第131章 炭鉱都市オルテリア ― 再生の買収
炭鉱都市オルテリア――眠れる資源の地。
かつて地下深くには、危険なダンジョンが巣食っていた。
だが、未知は踏破され、脅威は制圧された。封じられていた鉱脈は再び息を吹き返し、街は「危機の上に立つ都市」から、「未来を掘り進める都市」へと姿を変えた。
宴の夜から数日が経った。
オルテリアの街は、まるで新しい生命を得たように活気づいていた。炭鉱の黒煙はもう上がらず、代わりに建設の槌音と人々の笑い声が響く。露店の並ぶ市場には、二階堂商会の商標入りの木箱がずらりと積まれ、復興の象徴として市民たちの誇りになっていた。
市場には行商の声が戻り、炭鉱の坑口には新しい灯がともる。かつて盗賊団長だったザハード率いる開拓班が整備を終え、ラクリアとオルテリアを結ぶ新街道には、商会の旗を掲げた馬車が往来を始めていた。
「舗装率、予定より三日早いです」
リシュアが手帳を見ながら淡々と報告する。
「ザハードたちも、見事にやってくれましたね」
「人間、肩書きより信念で動くものさ。現場の士気を上げるのは、数字より目的だ」
漣司がそう言って書類を閉じる。穏やかな日差しの中、門前に一台の馬車が現れた。その車体には、湖上都市ラクリアの紋章――青い翼の意匠が刻まれている。
馬車から降り立ったのは、深藍の外套をまとう初老の男。その静かな笑みが、街の空気を柔らかく変える。
――ラクリア議会議長、ルドヴィク・ラクリア。
「いやはや……これほどの再興とは。漣司殿、そして二階堂商会の皆さま、まことに見事です」
「議長。お忙しい中、ようこそお越しくださいました」
漣司は丁寧に一礼する。
「お互い様です。あの時、オルテリアを救ってほしいと頼んだ私の願いに、ここまでの形で応えていただけるとは」
ルドヴィクの目が穏やかに細まる。背後から、炭塵に染まった作業服の男が現れた。
「ルドヴィク……まったく、おせっかいなのは昔から変わらねぇな」
「ガラート。君もだ。炭の臭いをまとって、相変わらず現場にいる」
「現場が動いてる限り、俺は離れねぇよ」
ふたりは短く笑い合い、かつての同志のように握手を交わした。
「ガラート。この街は、君と二階堂商会がいなければ再び息を吹き返せなかっただろう」
「……俺たちだけじゃねぇ。動いたのはここの連中だ」
彼は坑道の方角を指さす。汗まみれの鉱夫たち、笑い合う家族、復興の音。ルドヴィクは頷き、やがて漣司に向き直る。
「――この街を、どうか導いてやってほしい。オルテリアは、あなた方に救われた。私からはそれだけです。あとは彼らに託します」
そう言って、議長は穏やかな微笑を残し、馬車へと戻っていった。
◇
翌日。
二階堂商会オルテリア支部――
かつて監理局と呼ばれた石造りの建物は、今や無駄な装飾を削ぎ落とされ、実務のための静謐な会議室へと生まれ変わっていた。高窓から差し込む朝光が、机に積まれた帳簿の縁を淡く照らす。漣司とリシュアは無言で書類を整理していた。紙の擦れる音だけが、規則正しく空間を刻む。
――その静寂を、破るように。
バンッ!
