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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第ニ部 武装法人拡大 - 有力都市買収編

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第119章 反響層の肺 ― 炭鉱に縛られた男

 青白い明滅は、もはや単なる光ではなかった。

 脈のように打ち、呼吸のように伸び縮みし、

 やがて生き物の息遣いめいた律動へと変わっていく。

 光糸は、八人を確かにつないでいる。

 互いの位置、体温、動き――

 すべてが、細い光の緊張として共有されていた。


 だが、ガラートの視界だけが、ゆっくりと塗り替えられていく。


 坑道の黒。

 そこに、湿った鉱木たてぎのくすんだ茶色が滲み出す。

 鼻腔を突くのは、湿炭の重たい匂い、古いオイルの油気、

 そして酸味を帯びた空気――

 通気が詰まりかけた坑内特有の、喉の奥に残る嫌な味だった。


「……風が変わったな」


 ガラートは低く呟く。


「前方、呼吸してやがる」

「呼吸ですか?」


 リシュアが即座に聞き返す。


「鉱山の話だ。岩は黙ってるが、坑道は時々、吸って吐く」


 言い切るより早く、反響が足元を這った。

 低い声が、煤に染みた壁の奥から滲み出すように響く。


『結局、お前も炭鉱に縛られたか』


 それは嘲りでも、怒りでもなかった。

 諦めと、わずかな笑いが混じった声。


 ――かつての仲間の声。

 若い頃、同じ坑道のはらいで肩を並べ、

 汗と粉塵にまみれて働いた相棒。

 坑内崩落の夜、救えずに置き去りにした男――

 エドの声だった。


 空気が一瞬、張りつめる。


「配置維持。ガラート、見えているものを言語化してくれ」


 漣司の指示は、短く、鋭い。


「ああ」


 ガラートは小さく息を吐いた。


「前は、古い払跡はらいあとそうだ。

 掘り尽くされた坑道で、岩の脈理みゃくりが逆立ってる」


 ガラートは、前方の闇を睨むように顎を上げた。


「支えの木材が、きしんで鳴いてる。

 壁肌は湿って汗をかいてやがる……」

 

 一拍置き、低く言い切る。


「間違いねぇ。坑道そのものが、何かに合わせて、吸って吐いてる。

 ただの自然な通気じゃねぇ」


 坑道は、確かに――

 生き物のように、息をしていた。

 




