第11章 倉庫攻防戦 ― 初めての武装法人戦
夜の帳が都市カストリアを覆い、倉庫街はひそやかに息を潜めていた。だが、その静寂は、今にも破られようとしていた。漣司の足元で、砂埃が小さく跳ねる。遠くで、風が運ぶ金属臭――血の予感。
そして、広場の中央に掲げられた二階堂商会の旗。剣と天秤の紋章が風に裂かれるたび、まるで戦いの始まりを告げる鐘のように鋭い音を立てた。だがその旗を狙い、ギルドの私兵部隊が動き出していた。
◇
次の瞬間。
ボオオオオッ――ッ!
闇を震わせる角笛が鳴り響いた。倉庫街全体がビクリと震えたかのようだった。
「来たか……」
漣司は眼鏡の奥で目を細める。その声は低いが、戦場に立つ将の声だった。
「全員、配置につけ!」
号令とともに、広場が一気に動き出す。牙の旗の戦士たちは、獣のような足取りで陣形に入り、市民防衛隊の職人や村人たちは震える手で武器を握りしめる。だがその目は、決意で燃えていた。前に立つガロウが、夜空を震わせる声で吠えた。
「退職金まで出る戦士なんざ聞いたことねエ!牙の旗は社長の剣となル! 野郎どモ、命張って働けヨォオ!」
「ウオオオオオッ!!」
怒号が、蒸気のように広場に噴き上がる。士気が火柱のように立ち上り、空気が震えた。
◇
ギルド私兵が一斉に松明を掲げた。黒々とした影がゆらぎ、赤い焔が風に伸びる。その灯りが鉄の槍先を照らすたび、月光と炎が交じり、刃が獰猛な獣の牙のように光った。規律ある足音が石畳を震わせ、倉庫の壁がかすかに振動する。都市カストリアの夜が、まるで戦の太鼓を鳴らしているようだった。
「倉庫を焼き払えぇッ!手形の原版を奪えッ! ギルドに逆らう愚か者どもに見せしめだ!」
号令が響いた瞬間、松明が次々に放られる。炎が駆け、乾いた木箱が爆ぜ、焦げた匂いが宙に漂う。赤い光が倉庫街を塗りつぶし、まるで地獄の口が開いたかのようだった。だが漣司は怯まない。
「――市民を守れ!!」
鋼のように固い声が戦場を貫いた。
「ガロウ、前線を押さえろ!」
「任せトケェェェッ!!」
ガロウが地面を蹴った。巨体とは思えぬ速度で飛び出し、斧を振りかぶる。
バギィンッ!と斧が敵の盾を砕いた音が夜に響く。次の瞬間、薙ぎ払われた私兵たちが弾き飛ばされた。肉が裂け、甲冑が凹み、血飛沫が炎に照らされて赤黒く舞う。
「どけやァオラァッ!!」
ガロウが咆哮するたびに、戦場の空気が震える。その背に続く牙の旗の戦士たちが怒号を上げた。
「「「ウオオオオオッ!!!」」」
火花が飛び散り、斧、槍、刃が交錯する。戦士たちの眼は、恐怖ではなく闘志で燃えていた。
「二階堂商会ナメんなヨォオッ!!俺たちは――社員だゼェッ!!」
その叫びは炎の轟き以上に熱く、強く、広場の全てに響いた。牙の旗、市民防衛隊、商会の仲間たち――その士気は一気に燃え上がり、火災よりも眩く戦場を照らした。ギルド私兵の波が押し寄せる。
だが、それを砕くように二階堂商会の武装が迎え撃つ。
◇
背後でリュシアが静かに立ち、指先が微かに光る。その目は冷徹に戦況を見据え、唇が小さく動く――詠唱の紡ぎだ。
「資産を守るにはまず防壁。……これは経営でも同じです」
漣司が前線で叫ぶ混乱を尻目に、氷の結界が倉庫を覆った。鋭い火矢が空から降り注ぐと、結界の表面で弾け、炎は静かに消えていく。火花が夜空に散るが、障壁の内側は穏やかで、木箱や帳簿は微動だにしない。
「──これはただの守りじゃない。攻めにも転じられる壁です」
リュシアの声は低く、しかし揺るがない力を帯びて響く。飛んでくる鉄槍や松明も、結界の光に触れると軌道を狂わされ、地面に落下する。振動と共に石畳が震え、金属の弾く音が街に反響する。
「社長、こちらの資産損失率、二割未満に抑えられます!」
「上出来だ!」
漣司は肩の力を抜かずに頷く。目の前の戦場で、戦士たちが牙を剥き、火と血の渦に飛び込む中、
