第103章 拳と光 ― ガロウ&ルーチェ
交易路を切り拓き、湖上都市ラクリアを再生させた武装法人二階堂商会。
だが商会の資金基盤は万全ではなく、次なる一手が求められていた。
彼らが向かうのは、ダンジョン化により衰退した
炭鉱都市オルテリア――眠れる資源の地。
失われた街を再生し、商会と大陸の未来を繋ぐ、新たな挑戦が始まる。
夕刻のオルテリア西部――
炭鉱へと続く外縁地区は、街の中心とは別の顔を持っていた。
瓦礫。崩れ落ちた家屋。
踏み固められた地面には、煤と鉱石の粉がこびりつき、風が吹いても舞い上がらない。
煙と灰の匂い。乾いた土の匂い。
生き物の気配だけが、薄く、張り付くように残っている。
「……まるで戦場だナ」
ガロウは肩に担いだ大斧を軽く叩き、低く呟いた。
その音だけが、静まり返った通りに乾いて響く。
足元には砕けた鉱石と鉄屑。
壁の陰には、こちらを窺う怯えた目――だが、助けを求める気配はない。
「戦場と違うのは、敵が見えないということだけでござるな」
隣で、ルーチェが杖を構えた。
手にした魔力計の針が、微かに震え、一定の方向を指し示している。
「この辺り……地中に、奇妙な反応がありまする。魔石か、それとも……」
「悪ィ予感しかしねェナ」
ガロウは鼻で笑い、前を向いたまま言う。
「まア、だからこソ――オレらが来たんだロ」
「左様。――行きましょう」
二人は視線を交わすことなく、同時に歩き出した。
瓦礫を踏み越え、崩れた壁の隙間を抜け、薄暗い通りの奥へ。
その時――
壁の影が、ゆっくりと動いた。
鎖を巻いた腕。血走った目。
煤と汗にまみれた男たちが、数を増やしながら姿を現す。
この地区を縄張りにする者たち。
炭鉱が閉じられ、行き場を失い、荒れ果てた――炭鉱残党。
「よぉ、よそ者」
掠れた声が、通りに響く。
「こんなとこで、何してやがる」
「お前らの領分だと聞いたから、挨拶に来たんだヨ」
ガロウは一歩前に出て、ニヤリと口角を上げた。
「ま、通行税ってやつだ。命か、金か、どっち置いてく?」
男たちの笑い声が重なる。
だが、その空気を裂くように、ガロウが肩を鳴らす。
「選択肢が二つもあるのは――やさしいナ」
その言葉に、ルーチェは静かに杖を構え直した。
淡い光が、彼女の足元に灯る。
拳と、光。ここから先は、言葉では済まない。
◇
ルーチェの杖が光を帯びる。次の瞬間、空気が弾けた。
空気そのものが破裂したかのような衝撃音。視界が白く弾ける。
同時に、ガロウが踏み込んだ。地面を蹴砕く轟音。
大斧が唸りを上げ、横薙ぎに振り抜かれる。
前衛に立っていた荒くれ者の身体が吹き飛び――否。
ガギィンッ!!
血飛沫ではなく、甲高い金属音。
叩き折られたのは、構えられていた鉄槍の柄だった。
衝撃に耐えきれず、男は宙を舞い、瓦礫の山へと転がる。
「命までは取らねェ」
ガロウが肩を回し、低く告げる。
「だがヨ……足腰の無事までは、保証できねェゾ?」
「な、なにモンだ、てめぇらァッ!?」
叫び声が上がるが、答えるのは光。
「光を求める者に――影は通せませぬ」
ルーチェが詠唱を始める。
澄んだ声と同時に、魔力が奔流となって杖を駆け上がった。
「――《光槍》!」
閃光が地を這った。
白銀の軌跡が通りを貫き、荒くれ者たちの足元を一斉に焼く。
「ぎゃあああっ!」
「足が! 足がァ!」
石畳が赤熱し、悲鳴とともに敵陣が崩れる。
だが、それで終わりではない。
背後、側面、屋根の影。獣のような気配が一斉に動いた。
「オイオイ、数多いナ!」
「ご安心を――光は数を恐れませぬ!」
ルーチェは動じない。
両手を掲げ、空中に複雑な光の紋様を描いた。
眩い光陣が展開され、周囲を包む。
放たれた矢も、振り下ろされた刃も、すべて結界に弾かれて火花を散らした。
「うおォ! やるじゃねェカ、ルーチェ!」
「計算どおりでござる。ガロウ殿の突撃力を最大化する布陣――」
「要するに」
ガロウが歯を見せて笑う。
「オレが、暴れ放題ってコトだナ!」
次の瞬間、巨躯が跳んだ。
瓦礫を踏み砕き、距離を一気に詰める。
鎖を振るう敵の腕を、拳一つで弾き飛ばし、返す刃で大斧が唸る。
――ドゴォン!
破片が宙を舞い、悲鳴が空気を裂く。
その背中を追うように、ルーチェの光弾が次々と撃ち込まれ、
敵の動線を正確に断ち切っていく。
「前方、二十歩先――投槍持ち!」
「見えタ!」
ガロウが斧を逆手に持ち替え、全身をひねる。
――ブォンッ!!