 反響は、そこで別の景色を重ねてきた。

 湿った鉱木の影が長く伸び、坑道に若い男たちの笑い声が蘇る。


 ――まだ髭も薄かった頃のガラート。

 背には新品のカンテラを背負い、蛙のようにしゃがみ込んで、

 親方の打音だおとを見つめている。

 木づちで柱を叩き、音で芯を読む稽古だ。

 乾いて高い音は、まだ持つ。濁って重い音は、逃げろ。


『おい、音で分かるか?柱は嘘をつくが、音は嘘をつけねぇ』


 節くれだった親方の指が、鉱木の節を、こつりと叩く。

 若いガラートは耳を寄せ、小さく頷いた。

 耳が拾った微かな返りを、胸の奥が先に理解する。

 音が返る角度。湿り。繊維の張り。

 体は覚えるのが早かった。頭は、いつも遅かった。


 ――別の夜。


 支柱がわずかに曲がり、盤ぶくれが始まる。

 通気の流れが逆に回り、油の匂いが濃くなる。

 警鐘。走り出す仲間たち。


 ――柱を残して走ると、天井が笑う。


 そう、教わった。

 だからガラートは、走りながらも振り返った。

 曲がった鉱木を抱え、噛み直しに戻る。

 エドの怒鳴り声が飛ぶ。


『置け! 死ぬ気か!』


 ――置けなかった。


 柱を噛ませ、ひとりだけ潰されずに済む空間を作る。

 その背中で、エドが笑って吐き捨てた。


『結局、お前も炭鉱に縛られたか』


 エドは先に走り、角を曲がった。

 本来なら、続くはずだった足音は――そこで途切れた。


 崩落。粉塵の白。音が消え、耳にだけ土砂の響きが残る。

 見つかったのは、翌朝の支柱と、そして――帽子。

 反響層の闇が、その夜をやさしくく。

 過去は刃ではなく、鉛の重さとなって、静かに肩に乗っていた。





「ガラートさん」


 ロイが穏やかに声を置く。


「深呼吸を」

「してるさ」


 ガラートは笑った。煤を嚙んだみたいな笑いだが、呼吸は整っている。


「俺は逃げねぇよ」

『炭鉱は腹を空かせてる。新しい声を食いたがってる』

 

 エドの声は、からからと乾いた笑いに変わった。

 その響きに引かれるように、反響はさらに別の景色を重ねてくる。


 若い頃のガラートは、いちど炭鉱を離れた。


 山を下り、港町で荷役に就いた。

 潮の匂いにむせ、濡れたロープの感触に手の皮を削り、

 初めて嗅ぐ海の空気に、頭が少しだけ痺れた。


 さらに遠い街では、石工の仕事を覚えた。

 石屑にまみれ、女に笑われ、安酒で喉を焼いた夜もあった。


 ――それでも。


 どの現場にいても、耳は勝手に音を探してしまう。

 風の抜け方。

 足場がきしむ気配。

 わずかな異変が、身体の奥でざらりと引っかかる。


 逃げ切れなかった。


 最後は、故郷の鉱山が人手不足だという噂に背中を押され、

 ガラートは再び山へ戻った。


 そして――戻って、最初に耳へ飛び込んできたのは、

 崩れ落ちた支柱の、あの鈍い音だった。


『結局、お前も炭鉱に縛られたか』

 

