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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第ニ部 武装法人拡大 - 有力都市買収編

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第117章 反響する剛腕 ― 届かない力の場所

炭鉱都市オルテリア――眠れる資源の地。

だが地下深くには、街そのものを呑み込む危険なダンジョンが広がっていた。

資源確保と街の命運を賭け、

二階堂商会達は少数精鋭で未知の深層へと踏み込んでいく。


 青白い鼓動が、岩肌を震わせながら骨の奥へ染み込んでくる。


 反響層の闇は、もはや単なる闇ではない。

 輪郭を持ち、意思を宿すかのように、ゆっくりと形を取りはじめていた。

 光糸は八人を確かに繋いでいる。切れていない。乱れてもいない。


 ――それでも。


 ガロウの視界だけが、静かに歪んだ。

 炭の黒が、赤錆びた鉄の色へと滲み替わる。

 鼻腔を刺すのは、焦げた油と血が混じった匂い。

 思考より先に身体が覚えている、過去の戦場の臭いだった。


「……空気が変わりました」


 ロイが、呼吸を乱さぬまま告げる。


「鉄の臭いが、濃いですね」


「歩調維持。光は強め。言葉は短く」


 漣司の声は低く、揺れがない。


「離れるな」

「了解ダ」


 ガロウは短く応え、斧の柄を握り直した。

 赤い残像が視界の端にちらつく。だが足は止めない。

 反響層は、次の問いを、すでに用意していた。



 通路の先に、巨大な門が立ちはだかった。

 鉛色の格子が重く垂れ下がり、

 幾重もの鎖が生き物のように壁を這っている。


 ――ここは炭鉱ではない。


 ガロウの胸が、わずかに詰まる。城塞都市の裏門。

 傭兵だった頃、難民の避難を護るために、

 彼が一人で立ち塞がった場所だ。


 警鐘が鳴り、炎が夜を裂く。

 押し寄せる足音。算木のように積み上げられた荷車。

 門の向こうでは、子どもの泣き声が途切れ途切れに響いていた。


 あの夜、ガロウは門の下端に肩をねじ込み、ただ持ち上げた。

 理屈も作戦もない。力だけが、彼に残された唯一の手段だった。


『お前の力じゃ、誰も救えねぇ』


 嘲る声が、鉄板の内側から響く。酒で焼けた掠れ声。

 昔の軍曹――「腕しか取り柄のねぇ脳筋だ」と笑い、

 拳の使い方だけを教え、そして最期に吐き捨てた言葉。


「黙れヨ……」


 ガロウは低く唸った。

 喉の奥で、怒りとも祈りともつかない音が転がる。


「黙ってロ。今は……持ち上げル」


 肩が軋み、骨が噛み合う。

 斧で支点を作り、太ももで押し、背中で受け止める。

 門は一瞬だけ浮き――そして、無慈悲に落ちる。


 あの夜と同じだ。

 重さは、決して軽くならない。

 それは鉄の重みであり、嘲りの重みであり、

 救えなかった数の重みだった。


 反響層は、ガロウの過去をそのまま再生していた。



「ガロウ」


 漣司が短く呼ぶ。


「報告をしろ」

「門ダ。鉄の格子。向こうに人影。持ち上げれば通れる。

 ……だが、落ちル」

「反響が間に合わないように作っているわ」


 リシュアが分析する。


「ガロウさんの筋力が尽きるタイミングに合わせて、重さが増える」

「なら、タイミングをずらすでござる」


 ルーチェが光を集める。


「反響の鼓動に合わせ、光を刻むでござる。

 重みの緩む一瞬を導き、足場とするでござる」

「私は補助に回ります」


 アリアが素早く薬包を取り出す。


「関節を冷却します。筋緊張を一時的に落とせば、

 少しだけですが、粘れます」


 ――その瞬間。


『お前の力じゃ、誰も救えねぇ』

 

 嘲りが、門の向こうから溢れ出す。

 子どもの泣き声に重ねられた、あの声。


 ガロウは歯をむき出しにした。


「……分かってンだヨ。届かなかったコトぐらいナ」

 

