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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第ニ部 武装法人拡大 - 有力都市買収編

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第116章 反響する孤影 ― 盗賊の墓標

 反響層の空気が、ゆっくりと質を変えた。

 炭の匂いは薄れ、代わりに鼻腔を刺すのは――錆びた硬貨の臭気。

 乾いた金属と油が混じる、夜の裏路地の匂いだった。

 光糸は確かに八人を結んでいる。

 それでも、ミナの視界だけが、鋭く細く削られていく。

 通路の黒は、気づかぬうちに石畳の濡れた色へと塗り替えられ、

 世界は坑道から、別の場所へ滑り落ちていった。


「……ミナさん?」


 アリアが、ためらうように声をかける。


「手、冷たくなってます」

「だいじょうぶ」


 短く答え、ミナは息を細く吐く。

 口角にだけ浮かべる、強情な笑み。昔からの癖だ。


 だが反響層は、その言葉を素直には返さない。


 ――平気。私には関係ない。


 嘲る声に歪め、跳ね返してくる。


「配置維持だ」


 漣司の声が、低く響いた。


「ミナ、視界が変わっても歩調は合わせろ」

「分かってる」


 足元が、完全に石畳になる。

 雨が降っている――そんな感覚。だが、衣服は濡れない。

 沁みてくるのは、水ではない。

 反響層が降らせる、記憶の雨だけが、皮膚の奥へと染み込む。


 揺れる角灯のオレンジ。

 積まれた木箱と絡まる縄。

 二階のバルコニー。

 人ひとりがようやく通れる、細い逃げ道。


 ――全部、知っている。


 若い頃、ミナが家と呼んだ、迷路の匂い。


 闇の向こうから、笑い声が近づいてきて、止まる。

 三人分。肩で息をする靴音。


 あの夜の。

 あのメンツ。



「ミナ、こっちだって!」


 声と同時に、顔が浮かぶ。

 軽口ばかり叩くイース。寡黙で、料理だけは妙に上手かったブラム。

 姐御肌で皆をまとめていたタリヤ。

 幼い頃からの仲間だ。


 拾われ、盗み、逃げ、分け合い、笑って――

 しがみつくように、生きてきた。


 箱の中身は銀細工と帳簿。護衛は二人。見張りは一人。

 掟はひとつ。「無駄な血を流さない」


 その夜、計画は完璧だった。

 裏通りから路地へ、路地から屋根へ。

 最後の角を曲がった、その先で――罠は口を開けた。


 撒き餌の荷車。積み上げられた薪。床に染みた油。

 角灯の火が、風に煽られ、ほんのわずか横に撓む。


――その瞬間、炎が道を塞いだ。


「戻れ!」


 一番に叫んだのはタリヤだった。

 イースが帳簿を抱え、ブラムが箱を背負う。

 ミナは先導し、梯子を蹴り落とした。


 追っ手の靴音。金具の擦れる音。怒鳴り声。


 油に火が走り、一気に炎の壁が立ち上がる。


 選択肢は二つ。

 荷を捨てて屋根を飛ぶか。

 荷を抱えたまま裏戸を蹴破るか。

 時間は、ない。


「置いて!」


 ミナは叫んだ。

 彼女はいつも、最悪を引き受ける役だった。


 ――何を捨てて、生き延びるか。


 それを即断する係。それが、彼女の価値だった


「こんだけの獲物、手ぶらで帰れねぇよ!」


 イースが笑う。いつもの、軽すぎる笑いで。


「いいから置けって言ってんの!」


 背中に焦げ臭さが貼りつく。

 炎はまだ届かない。だが、空気が熱い。

 肺が縮み、思考より先に身体が動いた。

 ミナはイースから帳簿をひったくり、箱へ押し込む。

 ブラムの背からベルトを切る。

 荷は地面に落ち、鈍い音を立て、銀細工が散らばった。


「走るよ!」

 

 走る。横木、手すり、バルコニー、隣家の雨樋。

 タリヤが背を押す。

 ブラムが必死に追い上げる。

 イースは最後尾で、まだ笑っていた。


「いけるいける、余裕余裕」

 