 今度は、親父の声だ。額にいつも煤を滲ませた、頑固な人。

 性根は不器用で、笑うと歯の隙間から炭の粉をこぼした。

 彼もまた、最後まで坑道の匂いを離さなかった。

 ガラートは光糸を握り、前へ二歩出た。

 壁に手を当て、親方に叩き込まれた耳を使う。

 杖の先で壁をこつり――ではなく、指の腹で優しく叩く。

 返りは遅く、粘りがある。音がすべって戻ってくる。

 炭の脈の向きが、呼吸と逆にねじれている。


「……やっぱりな」


 ガラートは小さく息を吐いた。


「ここは坑道だが……中身は岩じゃねぇ。

 臓物ぞうもつみてぇなもんだ。脈が通ってる」

臓物ぞうもつ……?」


 アリアが思わず目を瞬かせる。


 ガラートは足元の岩壁に視線を走らせた。


「通気が、生き物みたいに動いてやがる。

 奥で空気を吸って、吐いて、その流れがここまで押し寄せてくる。

 だから壁が軋み、空気がよれ、声まで引き寄せられるんだ」


 指で坑道の曲がりを示す。


「共鳴炉ってのは、ただの鉱石じゃねぇ。

 長い年月、炭鉱に染み込んだ声や足音、息遣いが積もって――

 まるで肺みたいに、溜め込んで、また吐き出してる」


 坑道が、ゆっくりと息をしている。

 そう言われると、誰の耳にも、空気の重たい流れがはっきり感じ取れた。

 ルーチェの光が、わずかに強まった。


「肺なら、呼吸を狂わせれば、苦しむはずでござるな」

「その通りだが、乱すな。暴走する」


 ガラートは低く釘を刺す。


「奥で空気が吸われ、吐き返される、その間がある。

 そこに合わせて、少しずつ詰めるんだ。

 一気に締め上げれば、逆に吹き返される」


 言葉の直後、坑道の奥から、重たい空気のうねりが伝わってくる。

 まるで巨大な肺が、ゆっくりと息を整えているかのようだった。


 ガラートは顎で坑道の奥を示した。


「奥で大きく空気を吸い込む。

 それから、ほんの一瞬、止まる。

 次の瞬間に、まとめて吐き出す――」


 指先で、見えない波をなぞる。


「この層の呼吸は、

 吸う → 溜める → 吐く、の三段で回ってる。

 柱を叩いたときの返り音で分かる。

 音が伸びる間が吸い、返りが止まる間が溜め、

 押し返される圧が吐きだ」


 リシュアが即座に理解し、思考を組み立てる。


「では、ルーチェさん。

 吸い込む流れに合わせて正しい音を刻み、

 溜めの間に光を固定。

 吐き出す瞬間に、正しい反響を置きましょう。

 坑道の呼吸そのものを、こちらのリズムに慣らします」


「了解でござる」


 ルーチェは静かに杖を構え、光の調整に入った。


「結界陣の前段に、呼吸の流れを導く光の線を敷くでござる」


 反響層は、そこに割り込んでくる。壁の向こうから、エドの声が近づく。


『じゃあ、どうする。お前はまた戻るのか。あの時みたいに』

 

 ガラートは目を閉じ、答えた。


「戻るさ。だが、今回はひとりじゃない」

 

 若い頃の自分が、狭い切羽きりはで歯を食いしばる光景が、壁に映る。

 支柱を噛ませ、ひとりで持ちこたえようとした背中。

 結果、持たなかった夜。持てなかった悔恨は、いまも肩の片方を重くする。


「ガロウ」


 ガラートは振り返らずに言った。


「前で噛ませたくさび、残してるか」

「残しているゾ」

「さっきのもんで使った分、三本、軽いノがアル」

「一本、ここだ。壁の継ぎ目――

 呼吸の節に打つ。音が濁ったところへは打つな。割れる」

 

 石工の心得、坑夫の耳、案内人の直感

 ――人生で拾った断片を、一本の線にして差し出す。

 ガラートの指示で、ガロウが楔を軽く叩き、ロイが丁寧に角度を添える。

 アリアは冷薬を指先へ薄く塗り、摩擦熱を抑えて負荷を分散する。

 リシュアが拍を数え、ルーチェが呼吸に光を刻む。

 ミナは外側の影を見張り、漣司は全体の歩調を保つ。


『結局、お前も炭鉱に縛られたか』

 

 声はなお囁く。親父、親方、エド、若い自分。

 全部が混ざり、坑道の肺で反響し、彼の肋骨の内側を叩く。


「そうだよ」


 ガラートはゆっくりと言った。


「縛られた。ずっとな。こいつを離せねぇ。……だがな」

 

 壁に当てた掌に、坑道の呼吸が伝わってくる。

 大きく吸い込み、わずかに溜め、ゆっくりと吐き出す――

 そんな規則正しい循環。

 その流れが掴めると、坑道は不思議なほど静かに感じられた。

 あの夜、エドが消えてからずっと耳の奥を満たしていた騒音が、

 ほんの少し澄んでいく。


「縛られてるなら、縛られてるまま、使ってやる。

 俺はこいつの言葉が分かる。だから――黙らせ方も、分かる」

 

 ルーチェが頷いた。白い粒光が、

 坑道の呼吸の間を正確になぞり始める。


「――吸い込まれる流れ、溜められる静止、吐き出される余韻。

 よい呼吸でござる」


 粒光は、膨らみ、留まり、ほどける――

 その循環に合わせて、淡く明滅した。


「この流れに結界を重ねれば、坑道は自分の呼吸から逃げられぬ。

 核は、自分の息に絡め取られるでござる」


 次の瞬間、反響がわずかに乱れた。

 低い唸りが、いつもより遅れて返り、余韻が不自然に引きずられる。

 まるで、息継ぎの間合いを誤った生き物のように。


 ――焦りは、すぐ音に滲む。


 坑道の奥で、振動が微かに波打ち、均整を失った。


「ガラート」


 漣司が名を呼ぶ。


「先はどうなっている」

「二股だ。右は柔らかい。左は硬い。通るなら左だ。

 右に入れば、飲み込まれる」

「……根拠は」


 ガラートは片膝をつき、坑壁に指先を当てた。


「息が流れ込むたび、右の壁がわずかに膨らむ。

 吐き出されると、今度はゆっくり萎む。

 中が空洞で、伸び縮みしてやがる」


 指先に伝わるのは、生温い弾力と、遅れて返る微かな振動。


「あそこは袋だ。奥で溜めて、また吐き出す場所……

 触れれば、引きずり込まれる」


 ガラートは視線を左へ滑らせる。


「こっちは違う。硬く締まって、揺れが通らねぇ。

 骨みてぇに支えてる通路だ。通るなら、こっちしかない」

 

