第130章 オルテリア再興祝賀 ― clubカストリアの夜
オルテリアの街は、炭鉱最盛期の活気を取り戻してきた。
炭鉱から立ちのぼる黒煙は消え、代わりにランプの灯りと笑い声が夜空を彩る。市場には新たな露店が立ち並び、行商人たちの威勢の良い声が響いていた。その光景を、二階堂商会の面々は静かに眺めていた。戦いの傷も癒え、それぞれの表情には安堵と誇りが浮かんでいる。
「……いい街になりましたね」
リシュアがグラスを傾けながら呟く。
「炭鉱の再興も、もうすぐ本格始動だ」
ロイが頷く。
「治安も落ち着いたヨ」
ガロウが肩を鳴らす。
「ま、たまに荒くれる奴もいルけどナ!」
その横で、ミナがふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「そういう奴らの心配はもういらないよ~。だって、あたしが今夜のために――最高の舞台を作ったんだから!」
「……?」
漣司が眉をひそめる。ミナは満面の笑みで、背中に手を当てた。
「見てのお楽しみ! 社長~、街の再興を祝って、恒例のあれ、やるでしょ?」
「……あれとは?」
「とぼけないでよ~。うちの恒例、大接待大会! もうスタッフ総出で準備したんだから!」
漣司は額を押さえ、苦笑した。
「……接待は交渉手段の一つなんだがな。気づけば恒例行事と化してるとは」
「それでいいんだよ、社長!」
ミナが親指を立てる。
「飲んで笑って、明日につなぐ! それが二階堂商会のやり方でしょ!」
◇
――そして、その夜。
オルテリアの中心街にひときわ明るい灯がともった。看板には煌々とした魔光文字が浮かぶ。
『clubカストリア ~光と酒と笑顔の社交場~』
まるで異世界のキャバクラ。ミナが裏でこっそり改装していた二階堂商会専属ラウンジである。絢爛な照明、金糸のカーテン、魔石シャンデリア。グラスは水晶製、ステージでは音精霊が優しい旋律を奏でる。オルテリアの職人たちが一晩で仕上げた奇跡の空間。
その夜は、町全体を巻き込んだ大宴会となった。
ルーチェはというと――
入り口をくぐった瞬間、空気が変わった。店内の視線が一斉に彼へと向き、ざわり、と波が起こる。
「本物だ……!」
「ルーチェ様だ! あの光の魔導士!」
「英雄様! 光の奇跡をもう一度!」
と市民たちに取り囲まれていた。
「ま、待たれよ! 拙者はただの一術士にござる! 信仰対象では――わああぁっ!」
市民たちが歓声とともに押し寄せてくる。
酒杯を掲げる者、花束を差し出す者、そして、なぜか肩のホーリードラゴンに祈りを捧げる者までいた。逃げようとするたびに信者(?)が増え、 肩のホーリードラゴンが「ぴいっ」と大きく鳴く。
「お主まで煽るでないっ!」
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奥の席で、リシュアはすでにグラスを傾けながら、帳簿の話をしていた。頬はうっすら朱に染まり、いつも一直線の背筋が、ほんの少しだけ緩んでいる。
「経費は……接待費の範囲内……わたくしの理論では、飲み代は――投資です……」
理路整然とした口調は崩れない。だが、語尾だけが、雪解け水みたいに揺れていた。
「おーい、リシュアさん、もう限界だな!」
誰かの声に、店内がどっと笑う。
「つまり、これは投資っ……飲みは……資本主義の根幹っ……」
言い切ろうとした、その瞬間。
――ガシャン。
やや大きすぎる音を立てて、グラスがテーブルに置かれる。そしてテーブルに突っ伏す。
「……会計の神髄は、締め日を忘れぬこと……」
小さく、誇らしげに言い残し、完全に沈黙。氷の副社長。冷静沈着、合理主義、数字の化身。
――ただ一つの弱点は、酒。
そしてその弱点は、不意に人間らしい温度を、場に残していく。誰かが毛布をかけ、誰かが苦笑する。その中心で、リシュアは静かに寝息を立てていた。
まるで、計算し尽くされた世界に落ちた、唯一の想定外のように。
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ロイは、店の片隅で子どもたちと一緒にテーブルを囲んでいた。
彼の周囲だけはどこか温かい空気が漂っている。
「ほら、よく噛んで。あと三口で終わりだ」
「ロイ兄ちゃん、これ、おかわり!」
「はは。欲張りだな。いいぞ、ほら」
差し出された皿を受け取り、ロイは自然な動きで取り分ける。
慣れた手つきだった。世話を焼くことを、特別だと思っていない所作。
「ああ。ただしな。食べ終わったら、まっすぐ帰って寝るんだ」
「えー」
「約束だ。明日も元気でいるために、だぞ」
「……はーい!」
しぶしぶ、けれど素直にうなずく声。子どもたちは満足げにパンをかじり、我先にとロイへ抱きついた。
「ロイ兄ちゃんだいすき!」
「わっ……おいおい」
そう言いながらも、突き放すことはしない。受け止める腕は迷いなく、背中に回る手は驚くほどあたたかい。
「ん。……分かった分かった」
困ったように笑うその表情に、子どもたちはさらに安心したように笑顔を重ねる。
その光景を、周囲の大人たちが一瞬だけ言葉を失って見ていたことに、ロイ自身は気づかない。
「ふふ。……すぐ寝るんだぞ。明日もちゃんと、笑うためにな」
「はーい!」
名残惜しそうに手を振り、子どもたちは店を後にする。その背を見送りながら、ロイは小さく息を吐き、ようやくグラスに口をつけた。
――守る理由を、言葉にする男ではない。
けれど、ここに集まる笑顔が、すでに答えだった。その温もりは、夜の喧騒に溶けながらも、確かにこの場に残り続けていた。