扉が弾けるように開き、ガラートが踏み込んできた。
「おい、漣司!」
低く、荒い声。だが焦りが滲んでいる。
「どうした。珍しく血相を変えているな」
漣司は顔を上げ、淡々と応じた。
「聞けばお前ら、街ごと買収してるって話じゃねぇか」
漣司が苦笑しながら立ち上がる。
「資金流通と所有構造を整理しただけだ。そして腐敗を一掃し、我ら二階堂商会の元、街の政治から改革した」
「つまり――」
ガラートが腕を組む。
「もう半分この街はお前らのもんってわけだな」
「半分、という言い方は正しくない」
漣司は静かに首を振る。
「ここはまだ、契約前だ」
漣司が穏やかに答える。その眼差しには、企業家の覚悟が宿っていた。ガラートは腕を組み、少しの沈黙の後、真っすぐに漣司を見つめた。
「……なら、こっちから言わせてもらう」
リシュアが手を止め、ミナが息を呑む。
「オルテリアも――二階堂商会の傘下に入れてくれ」
空気が、張り詰める。漣司は一歩、歩み寄った。
「……そちらから持ちかけてくるとは、もっと後になると思っていたんだがな」
「ハッ」
ガラートが短く笑う。
「商会が仕切ってる町なんざ、いくつも見てきた。どこも搾取と腐敗の巣だ。だが、この前の宴で確信した。お前さん達は違う――この街を、一緒に生かす奴らだ」
漣司の表情が少し和らぐ。
「そうか。では、引き続き街と炭鉱の指導は頼むぞ」
「当たり前だ」
二人の間に、確かな信頼の空気が流れた。漣司は懐から、黒革の帳簿を取り出した。ずしり、と机に置かれたその音が、妙に重く響く。
「では――契約を結ぼう」
指先で帳簿を、軽く叩く。その所作は、あまりに静かだった。
「――《買う》」
空気が震えた。
音もなく、金色の波紋が漣司の足元から広がる。壁に刻まれた古い紋章が歪み、床下の封印刻印が一斉に淡く発光する。会議室全体が、まるで巨大な魔導陣の内部に変わったかのようだった。天井から降り注ぐ光が、都市の輪郭を描き出す。
オルテリア――街そのものの都市登録印が浮かび上がり、鼓動する。
次の瞬間。二階堂商会の紋章が、金光を纏って重なった。
拒絶はない。抵抗もない。
『――条件確認完了――』
『対象:オルテリア都市登録印』
『承認:都市代表 ガラート』
重厚な声が、建物ではなく――
地脈と街路、石壁と坑道を通じて、世界そのものから響いた。まるで都市自身が、新たな管理者を選び取ったかのように。
『――スキル《企業買収(M&A)》発動――』
金光が収束し、空気が静まる。リシュアの手元の書類が自動で裏返り、新しい都市契約書がそこに記された。
「……登録完了。これよりオルテリアは、正式に二階堂商会傘下都市として認定されました」
リシュアの淡々とした宣言で、会議室に残っていた緊張が、ふっと解ける。ガラートが鼻で息を鳴らし、肩をすくめた。
「やれやれ……。紙も印章もいらねぇな」
そう言って、漣司を見上げる。
「――あんたの信念が、そのまま契約書だ」
逆光が漣司の横顔を捉える。彼は一瞬だけ目を伏せ――すぐに、前を見る。
「信念は――」
漣司は少しだけ目を細めた。
「信用を刻む、ペンだ」
低く、しかしはっきりと。
「だから俺たちは、脅さない。奪わない」
視線が、自然と集まる。
「――話して、買う」
その言葉が、会議室に静かに染み渡る。
短い沈黙。
それから、ガラートが小さく笑った。
「はは……。悪くねぇ商売人だ」
リシュアは無言で頷き、ミナは胸の前でそっと手を握る。ガラートは、満足そうに目を細めた。
誰も拍手はしない。だが――誰も疑っていなかった。
この瞬間から、この街のやり方は変わったのだと。
◇
夕暮れ。
炭鉱の丘に立つ二人の影が、ゆっくりと伸びていく。眼下にはオルテリアの街。坑道の入口や精錬炉の縁に灯った光が、ひとつ、またひとつと増え、まるで地上に降りた星座のように瞬いていた。
風が丘を渡る。乾いた土の匂いに混じって、微かに甘い金属の香り――長い年月、この街を支えてきた炭鉱の息遣いが、胸の奥にまで入り込んでくる。
「……いい眺めだな」
ガラートが、素直な声で呟いた。いつもの荒っぽさはなく、どこか感慨深い響きがある。漣司は黙って街を見下ろし、しばらくしてから静かに口を開いた。
「再生ってのは、全部を壊すことじゃない。生き残った価値を見極めて、それを未来に繋げることだ」
ガラートは一瞬、目を細め――すぐに、らしく笑った。
「難しい顔で言うなよ。だが……嫌いじゃねぇ考えだ」
手にしていたグラスを掲げる。琥珀色の液体が、夕焼けを映して揺れた。
「これからが、本当の採掘かもしれねぇな」
「ああ」
漣司は頷く。
「掘るのは鉱石じゃない――希望だ」
その言葉に、ガラートは短く息を吐き、笑みを深くした。
「言うじゃねぇか。なら俺は、腕が鳴るってもんだ」
二人の視線の先で、夕陽がゆっくりと地平へ沈んでいく。
赤に染まっていた街並みが、やがて夜の色を帯び、灯りが完全に主役へと切り替わる。
炭鉱都市オルテリア。
今日この日、正式に二階堂商会の翼の下へ入った街。
その夜、誰かが大声で祝杯を上げることはなかった。
だが確かに――歴史の歯車が、音を立てて回り始めていた。
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