第13章 接待戦術 ― バニーガールの夜
市議会で政治的発言権を得た二階堂商会。
しかしギルドとの全面衝突を避けるには、ただ剣を振るうだけでは足りない――すべての武器を使わねばならなかった。
「社長、どうなさるおつもりです?」
書類の山の向こうで、リュシアがまっすぐに問う。漣司は腕を組み、静かに、しかし揺るぎない声で答えた。
「……接待だ」
「……はい?」
リュシアの表情が固まる。
「日本社会ではな、敵対的な相手でも飲みニケーションで懐柔できる。酒と色気は、政治より強い時がある。たいていの男はそこで財布と舌を緩める。異世界だろうと変わらん」
ガロウが腕を組み、大声で笑った。
「ナンだそリャ! 剣や斧じゃなくて、酒で戦ウのカ!」
「そうだ。明晩、接待を仕掛ける。お前たちにも役割がある」
漣司の目がリュシアに向いた。
「リュシア――お前はバニーガールだ」
沈黙。
数秒遅れで、耳まで真っ赤になるリュシア。
「……社長のご命令ならば」
その横で、ミナがにやりと笑い、指先で髪をくるくる弄びながら言った。
「へぇ~、接待ってやつ? 面白そうじゃん。バニーっての、アタシも着てみよっか?」
「ミナ、お前は酒の注ぎ役だ。だが……似合うなら検討してもいい」
「似合うかどうかなんて、着てからのお楽しみでしょ? ね、社長♪」
ミナは軽やかな足取りで机の上にひょいと飛び乗り、くるりと回って見せる。
ガロウが
「オイオイ、会議室で跳ネるナ!」
と慌てて手を伸ばすが、軽くかわされる。
リュシアは顔を真っ赤にしたまま書類を揃えつつ、小声でため息を洩らした。
こうして――二階堂商会、初の政治接待戦が幕を開ける。
◇
翌夜。二階堂商会の倉庫の一角は、もはや倉庫の面影を完全に失っていた。
敷き詰められた深紅のカーペットは、足を踏み入れた瞬間に柔らかく沈み、果実酒の瓶は色とりどりに光を反射し、燭台の炎が金色の影を壁に揺らしている。
中央には簡易とは思えぬほど豪奢な舞台が組まれ、燭台の炎が壁に揺れるたび、金の影がゆらりと流れ、まるで古代王国の舞踏会でも始まるかのような幻想が空間を支配していた。
そして――その幻想に核心を与えたのが、一人の女の登場だった。
リュシア。
黒曜石のように艶やかなバニースーツが、彼女の体の曲線を冷徹なまでに引き立て、長くしなやかな脚は網タイツ越しにわずかに光を返す。胸元のリボンがふわりと揺れるたび、白いうさ耳も小さく震え、静寂を切り裂く。
冷静沈着、氷の女神、鉄のCFO――そのどれでもない姿に、男たちは息を呑み、言葉を忘れ、ただ見惚れる。彼女はぎこちなくグラスを持ち、しかし務めを果たそうと背筋は真っ直ぐ、頬だけがうっすらと赤く染まっている。
「……しゃ、社長のご命令ですから……」
わずかに震えた声。その一言で、倉庫の空気は決壊する。
「おい見ろよ……あの氷の女神が……」
「ま、まさか……うさ耳……?」
「いや、無理……尊い……」
荒くれ者の傭兵たちですら、武器より先に心を落としていた。燭台の炎が打ち上がったかのように熱が広がり、倉庫全体がひとつの熱狂となる。リュシアは恥ずかしさで指先が震えながらも、視線から逃げるように、しかし丁寧にグラスを運び続けた。
まるで――氷の彫像が、ほんの一瞬、春に溶け始めたような。その儚い一瞬に、男たちの心は完全に撃ち抜かれていた。
漣司は満足げに頷いた。
「完璧だ。……異世界初のバニーガール接待、成功の予感しかしないな」
◇
一方、ミナはというと――場の誰よりも生き生きとしていた。小柄な身体に、夜会風の可愛らしいドレス。胸元に小さな宝石飾りをつけ、フリルの裾がひらひら揺れるたび、周囲の視線が思わずそちらへ向く。彼女はまるで跳ね回る小動物のように、テーブルの間を自由自在に駆け抜け、
「はいはい! お酒のおかわりっと!ねぇおじさん、もっと飲んで金落としていってね!」