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その反対側では、ガロウが荒くれ者たちと肩を組み、酒場の空気そのものを掴んでいた。笑い声は太く、床は揺れ、酒の匂いが渦を巻く。
――だが不思議と、そこに棘はない。
「なぁ兄貴! 俺たち、あの時ホント悪かったよ!」
「アァ?」
ガロウはジョッキを傾けたまま、横目で一瞥する。
「昔のことは知らネェ! 飲ンで、笑ッて、忘れロ!」
「兄貴ぃぃ!」
情けない声が上がると同時に、ガロウは片腕で二、三人まとめて引き寄せ、そのまま軽々と持ち上げた。筋肉が軋み、笑い声が弾ける。
「よーし! 樽ごと行くゾ!」
どん、と卓に据えられた酒樽。ガロウは栓を抜き、樽に直接ジョッキを突っ込むと、高々と掲げる。
「飲メ! 過去は飲んで流すもんダ!」
「うおおおおお!!」
荒くれ者たちの歓声が、音楽と重なって天井を震わせた。テーブルが叩かれ、靴音が鳴り、誰かが調子外れの歌を叫ぶ。気がつけば、半泣きの男たちがガロウに縋りついていた。
「兄貴ィィィ!」
「やめロ、抱きつくナ!」
それでも笑いながら、ガロウは次の樽を開けた。
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そしてミナは――
ステージ中央で身振り手振りを交えながら、ドラゴン討伐の武勇伝を熱弁していた。
「でさ! あの竜のブレスがさ、ドーンって来たわけよ!そんで、あたしはこう言ってやったの! おとなしく浄化されなさい!って!」
「おおおぉ!」
会場が湧く。
ロイが苦笑しながら訂正する。
「……実際はやばい! 死ぬ!って叫んでたけどな」
「ちょっと! 暴露すんな!」
笑いが起こり、ミナは両手を腰に当てて仁王立ち。
「ま、でも結果オーライでしょ! ドラゴン、討伐成功!」
拍手が鳴り止まない。
今夜のカストリアは、完全に彼女の舞台だった。
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一方その頃――
店の隅では、漣司とガラートが静かにグラスを交わしていた。
「街は落ち着いた。……ようやくだな」
「炭鉱も息を吹き返した。掘り手が戻れば、希望も掘り出せる」
ガラートは深く息を吐いた。
「だがな、あの瘴竜を見たとき、思ったんだ。掘りすぎたのは鉱石じゃねぇ、もしかしたら人の欲だったんだってな」
漣司は淡く笑う。
「掘るのはいい。問題は、掘った後、どう使うかだ」
「……さすが社長だ。言葉が重てぇ」
「習慣だ。昔の会社というところでも同じことを考えてたよ」
二人は杯を合わせ、静かに飲み干した。
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そのとき、ミナがふと、杯を持ったまま首を傾げた。視線が、笑い声の渦を一周する。
「あれ?……そういえば、アリアがいない」
「ン?」
ガロウが樽を抱えたまま振り返り、周囲を見渡す。
「どっかでポーションでも調合してんじゃねーカ?」
ミナはもう一度だけ周囲を見回し、肩をすくめた。
「そっか。じゃ、あとで合流かな」
――ほんの一瞬。
彼女の視線が、開け放たれた窓の向こう、夜空へと流れる。だが、次の瞬間には、もうその違和感は酒と音楽に飲み込まれていた。
「ま、いっか~! 飲も飲もー!」
再び歓声の渦に飛び込み、カストリアの夜はさらに盛り上がりを見せた。
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一方その頃、街の屋根の上。
clubカストリアのシャンデリアが放つ光を背に、ひとり、風を受けて佇む影があった。
アリア。
月光に照らされた横顔は静かで、微動だにしない。あの、少し不器用で、荷物を落としては慌てる――ドジっ娘アイテム士の面影は、そこにはなかった。
彼女は、ゆっくりと眼鏡を外す。
その瞬間。柔らかな雰囲気が、まるで薄膜を剥がすように消えた。瞳の奥に宿るのは、研ぎ澄まされた刃の光。感情を削ぎ落とし、距離と状況だけを測る、冷静な視線。
外套を翻す。
その下から現れたのは、夜に溶け込む黒装束。
装飾を排した機能美の塊――大陸政府直属・諜報部隊の制服。
「……武装法人、二階堂商会」
風に乗せるように、低く呟く。
「想定よりはるかに組織化されている。判断を修正……報告だな」
アリアは懐から、指先ほどの通信魔石を取り出す。淡く脈打つ光を、口元へ。
「こちらコード07。任務継続中」
声音は完全に業務用だった。
「対象、レンジ=ニカイドウ、確認。指揮能力、統率、部下の忠誠度――すべて予測値を上回る」
そして、はっきりと言い切る。
「……宰相閣下に伝達を。彼らは、ただの商会ではありません」
魔石の奥から、低く、感情を排した声が返る。
「了解。任務継続を」
短く答え、通信は切れた。残ったのは、夜風と、下から届く笑い声だけ。光に満ちた二階堂商会の拠点。人々が肩を叩き合い、未来の話をし、今を祝っている場所。
アリアは、ふっと息を吐き、再び屋根の縁に立つ。満月を背に、その口元がわずかに――本当に、わずかに緩んだ。
「……次に会う時、私はアリア、ではないかもしれないわね」
下では、二階堂商会の笑い声が響いていた。その音に、ほんの少しだけ目を細めると、彼女の姿は屋根の影へと溶け、完全に消えた。
――それは、後に二階堂商会の最大の脅威となる『大陸政府』という巨大な意思との、最初の接触。
宴の笑い声の真上で、静かに、確実に、次の嵐は動き始めていた。
お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。
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