第112章 第三層 ― 地底の戦場、連携の刃
炭鉱都市オルテリア――眠れる資源の地。
だが地下深くには、街そのものを呑み込む危険なダンジョンが広がっていた。
資源確保と街の命運を賭け、
二階堂商会達は少数精鋭で未知の深層へと踏み込んでいく。
――地の底が、息をしていた。
第三層。
それは、二階堂商会一行の誰もが言葉を失うほどの、圧倒的な広さを誇っていた。
天井は高く、ところどころ崩落し、巨大な空洞がいくつも連なっている。
光を放つ鉱石が点在し、闇と輝きが交錯する光景はまるで地上の夜空のようだ。
ガラートが灯りを掲げ、低く呟いた。
「ここが、かつてオルテリアの心臓と呼ばれた場所だ。」
壁面には採掘跡が無数に残り、錆びた台車と壊れたツルハシがあちこちに散乱していた。
「当時はここが一番、鉱石も魔石も採れてた。
地の恵みはこの層に宿るって言葉まであったくらいさ。」
リュシアが記録を取りながら頷く。
「つまり、繁栄の中心だった場所が……今は廃墟、ということですね」
「そういうこった」
ガラートが肩をすくめる。
「だが、廃れた場所ほど、何かを取り戻そうとする力が眠ってる」
漣司は静かに一歩前に出た。
「――ここから陣形を整える」
◇
漣司の声が、坑道の奥へとまっすぐ伸びた。
湿った岩肌に反響し、その場の空気を引き締める。
「前衛――ガラート。進路の判断と先導を任せる。それからミナ、斥候役だ」
名を呼ばれ、ミナは即座に頷いた。
軽やかに肩をすくめ、唇の端を吊り上げる。
「了解。でも――足、引っ張んないでよ。おじさん?」
挑発めいた視線がガラートに向く。彼は鼻で笑い、肩の力を抜いた。
「ぬかせ。誰が誰の尻拭いしてるか、すぐわかるさ」
軽口を交わす二人のやり取りに、ガロウが笑った。
「ハッハッハ、こりゃオモシロイ組み合わせダ!」
漣司は一瞬だけ口元を緩め、すぐに次を告げた。
「中衛は――俺とロイ、それにガロウが入る」
「おうヨ!」
ガロウは斧を肩に担ぎ直し、無邪気なほど単純な自信を声に乗せる。
「何カ出てきたラ、ブッたたくだけダ!」
漣司が苦笑する。
「……頼もしい限りだ」
漣司が苦笑すると、隣でロイが静かに剣を抜いた。
刃に灯る覚悟の光を、迷いなく漣司へ向ける。
「社長。背中は、任せてください」
「ああ、信じている」
短い言葉と頷きだけで、十分だった。
「後衛は――リュシアとルーチェ。補助と魔法支援を頼む。それから、アリアも後ろだ」
名を呼ばれ、アリアは一瞬息を呑み、すぐに手帳を胸に抱え直した。
「は、はい……! 後方観測と記録、結界反応の監視を担当します」
足取りは控えめだが、その瞳は坑道の闇を逃さない。
「了解しました」
リュシアが背筋を正し、簡潔に応じる。
「私の魔力はあなたの足元にも及びません。……頼りにしていますよ、ルーチェさん」
「か、かたじけないでござります……!」
ルーチェは直立し、杖を抱える手が震える。
「まさか氷の副社長殿に、そのようなお褒めのお言葉を……ッ!」
「褒めてません。信頼していると言ったんです。」
「な、なお怖ェ……!」
ガロウのぼそりとした一言に、張り詰めていた空気がふっと緩む。
編成は整った。
前へ進む者、支える者、そして見届ける者――
それぞれの役割が、闇の中で静かに噛み合っていく。
◇
行軍が始まった。
坑道は獣の内臓のように絡み合い、無数の分岐が闇へと溶けている。
天井から垂れる鍾乳石が松明の火を受けて鈍く光り、
壁面には古い爪痕と、乾いた血の染みが残っていた。