 火が跳ねる。油が弾ける音。

 イースの笑いが、かすれた。


「あ、クソ」

 

 足を滑らせる。濡れた雨樋。

 身体が宙に投げ出され、ぶら下がる。

 右手は、かろうじて手すり。左手は、空を掴む。

 下には、炎。 ミナは振り返り、手を伸ばした。

 届く。届く距離だ。


 ――ほんの、五指ぶん。


 その瞬間。反対側で、ブラムがせり出した屋根瓦を踏み抜いた。

 身体が前へ倒れる。荷を捨てたはずなのに。

 あの真面目な背中は、まだ何かを背負う癖のまま、落ちかけていた。


「ミナ!」


 二箇所の落下。二本の手。

 選べるのは、一つだけ。

 ミナは反射で、ブラムを引いた。

 力が要る方。重心が先に崩れている方。


 ――生存確率の高い方。


 イースが笑う。

 それは、いつもの笑いに似た、苦しい笑いだった。


「――そうだよな。ミナは正しい」

 

 握れない。右手の皮が剥け、力が抜ける。

 イースは、炎の向こうへ落ちた。

 火が吠える。

 黒い影が一度跳ね、そして――見えなくなった。


 その後の記憶は、途切れ途切れだ。

 裏戸を蹴破り、路地を走り、川沿いを逃げ、倉庫に潜む。

 タリヤはミナを抱きしめ、ブラムは吐いた。

 夜が明け、路地の炭が冷える。やがて、知らせが流れた。


 ――焼け跡から、若い男の遺骸。


 あの夜を境に、ミナは笑い方を一つ捨てた。

 正解を選ぶ手は、迷いなく動くようになった。

 その代わり、心のどこかが、ぽっかりと空いたままになった。



 ――反響層は、その空いた場所に、容赦なく爪を立ててくる。


『お前は、仲間を捨てた』


 声が、炭鉱の壁そのものから響いた。

 耳に届く音ではない。骨に、脈に、直接触れてくる声。

 イースの声ではない。

 イースに似せた――ミナ自身の声だ。


「違うよ」


 ミナは、乾いた笑いをこぼす。


「捨てたんじゃない。選んだんだ。あの瞬間、二人落ちるはずだった。

 それを……一人にしただけ」

『じゃあ、なんで見捨てた?』

 

 喉が詰まる。言葉が、出てこない。


 正解の説明なら、いくらでもできる。

 判断の合理性も、生存確率も、何千通りでも語れる。

 けれど――「正しさ」と「寂しさ」を結ぶ方程式は、誰も教えてくれなかった。


「ミナ」


 漣司の声が、光糸を伝って届く。細く、しかし確かに。


「報告しろ。今の声だ。内容を言語化しろ」

「……『お前は仲間を捨てた』たぶん、イースの……いや、私の声」

 

 口にした瞬間、胸の奥の圧が、ほんのわずか緩んだ。

 さっき、自分が他人に向けた助言――

 自分だけに聞こえたものは、共有しろ――

 それを、今度は自分に適用する。

 言葉にすれば、毒は薄まる。


「ミナ」


 今度はロイだ。声はいつも通り、落ち着いている。


「ミナが選んだのは救いだ。残酷な瞬間に、より多くを生かす方へ舵を切った。非難は、後から来る。

だけど、あの瞬間は、正しく仲間を捨てないために選んだ」

「……ロイ、あんたほんと、良い人ね」


ミナは鼻で笑う。


「そういう正論、嫌いじゃないけど」

「嫌いでも結構だ。ただ、覚えていてくれ。

 捨てたと救えなかったは、意味が違う」

 

