8 ハトメとメルヘン -Marchen with Hatome-
巡影、防護壁近くのデッキにて。
蛇遣いは、朝食にベーグルとアイスコーヒーを楽しんでいた。
「……はあ。」
ベーグル片手に、ぼーっと空中で仕事をこなす飛猫を見る。
(いつ見てもかっこいいな、飛猫の時のボス──。)
スーツを改良したような黒い衣装を身に纏う、スレンダーな猫男。
旗を片手に多くの観光客を誘導するその姿には、唯一無二のカッコ良さがあった。
「空飛ぶ案内人はもう、天職だよな……。」
感想を呟きながらベーグルを口に運ぼうとした、その時。
ヒュッと黒い影が横切り、蛇遣いの手の中にあったはずのベーグルが消えた。
「あー!ハトメ!!やったな!!」
蛇遣いが視線を向ける先には、一匹のカラスがいた。
カラスというよりも、正確には"運び鳥"。
「クアァ。」
隙あり!そう言ったかのように一声鳴くと、取ったベーグルを蛇遣いの手元に返した。
「食いたいんだろ。」
「カァ。」
「しょうがねえな、一口な。」
慣れた感じで、蛇遣いはハトメにベーグルをひとかけら与えた。
「美味いか?」
「カァ。」
「そうかそうか。」
蛇遣いが頭を撫でると、ハトメは気持ち良さそうに目を細めた。
このハトメは蛇遣いの同業者、ファージェス•ノットシアンのパートナーだ。
ノットシアンは街の配送業を担当している若者で、皆にはシアンと呼ばれている。
そのシアンが営む配送業とは、巡影では"カラスマークの運び屋"でお馴染みの配送システムだった。
「お前、今日仕事はどうしたよ。」
蛇遣いの問いかけに、ハトメは左側の翼を広げ足を前に出す。
ハトメの足首にはメモが巻かれていた。
「ああ、シアンからのおつかいで俺のところに来てくれたのか。ご苦労だったな、偉いぞ。」
ワシャワシャと頭から胸元にかけて撫で回されるハトメは、とても嬉しそうだ。
蛇遣いは、ハトメにとても優しかった。
そして、ハトメもそんな蛇遣いが大好きだった。
黒樽にも食べ物目当てか、蛇遣い目当てかは分からないが、よく入り浸っていた。
すっかり馴染んだ今では、お客さんから黒樽の看板鳥だと思われているくらいだった。
きっと、普段シアンにそこまで甘やかされていないことでハトメには、蛇遣いがより優しいヒトに見えているのかもしれない。
蛇遣いはハトメの足からメモをほどくと、すぐに目を通した。
「あれ。シアンじゃなくて、レディからじゃないか。」
(何かあったとかじゃないよな……?)
メモには、こう書いてあった。
"ボスが戻り次第、話し合いを進めましょう。午後は隠れ家へ集合。"
(緊急ではなさそうだな。もう少し、ゆっくりしよう。)
メモをズボンのポケットに仕舞い込むと、蛇遣いは残りのベーグルを頬張った。
もう無いの?そう言いたげに肩の上のハトメは蛇遣いの顔を覗き込んだ。
「おっしまい。あ、そうだ──。」
蛇遣いはゴソゴソと紙袋からブルーベリーのパックを取り出し、手のひらに何粒か置いた。
「ほら、ハトメ〜。おっちゃんがくれた新鮮なブルーベリー。食っていいぞ。」
ハトメは器用に蛇遣いの手からブルーベリーを一粒ずつ食べた。
(え?マスターさんってカラスに餌付けするの??)
ワゴンの中から蛇遣いとハトメのやり取りを目にした店員は、驚きを隠せなかった。
ハトメのことを知らない店員には「野生のカラスに餌付けしているマスター」このように見えているのだ。
「はは、美味いか。良かったな〜。」
美味しそうに食べるハトメに、蛇遣いは嬉しそうに声を上げている。
(あんなに嬉しそうに話しかけて──なんだかメルヘンな構図だわ。まるで、白雪姫みたい。)
お姉さんの脳内。
まだぼんやりとしているマスター像に、「メルヘン」という言葉が追加された。
それを知らない蛇遣いは、デッキでハトメと楽しそうに戯れていたのであった。