 記憶が、横から突き刺さる。


 城塞都市の裏門。

 荷車が逆流し、炎が迫り、女が赤子を抱いて叫んだ夜。


 ガロウは門を持ち上げ、合間に二人、三人と人を通した。

 四人目――少年が引っかかる。足が格子に挟まり、門が揺れる。

 肩が焼ける。腕が震える。


 ――あと一寸。あと一寸が、届かない。


 落ちた門は、容赦なく爪先を奪った。

 少年は引きずられ、泣き叫び、母親の声が裂ける。

 ガロウは門を殴った。

 鉄は、殴られても動かなかった。


 あのとき、軍曹は笑って言った。


『力は届かねぇ。届かせるのは、段取りだ』


 ――その直後。


 男は矢を三本、胸に受けて倒れた。

 段取りを整えていたはずの男は、

 矢一本ぶんの運に、見放された。


 反響層の門が、軋みを上げる。

 過去と現在が、同じ重さで、ガロウの肩にのしかかっていた。



「ガロウ、今はひとりで抱えるな」


 漣司が一歩、間合いを詰める。


「段取りで持て」

「段取り、ネ」


 ガロウは短く息を吐き、顎を引いた。

 肩の力が、わずかに抜ける。


「分かった。合図くレ」

「三つ目の合図で上げる。二つ数えて保持、一つで交代。

 ――光を見るのよ」


 リシュアが即座に噛み砕いて言う。


「光、合図を刻むでござる」


 ルーチェが杖を振る。

 白い光粒が空気中に浮かび、一定の間隔で、はっきりと明滅を始めた。

 坑道は静まり返り、残るのは――光だけ。


 ――一つ。

 ――二つ。

 ――三つ。


 三度目の光が、ひときわ強く瞬いた。


 「一、二、――上げる!」


 漣司の号令が、刃のように落ちる。

 ガロウの脚が床を噛みしめ、背筋が弓なりにしなる。

 重い門が、きしみを上げて浮いた。

 その隙を逃さず、

 アリアが迷いなく格子の下へ木楔を打ち込み、

 ロイが体重を預けて角度を固定する。

 ミナは迫る影を蹴り飛ばし、踵で地を叩いて振り返った。

 切羽詰まった声ではない。

 現場を動かす、いつもの調子で――


「はいはい、急いで! 今のうちだよ!」


 

 一つ目の合図。


 ガロウは歯を食いしばり、門を支え切る。

 肩に走る熱。鉄の重みが、反響に合わせて段階的に増していく。

 掌の皮が擦れ、鎖骨の奥が焼けるように痛んだ。

 耳の裏で、声がした。冷えた嘲笑を含んだ、忘れられない響き。


『届かねぇよ。お前の力は、いつだって一歩遅い』

「……遅いから、待たせない段取りを組んでンだヨ」


 吐き捨てるように、しかし視線は揺らさない。


 交代の合図。

 

 ガロウがわずかに体重を逃がした瞬間、

 漣司が肩を差し込み、門の下で重さを受け止める。

 リシュアは即座に支点をずらし、

 鉄格子と床の噛み合いを意図的に外した。

 きしみが、明らかに低くなる。

 ルーチェの光が強く瞬き、重さが抜ける瞬間を、

 無理やり引き延ばす。

 ガラードは最後尾で、通過する影の数を指で追う。

 一人、二人、三人――まだ、残っている。


 門の向こうから、別の声が立ち上がった。

 嘲りではない。若い頃の、自分自身の声だ。

 細く、無鉄砲で、疑うことを知らない。


『殴れば何とかなるだロ』

「……殴るのは最後ダ。今は、持つ」

 

 静かな否定。刃を向ける先は敵ではない。

 震え始めた筋肉、その一本一本だ。


 次の合図。


 ガロウが再び踏み込み、

 門が、もう一段、高く浮いた。

 

 その隙を逃さず、アリアが二本目の楔を打ち込む。

 金属と木が噛み合う、低く乾いた感触。

 ロイは手を添え、指を挟まぬ角度へと即座に修正した。


「次!」


 ミナの声が背中を押す。

 人影が、門の下を滑るようにすり抜けていく。

 反響が、焦れたように軋んだ。嘲りの声が、わずかに音程を外す。


『届かねぇヨ――』

「届かせるンだヨ。……これでナ」

 