投擲された大斧は一直線に飛び、
槍兵の胴を掠め、背後の壁ごと叩き砕いた。
瓦礫が崩れ落ち、粉塵が舞う。
「フン、腕が鳴るナァ!」
「鳴っているのは骨の方でござる!」
「うるせェ、細けェことは気にすンナ!」
笑い混じりの叫びとともに、拳と光は、なおも瓦礫の街を蹂躙していった。
◇
戦塵が落ち、空気がようやく静まり始めた頃。
ルーチェはふと動きを止め、足元の石畳へと視線を落とした。
ひび割れた地面の奥――
見えぬ脈動を、確かに感じ取っている。
「……妙なり。この下、魔力の流れ、著しく乱れておる」
「下ってコトは……地下カ?」
ガロウが斧を肩に担いだまま、眉をひそめる。
「うむ。かつて封鎖された炭鉱の支脈が、この辺りへと繋がっておるやもしれぬ」
「なるほどナ。そリャ、魔物の巣が近ェってコトでもあるナ」
ルーチェは頷き、そっと地面へ手をかざした。
淡い光が掌から滲み、鼓動のように脈打つ。
――ズゥン……。
低く、地の底から響く共鳴音。魔力が地中を駆け巡り、応えるように鉱脈が震えた。
「……生きておる」
「生きてるゥ?」
「左様。鉱脈は未だ息づいておる。死せる石ではござらぬ」
ガロウが口角を上げる。
「つまり、掘りゃァ出るってワケダナ」
「然れど――」
ルーチェの声音が、わずかに引き締まる。
「同時に、封印の緩みを示す兆しでもある」
「チッ……厄介ダナ」
だが、ガロウは視線を逸らさない。
「けどヨ。炭鉱が生きてるなら、この街もまだ助かるハズダ」
ルーチェはその言葉に、静かに頷いた。
「ガロウ殿。もし封印が破れし時、何が現れるとお思いなされる?」
「知るカ。出てきたモンは、全部ブッ壊ス。それだけダ」
ルーチェが、ふっと微笑む。
「……実に、単純明快。これぞ武の理」
「難しい言い回しより、早ェダロ?」
二人の間に、短い笑いが交わる。
――だが、その直後。
風が、止んだ。
瓦礫の奥。
闇の底で、何かが“蠢いた”。
「――ッ……下がられよッ!」
ルーチェの叫びと同時に、
――ドガァァン!!
地面が爆ぜた。
黒々とした腕のような触手が噴き上がり、瓦礫を絡め取り、引きずり込む。
「チィッ……魔物カ!」
「否――魔鉱の瘴気よ!」
ルーチェは即座に詠唱へ入る。
「《浄光陣》!」
光が地を覆い、噴き出す黒い瘴気を押し返す。
じゅう、と焼ける音。
その中を――
ガロウが、迷いなく駆け抜けた。
「邪魔スンナァッ!」
大斧が唸り、触手を断ち切る。
黒い液体が飛び散り、刃に触れた瞬間、白煙を上げて消えた。
「こいつァ、相当厄介ダゾ!」
「魔鉱に侵されし鉱脈の一部……穢れが形を得たものよ!」
「なら話は簡単ダ!」
ガロウが一歩踏み込み、斧を振り上げる。
「オレが叩く! お前は光で閉じロ!」
「御意!」
地鳴りのような衝撃。連撃が触手を叩き砕き、瘴気が弾け飛ぶ。
その上から、ルーチェの詠唱が重なる。
「――《封光環》!!」
光の輪が地面を走り、裂け目を包み込む。
黒き瘴気は悲鳴のような音を立て――閉じた。
静寂。
焦げた匂いと、淡く残る光の残滓。ガロウは深く息を吐き、斧を肩に戻す。
「……終わったカ?」
「封印、完了いたした。これにて、しばしは安泰であろう」
「へッ」
ガロウが笑う。
「やっぱ、お前は頼りになるナ」
「ふふ……ガロウ殿も」
ルーチェは穏やかに微笑む。
「その豪胆さ、まこと世界一にござる」
「なかなか、いいペアじゃネェカ」
「左様にございますな」
二人の声が瓦礫の街に反響し、やがて、確かな笑いへと変わっていった。
◇
日が沈みきり、炭鉱外縁は完全な夜に包まれた。
崩れた櫓の影が伸び、瓦礫の隙間から冷えた風が吹き抜ける。
だが――先ほどまで街を覆っていた重苦しさは、確かに薄れていた。
ルーチェは杖を胸元に寄せ、魔力の残量を確かめる。
淡い光が静かに脈打ち、乱れはない。
「……未だ、この街は死しておりませぬな」
低く、しかし確信を帯びた声。
「鉱脈が息づいておる限り、希望もまた、消えはせぬ」
「だったら話は早ェ」
ガロウが即座に応じる。
「火種を起こすのがオレらの役目ダ。燃やすかどうかは、街の連中次第ってワケだナ」
彼は拳を握る。皮膚は裂け、血が滲み、指の節は腫れている。
それでも――その拳は、少しも下がっていなかった。
「この拳が動く限り、街は滅びねェヨ」
まるで当然の事実を語るように。豪胆で、迷いのない声音。
ルーチェはその横顔を見つめ、静かに頷く。
「ガロウ殿……」
「ン?」
彼女は言葉を選ぶように、しかし迷わず告げた。
「真に、良き相棒にござるな」
「……へヘッ」
ガロウが照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「今さら何言ってやがル。オレら、最初から噛み合ってたじゃねぇカ」
拳が前に出れば、光が道を拓く。
光が陣を敷けば、拳が迷いなく踏み込む。
力と理、直進と制御――互いに欠けた部分を、完璧に補い合う戦い。
どちらか一人では成り立たない。
二人揃ってこそ、前線は崩れず、封印は閉じ、敵は退く。
二人は並んで夜空を見上げた。星ひとつない、煤に曇った空。
それでも――彼らの眼には、確かに光が宿っている。
拳は、光を信じ。光は、拳を信じる。
――光と拳が交わるところにこそ、進むべき道は拓かれる。
武装法人二階堂商会。炭鉱外縁地区――制圧完了。
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