足音を最小限に抑えながら、隊列の先頭を行くミナだけが、迷いなく進む。
立ち止まることも、振り返ることもない。
彼女は一瞬、指先で空気を掴むような仕草をした。
「……この風の通り方。右ね」
そう言って、軽く顎をしゃくる。
「魔物の巣が近いわ」
即座に、後ろから低い声が飛ぶ。
「感覚で道を選ぶな。根拠を言え」
ガラートだ。
警戒は解かず、それでもどこか楽しげな苦笑を浮かべている。
ミナは歩みを止めず、肩越しにちらりと振り返った。
「鼻よ」
「鼻?」
「血と鉄の匂い。あと、湿った鱗の臭み」
彼女は鼻先を軽く鳴らす。
「そういう方向はね、だいたい当たりなの」
「……なるほど」
ガラートは斧を持ち直し、わざとらしく肩をすくめた。
「勘ってやつか」
「違うわ」
ミナが即座に切り返す。
くるりと振り向き、いたずらっぽく笑った。
「ただの勘じゃないの。女の勘よ」
ガラートは苦笑いしながらも、彼女の指した方向へ進む。
そして案の定、岩の陰から一匹の魔物が姿を現した。
岩肌と同化したトカゲのような魔獣――《地竜仔》だ。
「出たナ!」
最初に吠えたのはガロウだった。
咆哮と同時に踏み込み、両腕で握った斧を叩きつける。
――ドンッ!
刃が地面を割り、坑道全体が揺れた。
衝撃で砕けた岩片が宙を舞い、地竜仔が低く唸り声を上げる。
その一瞬を逃さず、漣司の声が鋭く飛んだ。
「中衛、距離を保て! 不用意に詰めるな――リュシア、支援を!」
「《氷鎖》!」
リュシアの詠唱が終わるや否や、地面が軋んだ。
白霧とともに魔力が噴き上がり、床から氷の鎖が次々と伸びる。
絡みつく。締め上げる。地竜仔の脚と胴を縛り上げ、巨体が強引に引き倒された。
「――今!」
誰かが叫ぶ前に、ミナはもう動いていた。
低く、鋭く跳ぶ。
坑道の影を蹴り、身体をひねりながら魔獣の死角へ。
「はっ!」
短い気合とともに、刃が走る。銀光が弧を描き、次の瞬間――
ザシュッ。
鈍い感触。切断音と同時に、赤い血飛沫が空中に散った。
首元を深く裂かれた地竜仔が、喉を鳴らしながら崩れ落ちる。
重たい巨体が地面に倒れ込み、振動が靴底を伝ってきた。
坑道に再び静寂が戻る。
「……悪くない」
ガラートが低く呟き、斧を肩に担ぐ。
「さすが、場数踏んでるな」
「当たり前でしょ」
ミナは剣を一振りし、刃についた血を払う。
動きに一切の無駄がない。
「社長に、恥はかかせないわ」
「ククッ……」
ガラートが喉を鳴らして笑った。
「気に入ったぜ」
松明の炎が揺れ、血の匂いが坑道に残る。
だが隊列は崩れない。
――まだ、先がある。
◇
さらに奥へ踏み込んだ、その瞬間だった。
三叉路の向こう、闇の奥から低く湿った唸り声が重なって響く。
「……来るよ!」
ミナの声が鋭く跳ねた。
「複数体!」
「数は?」
「五……いや、六!」
一瞬の間もなく、漣司の指示が坑道を貫く。
「前衛、正面を抑えろ! 中衛、左右援護! 後衛――障壁展開!」
命令は簡潔で、迷いがない。それだけで、全員の身体が自然と動いた。
ルーチェが一歩踏み出し、杖を高く掲げる。
「《光壁》――展開!」
眩い光が広がり、暗闇を押し返す。
リュシアの魔力がそれを補強するように重なった。
「魔力干渉、安定化……補強に入ります!」
リュシアの声と同時に、光壁の縁をなぞるように冷たい魔力が重なる。
障壁は厚みを増し、重厚な輝きを帯びた。
「来いヨ、岩トカゲどもォ!!」
ガロウの咆哮。
振り下ろされた斧が空気を裂き、金属音とともに火花が散る。
――ガンッ!!