 説明は経験の言葉だが、響きには確信があった。

 ガラートが一歩進むと、壁の汗が少し引いた。

 彼の歩幅は、坑道の拍と合っている。


『結局、お前も炭鉱に――』

「それでいい」


 ガラートは遮った。


「それでいいんだ、エド。俺はここで死ぬために戻ったんじゃねぇ。

 ここで生かすために戻ってきた。

 縛りを解くんじゃない。縛り方を変えるんだ」

 

 若い頃の自分が、壁に殴りかかった記憶がよぎる。

 殴っても変わらなかった岩。変わったのは、耳だった。

 耳が育つと、岩は喋ることを覚えた。喋る岩は、説得できる。

 アリアが小声で笑った。


「……いい顔です、ガラートさん」

「顔なんざ煤だらけだろ」


 ガラートは苦笑する。


「でもまぁ、今は悪くねぇ」


 一行進むごとに、全員の歩調と呼吸が揃っていく。

ルーチェの光は呼吸の谷と峰に沿って置かれ、リシュアの数える声と一致する。

 ロイが「次の谷、三歩」と丁寧に告げ、ミナが「影、右から」と短く刻む。

 ガロウは斧の柄で軽く床を突き、音で足場の嘘を暴く。

 ガラートは前に立ち、壁を撫でるように確かめながら、次の一手を測っていた。


「ガラート」


 漣司が最後に問う。


「影の正体、言葉にできるか」

「できる。あれは肺だ。炭鉱じゅうの呼吸、笑い、泣き、怒鳴り、祈り――

 人間の吐いた空気の残り香を、長い時間かけて吸い込み、固めた臓器。

 だから、声を喰って吐き直す。だから、姿も真似られる。

 だが、肺なら、呼吸を学ばせ直せる。

 ルーチェの結界と拍を合わせれば、やつは自分の息で自分を縛る」

 

 ルーチェが、わずかに目を見張る。


「……それじゃ。対幻結界陣ミラージュ・ブレイカーの中心式に、呼吸罫を足す。

 核が吐く前に正音を置いて、書き換えの余地を潰す。やれるでござる」

「布石は打てたってことね」


 ミナが口の端を上げる。


「なら、急ぎましょう」


 ロイが丁寧に告げる。


「呼吸が乱れる前に、核心まで」

 

 反響は、なお囁く。


『結局、お前も――』


 だが、もう刃ではない。同じ文句を、ガラートは聞き飽きている。

 聞き飽きた言葉は、呪いから合図へ変わる。


「聞いたか、炭鉱」


 ガラートは壁に手を置いた。


「俺はお前に縛られてる。だから――

 お前を黙らせるのは、俺の役目だ」


 青白い明滅が、わずかに遅れた。

 だが、そのズレはルーチェの光によって即座に縫い止められる。

 呼吸がひとつ、こちらの基準に噛み合った瞬間だった。


 八つの影が、迷いなく硬い方の道へ滑り出す。

 肋骨の間を抜けるような狭い通路。壁に滲む汗は少なく、足場は乾いている。


 胸の奥に沈む鉛は消えない。だが、その重さの意味が変わっていた。

 縛られているからこそ、ほどける結び目が分かる。

 縛られているからこそ、その重みを前へと運べる。


「進むぞ」


 ガラートは振り返らず言った。


「呼吸を乱すな。坑道の息に合わせて進め。……次が、核の入口だ」

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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