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武装法人二階堂商会 ―― 転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!  作者: InnocentBlue
第ニ部 武装法人拡大 - 有力都市買収編

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第115章 記憶の囁き ― 氷の副社長

炭鉱都市オルテリア――眠れる資源の地。

だが地下深くには、街そのものを呑み込む危険なダンジョンが広がっていた。

資源確保と街の命運を賭け、

二階堂商会達は少数精鋭で未知の深層へと踏み込んでいく。

 反響層の脈動は、いつの間にか質を変えていた。


 青白い鼓動――

 鉱脈が生き物のように打っていたはずの振動が、

 輪郭を失い、無音のざわめきへと溶けていく。

 光糸は、確かに八人を繋いでいる。

 指先から指先へ、視線から視線へ、切れてなどいない――

 はずだった。


 それなのに。


 視界の縁が、ゆっくりと白く漂白されていく。

 黒かったはずの通路は色を失い、炭の煤は薄れ、

 代わりに鼻腔を刺す匂いが満ちてきた。


 ――消毒液。


 鉄と土の臭いが、薬品の冷たさに塗り替えられていく。


「……空気が変わりました」


 ロイが、声を抑えて告げる。


「消毒――いえ、薬品臭です」

「離れるな」


 漣司の声が、即座に落ちる。


「光糸は、必ず視界の中央で確認しろ。端を見るな」


 命令は短く、鋭い。

 余計な説明を挟まないのは、ここがそういう層だと理解しているからだ。


「……了解。間隔、維持します」


 リュシアは、確かにそう答えた――はずだった。


 だが、自分の声が耳に届いた瞬間、胸の奥に冷たい違和感が走る。

 反響が、噛み合っていない。


 返ってきたのは、彼女の声ではなかった。


 「……冷徹だな。感情がないのか?」


 低く、抑えた声。 

 どこかで聞いたことのある調子――

 けれど、この場にいる誰のものでもない。

 彼女自身に、向けられていた。

 そんな言葉を、誰かに言われる覚えはない。


 少なくとも――ここでは。


 次の瞬間、視界が、決定的に歪んだ。


 白い壁。白い床。白い天井。


 無影灯が頭上で冷たく輝き、影という概念を拒絶している。

 そこには坑道特有の凹凸も、煤の汚れもない。


 ――炭鉱の廊下ではない。


 ここは、リュシアだけが知っている場所。

 忘れたはずの過去が、ダンジョンの構造を乗っ取り、

 静かに上書きしていた。


 光糸は、まだ繋がっている。

 だがその光は、彼女の背後で、確実に遠ざかり始めていた。





 第七決裁フロア。


 常時照明の白が、今日はやけに冷たい。


 経理部封鎖。緊急損失処理モード。

 端末のディスプレイ一面に、赤い文字が滲むように躍っていた。

 流れるのは数字、数字、数字。感情を持たないはずの羅列が、

 なぜか悲鳴を上げているように見える。


 桁違いの損害。連鎖する支払い不能。

 破綻寸前の衛星都市インフラ会社。

 付随資料が自動で展開される。


 ――社員寮、五百世帯。

 ――居住者、家族含め約五百名。


 救うには、一分以内。非常送金を通せば、命はつながる。

 だが同時に、財務部の警告が重なった。


 〈当該送金は全体破綻の引き金となります〉


 視界の隅で、選択肢が淡々と並ぶ。


 「支援継続」

 「一部切り捨て」

 「全体再編」


 どれも正解で、どれも不正解。

 そして――どれを選んでも、誰かが死ぬ。


 リュシアは、息を吸った。感情を排し、数字を見る。

 救える人数。失われる人数。連鎖被害。復旧確率。


 ――判断は、既に出ていた。


『冷徹な女だろ?君は』


 背後から届いた声。所長が佇む。

 いつも穏やかな笑みを浮かべ、合理性という仮面を柔らかく被った男。


『封鎖を継続、出金停止。資金流出ゼロ。……それが最適解だろう?』


 正しい。理論的にも、経営的にも、完全に正しい。


 だからこそ――リュシアは、決裁印を下ろした。


 翌朝。


 救助要請が届く前に、衛星都市の灯は落ちた。

 通信断絶。医療停止。酸素供給停止。

 数字が、名前に変わる前に。報告書が、遺書になる前に。


 そして今――


 その光景が、坑道の闇に重なっている。


 白く塗り潰された空間。無影灯のような光。

 観察窓の向こう側で、誰かの掌が、ゆっくりとこちらを向いた。


『リュシア、冷たいな』


 同じ声。同じ響き。同じ断罪。

 口が、勝手に動く。


「……違う」


