんじゃなかったの?」
「うん、群れるのは性に合わない」
ミルザは肩をすくめ、あっけらかんとした調子で言った。
「でもさ、炭鉱が元に戻ってうるさくてね」
指先で耳元を軽く叩く仕草をする。
「あの辺、昼夜問わずカンカン叩く音ばかり。修行にならないのよ」
苦笑いを浮かべ、空を仰ぐ。
「それにモンスターも出なくなった。暇で死にそう」
その言いぶりに、ルーチェが思わず口元を緩めた。
「なるほど……己の鍛錬を求めてダンジョンに住んでおったのに、再興したことで逆に喧噪に悩まされる、と」
ミルザは深く頷く。
「そういうこと」
次いで、くるりと踵を返しかけてから、思い出したように振り向いた。
「だから、気分転換がてら同行する。もっとも――」
一瞬だけ、悪戯っぽく片目を細める。
「気まぐれで抜けるかもしれないけどね」
「構わない」
漣司が即座に答えた。
「強制しない。行くも離れるも自由だ」
ミルザの眉が少し上がる。
「へぇ……ずいぶん柔らかい社長だ」
「その代わり、行動の結果には責任を持ってもらう」
「そりゃ当然さ」
軽く笑って拳を鳴らすミルザ。ロイが穏やかに尋ねる。
「食糧や宿泊場所はこちらで――」
「いらない」
ミルザは軽く手を振った。
「食い扶持は自分で確保するよ」
肩に担いだ拳を包むバンデージを、指先で確かめるように叩く。
「それくらい、自分の流儀でやらせてもらう」
漣司は一呼吸だけ置き、静かに頷いた。
「了解した」
そして、改めてミルザを見る。
「では――ようこそ、武装法人二階堂商会へ。俺たちは、常に利益と縁を運ぶ集団だ」
その言葉を、ミルザは噛みしめるように聞いていたが、やがて口角を持ち上げた。
「……利益と縁、ね」
ふっと息を吐き、肩の力を抜く。
「悪くない響きだ。修行の旅としては、上等すぎるくらい」
◇
やがて出発の合図が鳴り、馬車がゆっくりと動き始める。
街の人々が手を振り、子どもたちがテリアに小さな花冠をかけた。
「キュルルッ!」
小さなドラゴンが嬉しそうに鳴くと、ミナが笑った。
「ほら見て、テリアも気合い入ってるわ!」
「うむ、縁起が良いでござるな」
ルーチェが微笑む。ガロウが御者台に乗りながら、背後をちらりと見た。
「ミルザ、お前、ホントについて来るんダナ」
「気まぐれって言ったでしょ。気が向いたら途中で降りる」
「ハッ、そういうヤツ嫌いじゃネェ」
「ありがと。でもいつも酒臭いのは勘弁」
「……オレに禁酒は無理だゾ」
そんな軽口に、荷台から笑い声が広がった。
◇
オルテリア――炭と沈黙の街が、ゆっくりと背後へ遠ざかっていく。
城門を抜けた先に広がるのは、ラクリアへと続く街道。
乾いた土を踏みしめる馬車の車輪が、一定のリズムで音を刻み、
荷台の上では二階堂商会の旗が風を孕んで揺れていた。
陽光を受け、テリアの翼が一瞬、銀色にきらめく。
空は高く、雲は薄い。
つい先日まで、瘴気と不安が澱んでいたとは思えないほど、道は澄んでいた。
その空気を、最初に口にしたのはミルザだった。
「……風が軽いな」
歩調を緩めることなく、彼女は前を見たまま呟く。
「いい兆しだ」
その言葉に、漣司は隣で静かに頷いた。
「そうだな」
視線は街道の先――
「俺たちの商路も、ようやく風に乗る」
止めていた流れが動き出し、押し返されていた世界が、こちらを受け入れ始めた感触。それを、彼は確かに感じ取っていた。その空気を破るように、ミナが明るく手を挙げる。
「じゃ、次の目的地は――温泉付きの宿で!」
即答だった。
「またそれか……」
ロイが額を押さえ、ため息をつく。だが、その口調には本気の拒絶は含まれていない。その様子に、リュシアがくすりと笑った。
「温泉も……利益として換算するおつもりですか?」
「もちろん!」
ミナは胸を張る。
「心の回復は、生産性に直結するんだから。立派な投資でしょ?」
呆れと笑いが入り混じり、馬車の周囲に、軽やかな空気が広がっていく。
ガロウが鼻で笑い、ミルザが肩をすくめ、ルーチェは穏やかな目でその様子を見守っていた。
――この一行は、もう単なる商人の集団ではない。流れを作り、街を変え、人を動かす者たちだ。
大陸を渡る風が吹き抜け、二階堂商会の旗を大きく揺らした。
笑い声が、街道にこだまする。その音を追い風に、馬車はゆっくりと進み始めた。
オルテリアで結ばれた縁と、動き出した流れを積み荷に、二階堂商会は――バルメリアへ帰還する。
物語は、ここからさらに広がっていく。風に乗った商会の行く先に、どんな利益と火種が待つのか。それを知る者は、まだいない。
ただ一つ確かなのは、この風が、もう止まらないということだけだ。
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