 吼えた相手は、外ではない。

 ガロウは、自分の内側へ向けて声を叩きつけた。

 嘲りは、ずっとそこにいた。

 肩をさらに門へ沈め、腹で息を吸い、背中で押す。

 力は、点じゃ届かない。線にして、重ねて、やっと届く。


 ――昔、軍曹が言った。


 殴る拳を十に分け、同じ場所へ十回打て。

 打撃は線になる。持ち上げも、同じだ。


 保持の合図。


 ガロウの脚が、目に見えて痙攣し始める。

 その瞬間、アリアの掌が膝裏に触れ、冷薬が浸み込んだ。

 焼けるような痛みが、鈍く遠のく。


「支点、二指ぶん内側」


 リシュアの短い指示。


「交代まで、あと一つ」


 漣司の声が続く。


 全員の声が、嘲りより先に届いた。


 交代。


 負荷が一瞬、流れ、戻る。そのたびに楔が増え、支点が太くなっていく。

 門は、もう落ちるだけの塊ではない。

 ルーチェの光が反響の書き換えを遅らせ、

 正しい手順だけが、上書きされていく。

 ガロウは大きく息を吐いた。

 胸に溜まっていた空気を、地面へ落とすように。


「……昔ハ、力が足りなかっタ」


 低く、確かめるように。


「でも今は違ウ。届かせるやり方ガ、ここにあル」


『お前の力じゃ、誰も救えねぇ』


 嘲りは、もう響き切らない。ガロウは首だけを振る。


「オレ一人なラ、ナ」



 次の瞬間、反響が――途切れた。

 余分な重さが剥がれ落ち、門はただの鉄へ戻る。

 嘲りも、幻も、そこにはない。残ったのは、現実の重量だけ。

 最後の合図が落ちる。


 ――今だ。


「上げる!」

 

 八人の足が、同じ瞬間に踏み込んだ。

 時間が、そこで止まり――そして、持ち上がる。

 門が浮き、最後の楔が、鈍い音を立てて噛み合った。

 格子は固定され、閉ざされていた通路が、確かな形を持って開く。


 門の向こうにいた影――


 過去の誰かは、煙のようにほどけ、消えた。

 救ったのは、人ではない。

 ガロウの中で、あの夜から凍りついていた時間だ。

 静寂が落ちる。

 反響はまだ耳の奥で燻っているが、その嘲りに、もう刃はなかった。


「よくやった」


 漣司が、短く告げた。


「礼は要らねェヨ」


 ガロウは肩を回し、荒れた呼吸を整える。


「やるこトを、やっただけダ」

「膝、冷やし続けてください。悪化する前に」


 アリアが、柔らかく笑って薬包を差し出す。


「助カル」


 そのやり取りを聞きながら、ガラードが低く言った。


「……力は届かねぇ。そう思い込ませる層だな、ここは」

「ええ」


 リシュアが頷く。


「正しさや強さを個に閉じ込める構造です。

 単独の一手が必ず折れるよう、反響が調律されている」

「だから――」


 ロイが穏やかに言葉を継ぐ。


「俺たちは、単独では戦わない。皆で戦う」

 

 ガロウは斧の柄を握り直した。掌に残る震えは、恥ではない。

 合図だ。――まだ動ける、という合図。


「聞いたカ、反響」


 ガロウは闇に向け、わざとらしく笑ってみせた。


「オレの力は、仲間を守るタメに使うモンだ。届かせるのは、皆の手だ。

 ……オレは、その肩になればイイ」

 

 ルーチェが光をひとつ明るくし、拍を刻む。


「影の本質、近いでござる。三つ先の分岐を右」

「歩調は維持」


 漣司が前へ視線を寄越す。


「ガロウ、先鋒継続」

「任セトケ」

 

 反響は、なお囁く。


 ――お前の力じゃ、誰も救えねぇ。


 だが、その声はもう届かない。

 嘲りは、八つの足音の外側で、空回りするだけだ。

 光糸が脈を打つ。

 ガロウは一歩、そしてもう一歩、前へ出る。

 届かなかった力は、過去に置いてきた。

 届かせる力の線は、今ここにある。


「行くゾ」


 斧を構え、低く言い切る。


「道は――オレらが、持ち上げル」

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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