 反響層が、ざわりと揺れる。

 言葉を噛み砕くように、空気が波打つ。


 書き換えの刃が――ほんの少しだけ、鈍くなった。



「光、強めるでござる」


 ルーチェが一歩、前へ出た。

 掌からこぼれた白い粒子が霧となり、広がる。

 ミナの視界を覆っていた路地の夜が、

 熱を帯びた光に撫でられ、輪郭から薄く焼かれていく。


「その声は糧にできるでござる。

 罪悪感は――向きを誤らねば、踏み石になる」

「ずいぶん偉そうに言うじゃない」


 ミナは肩をすくめ、短く笑った。


「……でも、ありがと」

「前ッ、異形ノ影!」


 ガロウの叫びが坑道に弾ける。


「路地に似せた黒い塊ガ、こっちを見ていル」

「幻術の核じゃないわ」


 リシュアが即座に見抜く。


「心象の具現化。触れれば、ミナの捨てた選択を、

 何度も繰り返させるつもりね」

「なるほど」


 ミナは息を整え、短剣を逆手に抜いた。


「じゃ、先に謝っとく」


ミナは短剣を逆手に抜いた。


「今から――ちゃんと刺すから」


 黒い塊が蠢き、形を変える。

 倒れかけた雨樋。滑る足場。宙を掴む空の手。

 あの夜が、目の前で再生される。考えるより先に、身体が動いた。

 反射で足場を蹴り、幻の重い方へ腕を伸ばす。

 だが、指先に伝わるのは、空虚な軽さだけ。


「……甘い」


 ミナは乾いた息を吐いた。


「あんたは、何も背負ってない」

 

 短剣が、黒へ突き立てられる。

 刃は抵抗なく入り、音もなく抜けた。

 切り口が白く発光し、霧となって散る。

 炭鉱の壁が戻る。冷たい湿り気が、現実の重さを連れて帰ってくる。


 それでも――声は消えない。


『お前は仲間を捨てた』

「うるさい」


 ミナは、初めて飾りのない声で答えた。


「私が捨てたなら、私が拾う。いつか。今、拾えないなら――

 あとで拾いに行ける道を作る」


 一拍、息を置く。


「そう決めた。タリヤにも、ブラムにも、そう言った。だから……私は、ここにいる」


 光糸が脈を打つ。

 反響層のざわめきが、ほんの少しだけ、遠のいた。



アリアが息を呑む。


「……今、初めて聞きました」

「言わなかったもの。弱くなるから」


ミナは肩で笑う。


「でも、あんたらには言っとく。私、約束したから。拾いに行くって」

「いいじゃないか」


 ガラードが最後尾で低く言う。


「ここは炭鉱だ。掘り残しは、後からでも掘れる」

「名言っぽくまとめないで」


 ミナは照れ隠しに舌打ちした。


「……ありがと」

「確認する。ミナ、今の自分は何を選ぶ」


 漣司が短く問う。


「今は、ここで共鳴炉を封じる。あれが路地を、あの夜を、何度でも作り直すから。

 終わらせる。私が前で切る。いい?」

「承認する。前、任せる」


 漣司は即答した。


「ただし独走はなし。光糸から離れるな」

「了解、社長」

 

 光が強まる。反響が後ずさる。書き換えは遅れ、言葉は素の形で届きはじめる。

 ミナは自分の胸を、拳で軽く叩いた。

 そこにある空洞は、消えない。消さない。穴は、風が通るから、進む方向を教える。

 ミナは、誰にも聞こえない声で呟いた。


「あんたらの分まで、盗るよ。生きる時間ってやつを」

 

 反響は、今度はねじれなかった。

 坑道の奥で、遠く、金属が触れる澄んだ音が一つ、響いた。合図のように。


「步幅そのまま、右の分岐を回避」


 リシュアが前方の白を指で払う。


「影、強くなっています」

「了解」


ロイが丁寧に応じる。


「脈拍に同期して反響が来ます。三拍に一度、書き換えが強い」

「そのタイミングで光を重ねるでござる」


ルーチェが杖を握り直す。


「正しい音を焼き残す」

「前、影アリ。押し通るゾ」


 ガロウが斧を肩に担ぐ。

 

 八つの影が、青白い鼓動の方へ進む。反響層はまだ囁く。


 ――お前は仲間を捨てた。何度でも、同じ刃を作って投げてくる。

 ミナは笑った。強がりではない、薄いけれど熱のある笑いで。


「うるさいって言ってんでしょ。これからは、もう捨てない」

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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