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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第ニ部 武装法人拡大 - 有力都市買収編

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第118章 反響する優しさ ― 帰れなかった約束

炭鉱都市オルテリア――眠れる資源の地。

だが地下深くには、街そのものを呑み込む危険なダンジョンが広がっていた。

資源確保と街の命運を賭け、

二階堂商会達は少数精鋭で未知の深層へと踏み込んでいく。


 反響層の鼓動は、青白い光から、静かな脈拍へと沈み込んでいった。

 光糸は八人を確かに繋いでいる。

 だがロイの視界だけが、坑道の黒から、

 薄く色あせた木目の廊下へと変わる。

 石炭の匂いは、煮詰めたスープと古い石鹸の匂いに置き換わった。


「……匂いが変わりました。食堂と、石鹸です」


 ロイは丁寧に報告する。「孤児院の、匂いです」


「離れるな。光糸は視界の真ん中で見ろ」


 漣司の声は変わらない。


「承知しました」

 

 思い出の廊下に、夜の冷気が流れる。

 木の床板はきしみ、壁に貼られた手書きの時間割。

 消灯の鐘。暗がりで眠れずに泣く子らを、

 ロイは何度も背に負って寝床へ運んだ。

 温もりは軽いくせに、責任は重い。それでも彼は、喜んで背負った――

 優しさが、自分の居場所を作ってくれると思っていたから。

 足音。走ってくる小さな影。目の前で立ち止まり、胸の高さにしがみつく。

 ロイより五つ下、丸い瞳の妹――レナ。薄い毛布の子。


「お兄ちゃん、もう帰らないの?」

 

 肺の奥で、時が止まる。あの夜の声だ。

 凍える夜、薬を買うために、ロイが外へ出る直前に問われた一言。

 扉の向こうは雪。孤児院は貧しく、薬は高い。寄付が途切れた冬だった。


「帰るよ。すぐ帰る」


 ロイは、あのときと同じ言葉を、丁寧な調子で繰り返した。


「少し待っていてくれ。温かくして、寝ていような」

『ほんと?』

「うん。約束だ」

 

 扉が閉じる音が、いまの坑道に重なる。

 反響は、約束の残響を甘く引き延ばし、刃に変える。


『お兄ちゃん、もう帰らないの?』

 

 問いが、壁から、床から、背中から響く。

 優しい声音のまま、容赦がない。



「ロイ」


 ミナが低く名を呼んだ。


「顔が真っ白よ。……息、深く吸って」


「大丈夫だ」


 ロイはそう言って、かすかに微笑む。

 だが――反響層は容赦がなかった。

 その笑みを勝手に「平気だよ」という意味へと書き換え、

 嘲るように、何度も返してくる。


「報告を続けろ」


 漣司の声が割って入る。短く、揺るぎがない。


「見えているもの。聞こえている言葉」


「……はい」


 ロイは一拍置き、記憶を言葉にする。


「孤児院の裏通り。雪が降っていました。

 私が外へ出ようとすると、妹が引き止めるんです。

 『もう、帰らないの?』って」


 喉がわずかに詰まる。


「私は……『帰る』と答えました。

 ――現実では、帰りました。けれど……遅れました」


 光糸が、きゅっと張りつめるように脈打つ。

 ルーチェが即座に杖先を持ち上げ、光を安定させた。


「反響が、前提をずらしておる」


 静かながら、断定的な声音。


「『帰ったが遅れた』を――

 『帰らなかった』に、書き換えようとしているのでござる」


 続けて、リュシアが淡々と告げる。


「ロイさん自身の語彙で、上書きしてください」


「……了解です」


 短く返事をし、ロイはもう一度、息を吸った。

 反響はまだ、耳の奥で蠢いている。

 だが今度は、言葉の主導権を渡さない。


 

 ロイは過去の扉の前に立ち、指先を握り開いた。

 冷えた取っ手の感触まで、鮮やかに再現されている。

 雪明かりが薄く廊下に差し、レナの瞳が揺れる。


「レナ。俺は――帰ったよ」

 

