第132章 再び商路へ ― 小さな翼の同行者
オルテリアが正式に二階堂商会の傘下となってから、一月。
街はすっかり息を吹き返していた。再生した炭鉱からは、純度の高い魔石が採掘され、製錬所では銅と鉄が光を放つ。かつて封鎖されていた坑口には安全魔法の結界が張られ、子どもたちが笑いながら手を振って見送る姿もあった。
その全てを見届けた漣司は、会議室の窓辺に立ち、ラクリアとバルメリアを結ぶ交易路の地図を広げた。
「物流拠点は予定どおり整った。これでオルテリア-ラクリア-バルメリアの三都市が直通できる」
リシュアが頷きながら書類を束ねる。
「補給ルートも確立済みです。あとは、バルメリア側の倉庫を再調整すれば完璧ですね」
ミナが腰に手を当てて笑った。
「つまり、やっと一息つけるってこと?もうどれくらい長い間、炭の臭い嗅いでたと思ってるのよ~」
「現場の匂いを忘れるな。利益はそこから生まれる」
「社長、それ今、名言っぽく聞こえるけど、地味に説教!」
ミナの抗議に笑いが起きる。漣司が穏やかにその場をまとめた。
「ひとまず補給のために、バルメリアへ戻る」
「食材も資材も、もう限界~。バルメリアに帰ったら絶対に甘い物!」
ミナが明るく声をあげる。
「まるで遠足の子どもだな」ロイがツッこむ
「いいじゃない、気合い入るでしょ!」
笑いながら、空気が一気に和らぐ。
ガロウが大きな斧を壁に立てかけ、柄のひび割れを見つめながらぼやいた。
「オレの斧モ、限界ダナ。柄が三度も割れタ。オルテリアの鉄クギで補修したけど、もう保たネェ」
「そこまで使い込んだら、博物館行きでしょ」
ミナが吹き出す。ロイも苦笑しながら、自身の盾を見下ろした。盾には無数の傷、中央には焼け焦げが残っている。
「この盾も、よく持ちこたえてくれました。もう少しで、私より年季が入るところでしたよ」
ルーチェも、杖の先を確認して首を傾げる。
「拙者の杖も魔力導線が劣化しておる……少々、補修が必要でござるな」
漣司はその様子を見て、穏やかに息をついた。
「再編整備の資材も必要だ。装備も、心も、磨き直すときだな」
リシュアが頷き、書類をまとめる。
「補給ルートは確保済みです。出発準備を整えれば、三日以内に発てます」
漣司が地図をたたみ、ゆっくりと頷く。
「戻ろう、バルメリアへ――新しい流れを作るために」
◇
出発の朝。
街の広場には、見送りの人々が集まっていた。子どもたちが商会の旗を振り、炭鉱夫たちが笑顔で声を上げる。その中に、いつも通りの無骨な姿――ガラートがいた。肩にピッケルを担ぎ、口の端に笑みを浮かべている。
「……そうか、行っちまうのか」
低く、少し寂しげな声。漣司が近づき、軽く手を差し出した。
「俺たちは武装法人だ。留まるより、流すことで世界を繋ぐ。オルテリア製品も、ラクリアの品も、これからはバルメリアの市場を通じて大陸に広まる。」
「ハッ、そいつは楽しみだ」
ガラートの目が光る。
「元々な、この街は――手先の器用な奴が多い」
そう言って、指を一本立てる。
「炭鉱がダンジョン化してから、そいつらの大半はラクリアや他の都市に流れちまったが……」
一瞬、言葉を切る。風が広場を抜け、石畳の上を冷たく撫でていった。
「やつらが戻ってきたら、どんなもんでも造るさ。銅像なんざ、朝飯前だ」
そう言ってガラートは笑い、広場の中央を顎でしゃくる。
そこに立っていたのは――光を弾く銅の像。杖を高く掲げ、竜を浄化した瞬間を切り取った、ルーチェの姿。金属とは思えないほど滑らかな曲線が、夕陽を受けて輝いている。
「なっ、な、なんでござる!?」
ルーチェの顔が真っ赤になる。
「そ、その話は、どうかおやめくだされ!拙者、あれは偶然の産物にて……!」
「偶然でドラゴン浄化ってすごすぎでしょ!」
ミナが笑い転げる。
「ほらほら、英雄様~。信者も増えてるし、すっかり人気者だねぇ~!」
ミナがわざとらしく声を弾ませ、ルーチェの肩を軽く突く。
「ミ、ミナ殿!? からかわないでくだされ!」