悪びれない笑顔でグラスを差し出してくる。場が、一気に沸騰した。
「はいはいはーい! そこの兄ちゃん、お酒切れてるよ!飲める? 飲むよね!? 飲まないって選択肢ないよね!?」
「なんだこのガキは!」
「口は悪ぃのに愛嬌だけは満点だぞ!」
獣みたいな顔の傭兵ですら、ミナに酒を注がれると照れたように鼻をこすっていた。だが当の本人は、そんな視線など一切気にしていない。むしろ、楽しげに次の標的を目で探し――
「次のお客さーん、飲むよね!? 飲めるよね!?」
「や、やめろ……! その目の輝きは危険だ……!飲む!飲むから来い!!」
倉庫はもはや社交場ではなく、ミナの狩場と化していた。その中心で、商談でも剣でもなく――接待という第三の戦場が、確かに盛り上がりを見せていた。
◇
そして――場の熱を、さらに二段階は跳ね上げた怪物がいた。
ガロウである。
彼はなぜか、いや絶対に間違った方向で、接待衣装を着こなしていた。
いや、着こなしてはいない。着こなせている風に見えるだけで、内容は完全にカオスだ。
上半身は完全に裸。獣のように鍛え上げられた筋肉が、燭台の灯りを反射して凶悪に輝く。
胸板は岩。腹筋は凶器。肩は山。そこに、ホストらしき蝶ネクタイだけが、あまりにも浮いていた。
しかし真の暴力は、下半身だった。
誰が仕立てたのか、タイトすぎる黒のズボン。職人泣かせどころではない。布地が泣いている。
筋肉が反逆を起こしそうなほど張りつめており、存在そのものが衣装の限界に挑んでいた。
が――なぜか、妙に似合う。似合ってしまうから余計に恐ろしい。そんな化け物が、酒樽を肩に担ぎながら絶叫した。
「俺もホスト役だとヨ!オメエら、どんどん飲メーッ!!」
「いや怖すぎるだろ!」
「なんで裸の巨人に酒勧められると断れねえんだよ!?」
「でも……酒うめぇ!! なんでだよ!!」
恐怖と笑いと興奮が、同時に爆発する。ミナが撒き散らす笑顔の火花に、リュシアの冷たい魅力が高級感を与え、そしてガロウが……火炎瓶のように油をぶっかける。
――結果、倉庫は戦場と化した。
笑い声が爆発し、酒が噴水のように注がれ、歓声が剣戟のように飛び交い、床は地響きのような足音で揺れ続ける。
「うおおおおおおッ! 飲めぇーッ!」
「はい飲む!! 飲ませてくださいお願いします!!」
「なんだこの接待……二階堂商会……恐ろしい……!」
宵闇の倉庫は、もはや政治の場ではなかった。企業でもない。酒場でもない。
――狂気と歓喜の渦巻く、宴という名の武装戦争だった。そこへギルド幹部の一人、初老の商人が招かれていた。本来なら険悪な空気になるはずが、目の前でバニー姿のリュシアにお酌され、完全に固まっている。
「こ、これは……なぜこのような格好を……」
「社長の……ご命令ですので……」
リュシアがぎこちなく微笑むと、老商人の顔は真っ赤になった。漣司は横から酒を注ぎながら低く囁いた。
「商売は敵対だけじゃない。時に腹を割って飲み交わす。日本ではこれを“接待”と言う。……俺たちと組めば、もっと楽しい夜が待ってるぞ」
老商人は、迷いながらも杯を受け取った。
「……考えてみよう」
その手は確かに震えていたが、拒絶の色はなかった。
◇
倉庫は狂乱に満ちていた。夜が更けてもなお、酒と笑いに満ちていた。リュシアはなお赤面しながらグラスを運び続け、ミナは客の膝に座り込んで「もっと酒だー!」と叫び、ガロウは突然歌い始めて天井の梁を落としかけ、職人たちは涙流して笑い転げ――その中心で、漣司が杯を掲げた。
「経営は戦争だ。だが時に――」
灯りが揺れ、酒気が舞い、笑い声が昇る。
「酒場もまた、戦場となる!」
旗の紋章が揺れ、二階堂商会の夜は、熱と狂気に包まれたまま更けていった。
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