 反響は、すぐさま揺さぶる。


『でも遅かった。だから同じだよ、お兄ちゃん』

 

 肺が痛む。あの夜、街は吹雪で、薬屋は一軒閉めていた。遠回り。

 足はかじかみ、時間は削れた。

 戻った時、レナの熱は峠を越え、命は助かったが、

 彼女の耳は少しだけ聞こえづらくなった。

 凍りついた神経は完全には戻らず、彼女は後に、

 音の世界の輪郭を拾い直すため長い時間を使った――

 ロイはその全てに付き添った。

 つきっきりで、補聴の訓練へ通わせ、読み書きを教え、手話も覚えた。

 

 それでも、あの一言は消えない。


『お兄ちゃん、もう帰らないの?』


 

 優しさは、彼を走らせた。

 優しさは、彼を遅らせた。

 倒れそうな老人の荷を持ち、泣いている見知らぬ子に手を貸し、

 道で凍えていた子猫にも外套を被せた。

 あの夜だけじゃない。いつだって、ロイは誰かを助けるために寄り道をし、

 その寄り道が別の誰かを待たせた。

 守りたいが、守れない。優しさは、時に残酷な配分の名だ。


「ロイさん」


 アリアが、そっと袖を引いた。


「……あなたの手、震えています」

「失礼しました。少しだけ、ですね」


 ロイは肩をすくめ、自嘲気味に笑う。

 だが、その声音には、長く背負ってきた癖の重さが滲んでいた。


「俺の優しさは、ときに遅刻と同義だ。

 呪いみたいなもので……どちらも選べず、

 両方を抱えようとして、結果、両方を少しずつ傷つける」

「名前を付けろ」


 漣司が、即座に言った。


「その呪いに、言葉で手綱を付ける」

「……はい」


 ロイは目を閉じる。

 一拍――迷いを切り落とすための、意図的な間。


「――分け合い過ぎの呪いです。

 私の手は、分け前を細かく分けようとして……

 本当に必要な一点に届く力を、薄めてしまう」

「なら、分け前は順番にすればいいよ」


 ミナが、短く、切るように言った。


「全部を同時に守らないで。

 順番を決めて、ひとつずつ守り切って」

「……順番、ですか」

「そう。あんた、いつも全部に同点つけるでしょ。

 その癖、嫌いじゃないけど――死ぬときは、死ぬ」


 率直すぎる言葉に、ロイは思わず小さく息を漏らした。


「……はは」


 そして、静かに頷く。


「わかりました。順番を付けます。

 ――そのうえで、順番の外に置いた分は、

 あとで拾いに行く道を、最初に作る」


 その瞬間、

 耳鳴りのようにまとわりついていた反響が、わずかに鈍った。

 淡い光の中で、レナの小さな顔が、ほんの少しほころぶ。


『ほんと? お兄ちゃん、あとで拾いに来るの?』

「もちろんだ」


 ロイは膝をつき、少女と同じ目線まで身を落とした。

 逃げず、誤魔化さず、未来を約束するために。



「俺は、約束したことを守る誇りで生きている。遅れても、変わらずに」

 

 坑道の白が薄れ、孤児院の廊下が炭の壁に置き換わり始める。

 だが、層は優しくない。反対側の壁から、別の記憶が滲み上がる。

 雪明かりの路地、若い母親、腕に抱かれた赤子。

 荷車に轢かれそうになった瞬間、

 ロイは飛び込み、身体で受け、二人を救った。

 だがその分、裏通りで転びかけていた老人の手を取り損ね、

 老人は転倒して腰を痛めた。

 善意のバランスは、いつもどこかで崩れる。


『優しいね、お兄ちゃん。でも、誰かが泣いてる』

「……そうだな」


 ロイは、逃げなかった。

 背けることなく、その問いを正面から受け止める。


「俺は、誰かの泣き声をゼロにはできない。だから、泣く時間を短くし、

 次の笑いを確実に連れてくる力に、優しさを変える」


 言葉が落ちると同時に、空気が静かに整った。

 リシュアが小さく頷く。


「再定義、良い。『優しさ=配分の技術』へ更新」

「光、合わせるでござる」


 ルーチェが静かに杖を掲げる。

 先端から生まれた白い粒光は、一定の間隔で明滅し、

 空気そのものに秩序を刻んでいく。

 雑音を拒むように、光はぶれない。

 曖昧さを削ぎ落とし、正確なものだけを選び取るように。


「正しい音だけを、焼き残す」

 