斧が一閃するたびに、地竜仔の群れが吹き飛び、壁に叩きつけられる。
一体が叩き飛ばされ、壁に激突する。
だが群れは止まらない。左右から、さらに二体が迫る。
その隙を突いて、ミナとガラートが左右から同時に攻撃を仕掛けた。
連携は流れるようで、二人の呼吸はまるで長年の戦友のように合っていた。
「……抜ける!」
ミナが低く告げると同時に地を蹴った。
影のように滑り込み、敵の懐へ。
「合わせろ!」
「了解!」
ガラートが半歩遅れて踏み込み、豪快に斬り上げる。
上下から交差する二つの刃。
――ザンッ!
二体の地竜仔が、ほぼ同時に崩れ落ちた。
「チッ……!」
残る魔物が吠え、前に出ようとした、その刹那。
「――終わりだ」
漣司の声は静かだった。だが、その一言で空気が締まる。
踏み込み、抜刀。無駄のない一閃が走り――
――シュッ。
残る一体が、音もなく真っ二つに裂けた。
「やるじゃねぇか、小娘。
「そっちこそ、悪くないわね」
笑いながら背中合わせになる二人。
血の臭いが立ち込め、戦場に静寂が戻る。
ルーチェが光を弱めながら、安堵の息を漏らす。
「皆、無事でござるな……見事な連携にござった」
リュシアが小さく頷く。
「即応性、連携、魔力制御……この水準なら、四層も現実的ですね」
「いやぁ……」
ガラートが笑いながら頭を掻く。
「想像以上だ。まさか商会の連中が、ここまで戦えるとはな」
「我々は――」
漣司が剣を収め、静かに言う。
「武装法人、二階堂商会だからな」
その言葉に、ガラートは深く息を吐いた。
――この連中となら、四層の先も、見られるかもしれない。
◇
戦闘の熱が引いたあと、短い休息が訪れた。
坑道の奥から吹き抜ける風が、湿り気を帯びた空気を運び、火照った肌を冷やしていく。
崩れた岩の上に腰を下ろしながら、ガラートが低く呟いた。
「……三層の空気が、変わってきたな」
風に混じるのは、土と鉄だけではない。
どこか重く、息を吸うたびに胸の奥へ沈んでいく感覚。
「ここから先が深層域だ」
ガラートは視線を前へ向けたまま続ける。
「気を抜くな。地形も、魔物も……今までの常識は通じねぇ」
漣司は無言で頷き、闇の向こうを見据える。
灯り石の光が届かぬ先には、ただ黒が広がっていた。
「……四層への道は、まだ姿を見せないな」
「ええ」
リュシアが記録帳を閉じ、音を立てないよう革紐を留める。
「ですが、魔力反応の推移は明確です。
ここまで来た以上、確実に核心へ近づいています」
その言葉に、アリアが静かに微笑んだ。
岩壁にそっと手を当て、目を閉じる。
「皆さん、すごいです……」
少しだけ声を落とし、続ける。
「地の鼓動が、さっきより穏やかになってます。
まるで……こちらを受け入れ始めたみたい」
「へぇ」
ミナが軽く肩をすくめ、口元を緩めた。
「それが気のせいじゃなければ、だいぶ助かるんだけど」
誰かが小さく息を漏らし、場の空気がわずかに和らぐ。
再び歩き出すと、坑道に足音が重なった。
乾いた音、湿った音、装備が触れ合う微かな金属音。
一歩、また一歩。
その響きは、眠れる地の奥深くへと届く鼓動のように――
二階堂商会は、確かに前へと進んでいた。
お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。
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