9 予感 -premonition-
「皆様、こちらが巡影の半球体防護壁です。これ以上は危険なため近づくことはできませんが、このデッキのあるところまでは、立ち入り可能となっています。」
飛猫は浮かぶ観光客の集団を率いて、蛇遣いとハトメがくつろぐデッキのすぐ近くで止まった。
「わあ、今日って遊泳の日だったのね。いいな〜。」
ワゴンからは店員のお姉さんが身を乗り出し、羨ましそうに集団を見ていた。
「ここを上がってすぐの通りは商店街になっていて、私もよく立ち寄る素敵なお店がたくさんあります。もしお時間があれば、ツアー終了後に覗いてみてください。特に人気なのは、"ハーバルミルク"。牛乳を始め、乳製品やスイーツを扱うショップです。最近オープンしたお店ですと"橙"という炭火焼き店も、とても美味しいです。」
(──おっと、偶然。)
飛猫は、デッキの蛇遣いを見つけていた。
スラスラと話し終えた飛猫は旗で肩を軽く叩きながら、何かを思い出したかのような素振りで付け足した。
「それと。今の時間帯はまだ準備中ですが、夜であれば"黒樽"という酒場がオススメです。気さくなマスターが美味しい料理とお酒を振る舞ってくれますよ。」
そう言い終わると、下のデッキで自分を見上げている蛇遣いに軽くウインクをした。
「ハハ。宣伝どうもね。」
蛇遣いは、飛猫に挨拶するように軽く手を上げた。
(この辺で一度、休憩を挟んだ方が良さそうだ。)
飛猫が、周りをキョロキョロと見渡している観光客の様子を伺っていると、遠くから何かが聞こえてくる。
〜〜〜♪
歌詞のある音楽のようだ。
「おや。」
飛猫が目を凝らすと、商店街の向こうからアイスクリームの移動販売がこちらへ向かってきているのが見えた。
(ハーバルミルクの…!ちょうど良い。)
「皆様〜。この辺で少し、休憩をとることにしましょう。デッキにはベーグルのワゴンカー、そしてハーバルミルクのアイスクリーム販売も近くにございます。是非、召し上がってください。」
「さっき言ってた、ハーバルミルクのアイスクリームだって!」
「何味があるんだろう。」
観光客のほとんどが、音楽の鳴る方向を見ている。
皆、ハーバルミルクのアイスクリームに惹かれている様子だ。
「ここの!ベーグル!美味いぞ!!めちゃくちゃ!!」
「カァ!!カァ!!」
下では蛇遣いとハトメが、観光客の集団にベーグルを勧めていた。
「おい、ベーグル美味いってよ。」
「ベーグルもいいね。ちょうど、ガッツリ食べたかったんだよ。」
ガヤガヤと話し始める観光客に、飛猫はパンパンと手を叩いた。
「ほらほら、食いしん坊な皆様〜。まずは降りないと。アイスクリームにも、ベーグルにも辿り着けませんよ〜?」
「あ、そうだった。」
「やだ、食いしん坊だなんて……。」
飛猫の声かけに、観光客は落ち着きを取り戻した。
「一度、遊泳を解きますので皆様、足元にご注意ください。」
旗を掲げた飛猫はもう片方の手を振り上げ、ゆっくりと手を下ろしていく。
飛猫の手が下がるのと同時に、宙に浮いていた観光客と飛猫はゆっくりと高度を落とし、地面に到着した。
デッキ前のスペースに着地が完了した観光客は、地面を踏み締めていた。
「なんか、まだ浮いているような……変な感じだ。」
「分かる、とにかく足の感覚がおかしい。」
皆、慣れない感覚にフラフラしている様子だ。
「この足の感覚はね、ある程度時間が経てば元通りになるから大丈夫ですよ。」
飛猫は、自分の足の感覚に顔を歪める観光客が可笑しかった。
「時間はありますから、後半もゆっくり行きましょう。この時間は足を伸ばして、美味しいもの食べてください。
私の横笛で集合を掛けますので、聞こえる範囲に居て下さいね。」
「「はーい。」」
「では、一旦解散。」
観光客は、ノロノロと散っていった。
「ハーバルアイス〜♪ 優しく朗らかなハーバルのメグミ〜♪ モ〜止まらない豊かな味わい〜♪ 」
解散と同時に、ハーバルミルクのアイスクリーム販売が到着した。
(愉快な販売をするようになったなあ、ハーバルミルク。)
飛猫と、ハーバルミルクにはちょっとした繋がりがあった。
そのため、彼は過去のハーバルミルクのことに詳しいのである。
ハーバルミルクの台車の前には、観光客や街の人が列を作っていた。
アイス一つ購入につき欲しい人には風船もサービスしているようで、デッキには色とりどりの風船を持った子供や若者が見える。
「ボス、遊泳半周お疲れ様。」
肩にハトメを乗せた蛇遣いが、飛猫の前にやってきた。
「ありがとう──って、マスター。なんでここにいるの。ハトメも、シアンはどうしたんだい。」
「買い物ついでに、デッキで朝食を食べてたんだよ。ハトメは、伝言役で俺のところに。」
飛猫は、蛇遣いの耳元に近づいた。
「──何かあった?」
声のトーンを落として、小声で話す。
「いや、今日の会議は午後からだって。レディから。」
蛇遣いはズボンのポケットから、ハトメが届けたメモを取り出して飛猫に見せた。
「あ〜、多分議題は大したことないと思うよ。急を要することなら、こっちで来るだろうから。」
飛猫はジャケットの内ポケットから、スマートフォンをチラつかせた。
「でも結構な確率でハトメ経由じゃないか?うちの連絡。」
蛇遣いの肩の上で、ハトメが小さな胸を張った。
「それは当然、運び屋が居れば使うよね。それに、アナログだからこそってのもあるんだよ。」
「……どういうことだ?」
飛猫は、人差し指で自分の顔をツーっと斜めになぞる動作をした。
「ジャックとか。」
「……なるほど。」
(ドクタージャックの縫合痕ってことか。)
この「なるほど」は、どちらかというと飛猫の動作に向けられたものだった。
蛇遣いは普通に話していても、動きの多いボスに気を取られてしまうことが多かった。
平和な光景に紛れた"予感"を探してください。