 だが反響層は、言葉を赦さない。

 返ってきた音は、歪み、削られ、意味を変える。


 「違わない」


 光糸は、確かに腰に触れている。

 仲間とつながっているはずなのに――

 隣にいるはずのアリアが、ひどく遠い。

 ルーチェの白が、霧の向こうに霞んでいく。


 冷徹。合理的。正しかった女。


 その評価だけが、無音の層で、脈打っていた。





「リュシアさん?」


 アリアの声が、薄い膜を一枚隔てた向こうから届く。

 水中で呼ばれたように、輪郭が曖昧だった。


「……手、冷たいです。深呼吸、してください」


 アリアの指が、そっとリュシアの手を包む。


「大丈夫です」


 そう答えた――はずだった。

 だが反響層は、彼女の意思を勝手に書き換える。


 〈平気。何も感じない〉


 自分の声が、自分の耳にそう届いた瞬間、胸の奥がひくりと軋んだ。


「おい、右側の壁。形が違うゾ」


 先鋒を行くガロウが、語尾を引きずるように叫ぶ。


「通路が……増えてル」

「増殖じゃない」


 漣司が、即座に切り捨てた。


「選ばせている」


 短く、鋭い断定。

 そして視線が、真っ直ぐリュシアに向けられる。


「リュシア。説明しろ」


 心臓が一拍、遅れて鳴った。彼女は息を飲み、感情から距離を取る。

 ――いつものように。

 思考を、論理という箱に押し込める。


「……当時の決裁データです」


 声は、驚くほど落ち着いていた。


「『資金封鎖』は、私の署名で実行されました。

 選択肢は三つ。支援継続、一部切り捨て、全体再編。

 ……どれも、最適ではなかった」

「最適じゃ、ない?」


 ロイが眉をわずかに動かす。

 その声音は、問い詰めるというより、理解しようとする響きだった。


「はい」


 リュシアは、静かに頷く。


「どれを選んでも、必ず死が出るように設計されていた。

 ――つまり、正解は存在しなかった」


 その言葉を口にした瞬間、白が濃くなる。

 視界の端で、人影が滲む。かつての同僚。

 家族の写真を机に置いていた人。ガラス越しに、音のない口が動く。


 ――たすけて。


 助けたい、と百回思った。百回とも、数字を見た。

 百回とも、最適解という言葉で思考を結び、蓋をした。


 白い迷路が、じわりと脈打つ。ここは、選択を迫る層。

 そして彼女自身が、選び続けてきた場所だった。





『冷徹な女だな』


 所長の声が、錆びついた鍵のように胸の奥を回す。

 称賛だったのか、揶揄だったのか――最後まで、判別できなかった。

 わからないまま、その言葉だけが残り、刻印のように心に焼き付いた。

 だから今も、ここで響く。

 白い空間の中、ルーチェの声が光糸を震わせて届いた。


「光を強めるでござる。まやかしを、焼くでござるよ」


 同時に、アリアの手がそっと腕に触れる。


「……お願い。離れないで」


 その温もりが、現実を思い出させる。

 けれど白は、剝がれない。むしろ、輪郭を増していく。

 視界に浮かぶのは、整然と並んだ書類。

 クリップボードに挟まれた術式手順。

 緊急時のチェックリスト。そして、最後の行。


 ――決裁者名。


『決裁者:リュシア・アークライト』


 文字が、反響層のノイズを吸い、墨のように滲む。

 耳元で、声が読み上げた。


『あなたは、ここに名前を書いた』


 ……書いた。書いたとも。

 必要だった。正しかった。


 だが――。


「私は、冷徹ではありません」


 リュシアは、はっきりと告げた。

 逃げも、言い訳もない声だった。


 一瞬、反響が止む。

 沈黙が、圧のように膨らむ。


 やがて、別の問いが形を変えて降ってきた。


『なら、同じ状況で……どうする?』


 リュシアは息を整え、まっすぐ前を見据える。


「街は守ります」


 即答だった。


「ですが、同時に戻るための救出線を引く。

 数字の外に、時間という資産を置く。

 ――切り捨てる前提で組まれた設計そのものを、壊します」


 白の向こうで、ひびが走る。

 消毒液の匂いが薄れ、炭と鉄の気配が戻ってくる。


 白は、まだ残っている。

 だがもう、世界を塗り潰すほどではなかった。





「リュシア」


 漣司の声は低く、余分な感情を削ぎ落としていた。

 坑道の空気を切るような、短い呼びかけ。


「結論を出せ。過去への言葉は、今を生きるために使え」

「……はい」


 唇が乾く。思考が、いつもの癖に従って整列する。

 ――論旨は三つ。感情は後。まず、言葉を立てる。


「一点目」


 声にした瞬間、白い壁に、ぴしり、と亀裂が走った。

 陶器が割れるような、乾いた音。


「あの夜、私は即時の最適解しか考えませんでした」


