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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第ニ部 武装法人拡大 - 有力都市買収編

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第123章 星降る坑道 ― 五層の口へ

 四層は、もう反響層ではなかった。


 かつて壁一面を覆っていた煤の膜は、

 剥がれ落ちた古い皮膚のように消え失せ、

 岩肌は本来の色を取り戻している。

 ざらついていた空気は澄み、

 鼻腔に残っていた金属と焦げの匂いも、

 いつの間にか薄れていた。


 壁に埋め込まれた魔石が、

 夜露を帯びた星の群れのように瞬く。

 赤は、揺れる灯火の名残を思わせる温度。

 藍は、地中深くを流れる水脈の静かな鼓動。

 翡翠は、坑道をすり抜ける風の道筋を、

 淡く描き出していた。


 頭上から降りそそぐ柔らかな光が、

 ゆっくりと明滅し、天井の輪郭を溶かしていく。

 坑内は、岩に閉ざされた地下であることを忘れさせるほど、

 静かな夜空の中にいるようだった。


 足音は吸い込まれるように丸くなり、

 反響は戻ってこない。

 音は尖らず、遠くへ跳ねず、耳元でやさしくほどけて消える。


「……きれい」


 アリアが、息を漏らすように呟いた。

 声は広がらず、淡い光の中に溶ける。


「音も、優しい」


 まるで空気そのものが、

 角を落としてくれたかのようだった。


「視覚に惑わされず、線は維持だ」


 漣司の短い指示が、空間を引き締める。


 ルーチェの導きの糸が、

 八人の腰を淡く結び、

 微細な光の線が隊列の輪郭を浮かび上がらせる。

 呼吸の拍は自然な間へ戻り、

 緊張はほどけつつも、完全には緩めない。


 危険は退いた。

 だが、それは消えたのではなく、

 眠っているだけかもしれない。


 ガラートが指先で岩をこつりと叩く。

 乾いた振動を耳で拾い、反射する風の流れを測る。

 その仕草だけが、

 この場所がまだ地の底であることを思い出させていた。


 それでも――

 ここは、もはや彼らの知る反響層ではなかった。



 ◇



「ここ……重い。いや、違う。

 こっちは吸われてる。下、空洞だな」


 ガラートが足裏で岩の感触を確かめながら、

 わずかに首を傾けた。

 耳を澄ませ、空気の擦れる微かな音を拾い上げる。


「音が落ちていく。……下が抜けてる」


 低く、確信を帯びた声。


「足元が冷える。風が止まらない……二つ数える間に、下へ吸われてる」

「……つまり、下が抜けてるってことね?」

「ええ。空気が溜まらず流れ続けています」


 リシュアが即座に補足する。


「数値でも裏取れました。……間違いありません」

「通れる?」


 ミナが身をかがめ、梁の隙間を覗き込む。

 冷えた気流が、頬をなぞった。


「人ひとり分なら。荷物は詰め直しが必要ね。――ね、ロイ?」

「重い物は私とガロウで持ちます」


 ロイが迷いなく応じる。


「アリアさんは両手を空けて。万が一の時に対応できるように」

「了解しました」


 アリアは背負っていた救急袋を背中に固定し直し、

 ルーチェの手首をそっと握った。


「呼吸、ちゃんと整ってる。大丈夫。

 私たちの息は、もう乱れてない」


 星屑を撒いたような光が、

 坑道の天井と壁を淡く縁取っている。

 その中を進むたび、過去の装置の名残が、

 ふいに視界へ割り込んでくる。


 岩肌に穿たれたまま赤く錆びたアンカー孔。

 頭上、半ばで途切れ、宙に宙ぶらりんになった梯子。

 足元では、石に呑まれて歪んだレールが、

 かつての軌道をかろうじて語っていた。


 どれもが、災厄の一撃に引き裂かれ、

 途中で時間ごと止められた傷跡だ。

 補修の札を打つ暇も、

 撤退の手順を整える余裕も――ここには残されていない。

 だからこそ、今、耳に届くのは靴底が砂を踏む微かな音だけで、

 その静けさが、いっそう鮮明に胸へ沁みてくる。


「ルーチェ、糸の揺らぎは安定しているか?」

「はい。皆の呼吸に、きれいに合っておりまする。強く束ねる必要はござらぬ。いまは迷わぬ程度の導きだけで」



 ◇



 ――ちりん。


 耳の奥を撫でるような、かすかな金属音。

 風鈴に似ていながら、もっと冷たく、

 乾いた響きだった。

 鉱脈と鉱脈が、地下の圧に押されて触れ合う――

 そんな、岩の息遣いの音。


「……聞いたカ?」


 ガロウが歩みを止め、首を傾げる。


「鉱脈の合図だ」


 ガラートの声が、わずかに硬くなる。


「深いところで、何かが風を引っ張ってる」


