64 天使は俺だけを見てはくれない -Jealousy-
「お母!行ってくるからな!!」
「待ちなさい!ついでに回覧板、隣の若宮さんち持ってって!」
「ハァ……わーったよ。」
母親に頼まれ、回覧板を若宮の表札下のポストにガゴッと突っ込む。
「息子を使うなっつの。」
ネックウォーマーを鼻元まで引き上げると、スポーツバッグを背負った苫男はかったるそうに歩き始めた。
「あ〜〜〜学校だりぃ……部活だりぃ……先輩の顔見るのウゼェ……」
頭の後ろで腕を組みながら、変わり映えしない日常に不満を漏らす。
横断歩道に差し掛かると、ついさっきまで沈んでいた苫男の表情が変わった。
(静音だ!!)
苫男が駆け出した先には、色素薄めロングヘアが綺麗な女子がチェックのマフラーに口元を埋めていた。
「静音〜〜〜!おーーーーい!」
ダークブロンドの髪がふわりと舞い、大きなタレ目がこちらを向く。
「鈴央くん……!おはよっ!」
(ほあぁ……今日も天使──。)
彼女は、樋川静音。一時期、噂となっていた苫男の彼女である。
「ウへ、ウヘヘ。おはよう。」
朝から彼女に会えた嬉しさに、苫男はデレが隠しきれていない様子。
「静音……手、冷えてるだろ。」
苫男はポケットから手を出すと、静音へ差し出した。
側から見れば、彼女を気にかける彼氏の発言だが──本当は自分が手を繋ぎたくて仕方がないのだ。
「えっと……だ、大丈夫!寒くないの。」
静音は胸の前で手を小刻みに振って、苫男の手を遠慮した。
「そ、そっか。」
残念そうに、再びポケットの中に手を突っ込んだ苫男は、隣を静かに歩く彼女の横顔をチラリと見る。
彼女は──苫男の方を見ようとはしていなかった。
二人が無言で歩いているとマスク越しに眼鏡を白く曇らせたサラリーマンとすれ違った。
「あ、そういえば!」
やっと、彼女が苫男に向き合った。
「鈴央くん、待夜くんのこと知ってるでしょ?待夜梨人くん。」
「えっ……待夜?知ってるけど……?」
突然彼女が口にした、嫌いなヤツの名前──。
「私、知らなかったの。鈴央くんの幼馴染だったんだね。」
「あ、うん。そうだよ、結構長い。」
返事を返した苫男に、静音は笑顔で振り向いた。
「ほーんと、びっくりしちゃった。待夜くんって、あんなに綺麗な顔してたんだね。眼鏡って、やっぱり印象変わるんだな〜。」
そう言う彼女は、フフと小さく笑うと口元に手を当てた。
「それに!私、初めて喋ったんだけど優しくて良い子だよね。鈴央くん、いいなぁ。私も、あんな幼馴染が欲しいよ。」
一方的に話終えた彼女は、スカートを揺らしながらスキップをするような足取りで前を歩いていく。
(なんで、リー子の話……。)
苫男は、複雑な心境に歩を緩めた。
俺ばかりが好きなのは、分かっている。
静音と目が合う時──そこに俺への関心は、ない。
俺の彼女は、静音。静音の彼氏は、俺。
この関係性は、ただのポーズのようなものだ。
彼女にとって、俺は少し気を許して話せる程度の人間。
俺の気持ちの、一方通行。
人の悩みも知らない彼女は校門に着くなり、苫男を置いて一人駆け出した。
「あっ!待夜くーん!!」
彼女の声に苫男が顔を上げると、駐輪場の方面から梨人に続いて猫好きAと蛇遣いが登校してきた。
「……???」
突然、女子から大声で呼び止められた梨人はキョトンとしている。
「だ、誰だ……?」
「さあ。」
蛇遣いと猫好きAがヒソヒソと話す目先では、静音が梨人に話しかけていた。
戸惑う梨人に、嬉しそうな表情を浮かべる静音──。
その光景を目の前に、苫男は拳を強く握りしめた。
「ハ……ハハハ。お前はいつもそうだよな……。俺が望むものを、何の苦労もなく手に入れる──。」
これは、嫉妬だ。
現状に満足していない苫男は、常にどこかで自分と梨人を比較していた。
家庭環境、身体的特徴、発想、性格、学力、体裁──そして、恋愛。
彼女の気持ちが、梨人に傾きかけている事実。
その確たる証拠を目の当たりにしてしまった今──彼の中で何かがプツリと音を立て、切れた。
「ああ本当に……目障りだな。」
ピョンピョンと跳ねる静音に愛想笑いを浮かべている梨人を睨みつけると、苫男は何かを決心したように校舎の方へと歩き出した。