慌てて否定するルーチェに、周囲からくすくすと笑いが零れた。
広場では、市民たちが足を止めて像を見上げている。「そっくりだ」「あのときの姿だ」と、楽しげな声が飛び交う。やがて、子どもたちが集まり始めた。
「ねぇ見て! こうだよね!」
「ちがうちがう、杖はもっと高く!」
小さな手で棒切れを掲げ、銅像の真似をしてはしゃぐ。誰かが「浄化ーっ!」と叫ぶと、笑い声が一斉に弾けた。
ルーチェは、その光景を直視できず――ついに両手で顔を覆う。
「……恥ずかしゅうて……もう、出歩けぬでござる……」
指の隙間から、耳まで真っ赤に染まっているのが見えた。ミナはその様子を見て、満足そうに笑う。
「大丈夫大丈夫。そのうち幸運のお守りとか言われて、撫でられるだけだって」
「それはそれで困るでござるーっ!」
悲鳴にも似た声に、広場はもう一度、柔らかな笑いに包まれた。
ざわめきはすぐに収まり、代わりに残ったのは――街がひとつの輪になったような、温かな空気だった。その様子を眺めながら、ガラートが喉を鳴らすように渋く笑う。
「……英雄が照れるくらいで、ちょうどいい」
そう言って、広場を一望する。
「崇め奉られて近寄れねぇより、こうして笑われてる方がいい。街の士気も上がるしな……悪くねぇ宣伝だ」
職人兼統率者としての、現実的な言葉だった。だが、その声音にはどこか誇らしさも混じっている。
「……まったく、やれやれだ」
漣司はそう呟き、肩をすくめた。視線は自然と、広場の中央へ向かう。夕暮れの光を受けて輝く、ルーチェの銅像。掲げられた杖。浄化の瞬間を切り取った、迷いのない姿。
――だが、その像の本人は、今まさに赤面して騒ぎの中心にいる。
「この街は、もう大丈夫そうだな」
「当たり前だ。……お前ら、また帰ってこい」
「ああ。そのときはまた、一杯やろう」
力強い握手を交わし、二階堂商会一行は馬車へと乗り込んだ。
そのとき――。柔らかな光がルーチェの背後で瞬いた。
「……む?」
不意に、ルーチェが足を止めた。振り向いた先で、小さな影が夕空を横切る。白金色の鱗をきらめかせながら、ちいさなドラゴンが翼をばたつかせていた。
――ホーリードラゴン。
かつてダンジョンの深奥に縛られ、ルーチェの浄化によって解放された存在だ。
「わぁっ!」
「ちっちゃなドラゴンだー!」
街の子どもたちが歓声を上げ、指をさす。ドラゴンはその声に驚くこともなく、むしろ楽しそうに高度を下げてきた。
「おや……」
ルーチェが目を瞬かせる。
「おぬし、街に残ると思っていたのじゃが……どうやら、ついてきたいようじゃな」
ルーチェが困ったように笑うと、ドラゴンは首をかしげて「キュルル」と鳴いた。
「……ふむ。そうか」
ルーチェは少し考え、やがて頷く。
「ならば、共に参ろう」
そのやり取りを見ていた漣司が、迷いなく言った。
「構わない。あの子も立派な仲間だ」
「異論ありません」
リシュアが静かに頷き、記録帳を開く。ページがさらりとめくられ、インクが待ち構える。
「では、正式に同行を認めましょう」
その横で、ロイが穏やかに微笑んだ。
「そういえば、名前をつけないといけませんね」
「名前かぁ……」
ミナが腕を組み、空を見上げる。しばし考え込んだあと――
「……あっ」
ぽん、と手を打った。
「オルテリア出身なんだから、テリアでいいんじゃない?」
「単純だな」
ロイが思わず苦笑する。
「なによー。いいじゃない、ほら、喜んでるし!」
その瞬間、ドラゴンが嬉しそうに鳴き――ぴょん、と軽やかに跳んで、ルーチェの肩に乗った。
「……確かに」
ルーチェは肩越しにちらりと見て、目を細める。
「気に入ったようでござるな」
「決まりね!」
ミナが満足そうに笑った。
「新しい仲間、――テリアの誕生~!」
笑い声が朝空に響く。炭鉱都市オルテリアの空を背に、二階堂商会の馬車は、再び西へ向けて動き出した。その小さな翼は、光をまといながら彼らの行く先を照らしていた。
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