 次の一歩で、空間がふっと広がった。


 通路の先に、ぽっかりとした小さな坑室。

 灯りが届く範囲だけ、岩肌が丸く削られている。


 その中央に――黒い割れ目が、口を開けていた。


 かつて巻き上げ機が据えられていたであろう台座は崩れ、

 鋼の枠はねじ切られたまま、岩に食い込んでいる。

 長い年月の重さが、そのまま残骸の形に刻まれていた。


 割れ目の奥から吹き上がる風は、ひどく冷たい。

 湿った鉄の匂いを含み、

 肺の奥までじわりと染み込んでくる。

 底は見えない。

 光を落としても、闇は吸い込むだけだった。


「……当たりだ」


 ガラートが、喉を鳴らすように低く呟く。


「第五層の口だ。標識は吹き飛んじまってるが……

 骨組みの痕と、風の流れで分かる」


 割れ目の縁に、かすれた白い点が並んでいた。

 岩肌に食い込むほど薄く、

 それでも消えきらずに残った痕。


 白墨の点描――坑夫たちが残した合図だ。


 数を示す、五つの点。

 災厄で文字は削ぎ落とされても、

 手の癖だけは、時間を越えて生き延びていた。


 ガラートはその跡を指先でなぞり、

 暗い裂け目へと顎を向ける。

 口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「この先は、鬼が出るか、蛇が出るか……

 俺にも分からねぇ。勘も通じねぇ可能性がある」


 軽口の形を借りながら、声音は低く、芯がある。


「――上等じゃない」


 ミナが唇の端を吊り上げた。

 瞳は、闇の奥を射抜くように鋭い


「見えないなら、見える足場から切り開くまで」


 短剣が、わずかに光を弾いた。


「未知は歓迎です」


 リシュアは手帳を閉じ、

 眼鏡の奥で静かに視線を上げる。


「測れれば、そこはもう道になりますから」


「斬らねェ。――押すゾ」


 ガロウが斧を持ち替え、

 刃ではなく、平たい面を前に構えた。

 体重を乗せ、壁を押し開けるような構えだ。


「前、無理やりこじ開ける準備はできてル」


「私は壁になります」


 ロイは盾を胸の前で立て、足を半歩引いた。

 落ちてくる岩、吹き抜ける冷たい風――

 そのすべてを受け止める位置取り。


「崩れも、横からの圧も、こちらで受けます」


「視界と体調、私が見ます」


 アリアは水筒と薬袋に指をかけ、

 仲間の呼吸を一人ずつ確かめる。


「砂や霧は流します。

 息が乱れたら、すぐ整えるから」


 その声は柔らかいが、迷いはなかった。


「拙者は、つなぐ」


 ルーチェの光が少しだけ強くなる。

 ガラートが最後に壁へ掌を置き、短く叩く。

 返ってきた音は、深く、湿り気を含んでいた。


「……呼吸は落ち着いてる。今だ。

 降りるなら、ここが一番いい」


「隊列は先程と同じ」


 漣司が淡々と告げ、視線で一人ずつ確認する。


「先鋒、ガロウ」

「押ス。道、開けル」


「二番手、ガラート」

「聞く。変化があれば、すぐ知らせる」


「三・四、リシュアとルーチェ」

「測ります。狂いは出しません」

「光、切らさぬでござる」


「中央、アリアとロイ」

「状態、見続けます。誰も無理させません」

「塞ぎます。中央は通しません」


「外側警戒、ミナ」

「任せて。影が動いたら、先に斬る」


殿しんがりは俺だ」


 漣司が視線で全員をなぞる。


「合図は手、判断は短く。戻る道は、最初に刻む」


 全員が静かにうなずいた。


 ルーチェの光が糸となり、ゆっくりと締まる。

 腰のあたりで、トン――と小さく脈打つ。

 いま、ここだと確かめる合図。


 魔石の淡い光が揺れ、

 八人分の影が、坑道の壁に長く伸びた。

 影は重なり、一本の線になる。


「さて――」


 ガラートが、割れ目の縁に立つ。

 底の見えない闇を、ためらいなく覗き込んだ。


「蛇が出ようが、すすを吐く化け物がいようが――

 関係ねぇ」


 短く息を吸い、言い切る。


「俺たちは戻れる。

 そういう歩き方を――もう、身体が覚えた」


 言葉が落ちると同時に、

 坑道の風が、静かに下へ流れた。


「だったら簡単」


 ミナが軽く跳ね、闇へ笑う。


「すぐに最深部へ」


 吹き抜ける風が髪を揺らし、瞳に青い光が映った。


「――行くぞ。二階堂商会、下降開始。

 忘れるな。戻る道は、最初に刻む。

 それが――俺たちの掟だ」


「了解!」


 返事は短く、だが揺るがない。

 八つの影が、再び一本の線へ重なっていく。


 光が、闇の縁を縫う。


 ――下降開始。

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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