 無影灯の光がわずかに揺らぐ。


「二点目」


 彼女は息を吸い、続ける。


「その判断は、正しかった。

 そして同時に、取り返しのつかない傷を、私自身に残しました」


 白の奥で、観察窓の掌がゆっくりと下がる。

 映っていた友人の顔が、ほんのわずかに、柔らかくなる。


「――正しさと痛みは、同じ変数ではありません」


 空間が、静かに軋んだ。


「三点目」


 リュシアは、光糸を握る指に力を込める。


「私が冷徹なのではない。

 冷たさに頼らなければ、決裁に手を伸ばせないほど――私は弱い」


 言葉が落ちるたび、書類の輪郭が滲んでいく。


「だから、冷徹は術式です。私の性質ではありません」


 署名欄のインクが、砂のように崩れ落ちた。

 反響層が、答えを探すようにざわめく。


 リュシアは視線を逸らさず、前を見る。

 白の向こうで、炭の黒が滲み出し、坑道が少しずつ厚みを取り戻していく。


「あの夜、私はそこまで頭を回せなかった」


 自省は、逃避ではなく宣言だった。


「最適解は一本ではない。

 時間を二本に割り、救いをあとから取りに行く道筋を――

 最初から、刻んでおくべきでした」


 沈黙。無影灯が、ぱちり、と音もなく消える。

 白が一段、薄く剝がれ落ちた。


「それが――今の私の正しさです」


 反響が、ようやく別の音色に変わる。

 懐かしい声。あの所長が、かすかに笑った。


『やっと、君自身の言葉になったな』


 白光が砕け、炭の壁が完全に戻る。

 坑道の冷たい湿りが、指先へ、肺へ、確かに帰ってきた。

 光糸の脈動は、呼吸と同じ速さになる。

 アリアが、ようやく小さく息を吐く。


 現実が、戻った。





「よかった……リュシアさん、顔色戻りました」


 安堵を帯びた声に、リュシアは遅れて頷く。


「ご心配をおかけしました」


 リュシアはきちんと頭を下げる。

 だが、反響層は優しくはない。奥の闇で、次の囁きが生まれている。

 今度はミナのほうへ、幼い声が、やわらかい刃を向ける。

 ミナの肩がわずかに強張り、ガロウが斧を握り直す。


「配置を保持」


 漣司が短く言う。


「光は強め。歩調はそのまま。リュシア、前方の白が再発したら即報告」

「了解しました」

 

 短く、澄んだ返答。再び、歩き出す。

 本来なら足音は闇に吸われ、嘲るように遅れて返ってくる――はずだった。

 だが、ルーチェの灯す光が、濁りに触れるたび、

反響は一瞬、書き換えに失敗する。

 白熱の魔力が、層そのものを焼き、囁きは歪む前の素の言葉として零れ落ちた。


 前衛で杖を掲げるルーチェは、歩調を乱さない。

 肩越しに揺れる光は、ただ明るいのではない。

 確かにそこに「現実」を結び留める、芯の通った光だった。


「ルーチェ、あなたのおかげです」


 リシュアが礼を述べる。


「その光が……私を、現実につないでくれました」


 ルーチェの耳が、みるみる赤く染まる。


「皆の前で、そのように言われるのは……反則でございます……」

「フ、褒められて照れてンナヨ」


 ガロウが鼻を鳴らし、わざと軽い調子で割り込む。


「前は任セトケ」

 

 ガラードが最後尾で低く呟く。


「……いい顔になったじゃねぇか、嬢ちゃん」


 リュシアは小さく息を吸い、坑道の湿った空気を肺に入れる。


「ええ。炭鉱の空気が……少しだけ、美味しく感じます」




 

 リュシアは胸の奥を軽く叩いた。

 そこに残るのは、後悔の氷ではなく、薄いが確かな温度だった。

 数字に支配されていた心に、針の穴ほどの孔が開き、

 そこから光と熱が往復を始めていた。

 反響層はまだ続く。共鳴炉の心臓音は近い。

 炭の壁は呼吸し、記憶は囁く。

 それでも、八つの影は、光糸に結ばれたまま、歩みを止めない。

 迷いも、恐れも、同じ一本の線に束ねて――前へ。


 リュシアは、誰に聞かせるでもなく、

 だが、はっきりと自分の声で告げた。


「私は、冷徹ではない。

 冷たさを――使っているだけだ」

 

 その言葉は、もう反響に歪められない。

 白にも、闇にも攫われることなく、

 坑道の奥底へと、真っ直ぐ落ちていった。

お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

少しでも面白いと思ったら☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂ければと思います。一つひとつの応援が、次の物語を生み出す力になるんです。これからも、どうぞ気軽に見守っていただけたら嬉しいです。

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