 粒光は散り、ロイの足元に降り積もった。

 やがてそれらは線となり、目盛りとなる。


 ――先に守る者。

 ――次に戻る場所。

 ――そのための、確かな道筋。


 曖昧だった「全部」が、光の順番として可視化されていく。


「ロイ」


 漣司が名を呼ぶ。


「今、この場で最優先すべきものは何だ?」


 ロイは一瞬も迷わなかった。


「第一は、隊です。全員でここを突破し、元凶を封じる」

「第二は、道。突破したあと、必ず戻れるよう、退路を今のうちに刻む」

「第三が、俺自身の贖い――それは、すべてが終わってからでいい」


 言葉は簡潔で、順序は揺るがない。

 彼の中で、覚悟はすでに整理されていた。

 

 その宣言に応じるように、反響が別の声色を帯びた。

 今度は、若い頃の自分の声。

 理想ばかりが先行していた、甘い記憶の残響。


『それで、ヒーローでいられるの?』

「ヒーローである必要はない」


 ロイは静かに答えた。


「俺は隊の盾であればいい。盾は、誰かの涙の前に立つためにある。

 ――そして、ずっと立ち続けるために、順番を決める」

 

 嘲りは来ない。代わりに、遠い鐘の音――

 消灯の鐘が、かすかに鳴った。孤児院の夜は終わり、朝が来る合図。

 炭鉱の壁が戻り、冷たい湿りが、現実の重さを手のひらに返す。


「顔色、戻りました」


 アリアがほっとしたように微笑む。


「よかった」

「ありがとうございます」


 ロイは丁寧に頭を下げ、足元に張り巡らされた光の糸へ視線を落とした。

 張力は安定している。踏み出しても問題はない。


「お待たせしました。歩けます」

「歩調を維持。右の分岐は回避」


 リシュアが前方に漂う白い残滓を払い、進路を修正する。


「反響の干渉、弱まっています」

「光、強めるでござる」


 ルーチェが魔力の流れを引き上げると、

 周囲の光が密度を増し、道筋がくっきりと浮かび上がった。


「前、影アリ。押し通るゾ」


 ガロウが斧を肩に担ぎ直し、自然と前へ出る。


「ガラード、後方を頼む」


 漣司の指示に、


「抜かりはねぇ。行け」

 

 短い返答が返る。

 八人は一斉に歩き出した。足並みは揃い、光の道を踏みしめて進む。

 その背後で、反響層はなおも低く囁き続ける。


 ――お兄ちゃん、もう帰らないの?


 ロイの胸に、かつての痛みは浮かばなかった。


「帰るよ」


 それは迷いのない、自分自身の声だった。


「遅れても、必ず。だから今は――前へ」

 

 優しさは、かつてロイにとって呪いだった。

 誰よりも早く手を差し出し、誰よりも遅く離す。

 その性分が、いつも彼自身を削ってきた。

 配分を誤れば、すべてを守ろうとして、すべてを少しずつ失う――

 鋭い刃のような在り方。

 だが今、その呪いには確かな手綱がある。

 順番という名の手綱。仲間という名の手綱。

 そして、光糸という名の手綱。


 ロイは一歩踏み出し、隊列の横へ戻った。

 守るべき位置、盾となるべき場所へ。

 反響はなお耳の奥で燻っている。それでも、もう彼を切り裂くことはない。


 かつて刃だった言葉は、今はただ――

 帰るべき場所を指し示すしるべとなっていた。

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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