黒い結界の内側だけはまるで静寂の城のように守られていた。リュシアの手がひと振りするたび、結界は微かに震え、夜風に揺れる松明の光を吸い込む。彼女の魔力が戦場全体に、目に見えぬ防御の網を広げていく。そして戦士たちは、その背に支えられて、恐怖に打ち勝つ。
「──よし、次は敵を押し返す段だ。蒼盾の展開、準備はいいか?」
漣司の指示に、リュシアは頷く。夜の都市が、戦士たちと魔術の連携で徐々に支配されつつあった。
◇
一方、ミナは暗い路地裏を疾風のように駆け抜けていた。月明かりが彼女の金色の髪をかすかに照らし、影が地面を滑る。
「敵の補給路は……あった!」
小さな声に鋭さが宿る。目の前に広がる樽や箱――敵の食料や弾薬の備蓄が整然と積まれている。ミナはすばやく火縄をくくりつけ、油樽に火を放つ。瞬間、爆炎が夜空を裂き、爆風が路地を揺らす。木箱や樽が次々と吹き飛び、敵の隊列が一瞬で混乱する。
「へへっ、これが情報部門の仕事だからね!」
彼女の笑みは、どこかいたずらっぽく、しかし確実に戦況を変える力を秘めていた。爆音に気を取られた敵兵たちの背後、牙の旗の戦士たちが斧や槍を構え、一斉に突撃する。
炎の光が跳ね、影が大きく揺れ、戦士たちの叫びが夜に轟く。
「二階堂商会ナメんなよ!」
「俺たちは、武装法人だ!」
ミナの小さな体が路地を駆け抜けるたび、戦場の緊張が波紋のように広がった。奇襲、情報、火力――すべてが連動し、都市の夜は戦場そのものへと変貌していく。
◇
戦況が二階堂商会優勢に傾きつつあったその瞬間、闇の中から鎧をまとったギルド私兵の大隊長が姿を現した。肩幅を揺らし、大剣を肩に担ぎながら、不敵な声を轟かせる。
「お前らごときに市場は渡さん!」
その声に応えるかのように、ガロウが咆哮を上げて飛び出す。巨体を揺らし、斧を構えた彼の目には、ただ一つ――戦う理由が宿っていた。
「テメエが大将か! 社長の会社に手ェ出すなヨォ!」
斧と大剣がぶつかるたび、火花が夜空に舞う。金属の衝撃が石畳に響き、周囲の戦士たちの心臓まで震わせる。互いに一歩も譲らぬ力比べ。だが、ガロウの瞳は勝利への執念で赤く燃えていた。
「俺には退職金がついてんダ! 死ぬ気で戦う理由があるンダヨォ!」
渾身の一撃で敵大将を吹き飛ばし、地面に沈めた。彼が渾身の力を斧に込めると、大剣を振るう巨漢を打ち返し、空中で弧を描いたまま吹き飛ばす。金属音が断末魔のように響き、敵大将は地面に重く沈んだ。その瞬間、周囲の戦士たちが一斉に歓声を上げ、士気が爆発する。
「牙の旗は、社長の剣だ!」
都市の夜に轟く咆哮――戦場の空気は、もはや二階堂商会のものとなっていた。敵軍は総崩れとなり、撤退を始めた。漣司は高らかに叫ぶ。
「勝利だ! 二階堂商会は資産を守り抜いた!」
市民防衛隊の志願者たちは拳を突き上げ、歓声が広場に炸裂する。戦士たちも互いに肩を叩き合い、喜びと興奮が渦を巻いた。駆け寄ったミナは、息を切らしながらも笑顔を弾ませる。
「社長! これでギルドも簡単には手を出せないね!」
リュシアは冷ややかに微笑む。瞳の奥に計算する光が宿る。
「ええ。ただし、彼らは必ず次の手を打ってきます。金融で、政治で……私たちの信用を揺さぶるでしょう」
漣司は剣と天秤の紋章が描かれた旗を見上げ、拳を固く握る。火を帯びた夜空に旗が翻り、赤々と照らされる倉庫街の光景は、戦場というよりもまるで新たな時代の到来を告げるようだった。
「いいだろう……経営は戦争だ。そして今夜――我々は武装法人として、初めての勝利を掴んだ」
夜の闇に混ざる松明の残光が、戦いの熱気と未来への期待を映し出す。都市カストリアの街は、この一夜を境に、二階堂商会の名を刻む歴史を刻み始めた。燃え残る松明の炎が、倉庫街を赤々と照らしていた。その光は、新たな時代の始まりを告げていた。
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