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61 青と紫 -Blue and Violet-

「そこのモテ男くん、お酢取って。」


ラーメン屋・青二才に入った梨人と、ふたり。


猫好きAは梨人の側に置かれた、お酢に向かって手を伸ばしている。


ラーメン以外にも、豊富な種類の中華料理で知られている青二才。

たくさんのメニューの中から、猫好きAはあんかけ焼きそば、蛇遣いは天津飯、梨人はずっと食べてみたかった醤油ラーメンを注文した。



「別に、モテてないよ僕。」


梨人は猫好きAの方に、お酢を寄せた。


(自覚なし、か。)


蛇遣いは、レンゲいっぱいに(すく)った天津飯(てんしんはん)を口に運ぶ。


その目の前では、猫好きAがあんかけの上に大量のお酢を回し入れている。


(うわぁ……作り手が嫌がるやつだ……)


醤油ラーメンを食べる手を止め、梨人は厨房の店主をチラリと見た。

幸い、カウンター席に座る他のお客さんとの会話に夢中でこちらには気付いていなかった。


安心して視線を戻すと梨人はまた、ラーメンを啜り始めた。


あっさりとしたスープにコシのある麺のバランスが、良い──。


ラーメンを味わう梨人に、お冷を飲み干した猫好きAが口を開く。


「じゃあ……誰にだったらモテたい?実箏(みこと)?」


「ケホッケホッ。」


いきなり飛び出した、最近仲の良い女子生徒の名前に梨人は()せた。


「な、なんで矢城さんなの?」


「いや?なんとなく。」


実箏の恋心を知る、猫好きA。


さりげなく、梨人に意識させる作戦のようだ。


「でも確かに、実箏は良い子だよな。それに、可愛い。」


蛇遣いも実箏について言及すると、また一口天津飯を頬張った。


「か、可愛いって……それは……」


ゴニョゴニョと言葉を濁す梨人に、猫好きAは食べる手を止める。


「え?可愛くないって??それは流石に──」


「いや!可愛い!!あっ……」


猫好きAの口車にまんまと乗せられた梨人は赤面すると、目の前のお冷を飲み干した。


梨人の反応を見て満足気に笑うと、近くでテーブルを拭くバイトのお姉さんに声を掛けた。


「すみません、お姉さん。お冷のお替わりお願いしてもいいですか?」


「あっ、はい!今、お持ちしますね!」


頼まれたお姉さんは、小走りで厨房に向かうと氷の入ったピッチャーを急ぎで用意する。


「食べる?」


テーブルでは、天津飯を食べ終えた蛇遣いに猫好きAがあんかけ焼きそばを勧めていた。


猫好きAの皿から一口、拝借した蛇遣いは顔を歪めた。


「ぐふっ、すっぱい……どんだけ入れたんだよ。これじゃ、素材の味を殺してる。店主に怒られるぞ。」


──やはり、黒樽(くろだる)のマスター。料理人目線で、梨人も心配していた部分をズバリと指摘した。


蛇遣いが厨房の方を見ると、店主は変わらず真っ白い歯で笑顔を返した。


(あの笑顔に失礼だよなぁ、ボスの食い方は。)



「それでもね、お酢は良いよ。さっぱりするし血液もサラサラ。」



そう言うと猫好きAは、またお酢を一回し追加した。



これには、梨人も眉を寄せている。



「ボス──適量って知ってるか?」


「これが、私の適量。」


猫好きAのお酢投入について物議を(かも)すテーブルに、水の入ったピッチャーが運ばれてきた。


「すみませーん。お待たせしました──あっ!」


うっかりテーブル目前で(つまず)いたお姉さんの持つお盆から、ピッチャーが宙に浮く。



ピッチャーの倒れる角度の先には──運悪く、梨人がラーメンを啜っている。



ピッチャーの注ぎ口から、水が宙へと溢れ出る。



猫好きAは箸を持ったまま、スイッと手を横に動かした。


すると、溢れ出た水は逆再生かのように注ぎ口から中へと戻り、コケた後の体制になったお姉さんの元へ、ピッチャーは水を一滴も溢さず不自然に着地した。


「大丈夫ですか……?」


意思を持つピッチャーを前にして腰を抜かしてしまったのか、動けずにいるお姉さんに梨人は手を差し伸べた。


「え……」


「え?」


床に手をつくお姉さんは梨人の方ではなく、ピッチャーを見つめている。


「えっ……」


「ん??」


座り込んだまま、お姉さんは後退りした。次の瞬間。


「えぇえええええええええ!?」


お姉さんが、声を上げた。


驚きの余り叫ばずにはいられなかったのだろう。



「アンタッ!ウルサイヨォ!ウルサイネェ!!」


厨房から、眉を吊り上げた店主がお姉さんに怒鳴っている。

喋り方や雰囲気から、彼は中国人のようだ。

ずっと笑顔だった店主が今、初めて表情を変えた。


「これ、ちょうだい。」


猫好きAは側で腰を抜かす女性を気にも止めず、梨人のラーメンからメンマを一つ盗み食いした。


「あー!僕のメンマなのに!!」


席を立っていた梨人は、慌てて醤油ラーメンの元へと戻る。


「おーーい。大丈夫ですかーーー。」


しゃがみ込んだ蛇遣いが腰を抜かすお姉さんに声を掛けるも、気が動転している。


「な、なんなの、今の……」


「これ、貰いますよーーー。」


蛇遣いは、当然の如くお姉さんの額に指を立てると、床に立ったピッチャーを持っていった。


──もう既に、記憶操作常習犯である。


グワリと歪む視界にお姉さんは一瞬白目を剥くも次の瞬間には正気に戻り、厨房へとスタスタ歩いていった。


「アンタァ。ナニヲシテイタネ?マジメニハタラケ。」


「え……?何って、仕事を──」


「サワイデタノハ、ナニカ。」


「騒いでいません。」


「ウソ、ヨクナイ。ショウジキニ。」


「はい。神に誓って、正直です。」


「──アナタ、オオウソツキネ。」


厨房から聞こえてくる店主とバイトのやり取りを横耳に、蛇遣いは空になった三つのコップに水を注いだ。


「ありがとうございました〜!」

「マタキテネ。」


猫好きAが全額会計を済ませると、塾に行く梨人とは青二才の前で別れた。


梨人の姿が見えなくなると、猫好きAは何かの準備を始めるかのように指をポキポキと鳴らし始めた。


「さてと……。」


蛇遣いの方を振り向くと彼もまた、指を(ほぐ)していた。


「──マスター。食後の運動、付き合ってくれるよね?」



「もちろん。」



──青二才から少し歩いた先にある、空き地。



梨人が勉強に励む中、ふたりはまさに拳を交えようとしていた。


暗闇の中、ポツリと立つ一本の電灯がチカチカと(わず)かな寿命で光を送る。


「ああ!やってしまった。デザートにと思っていたのに。肝心の杏仁豆腐を食べ忘れた。」


猫好きAは小さな後悔を吐きながら、いつも通り導きの横笛(リードパイプ)を手元に出現させた。



「杏仁豆腐なら確かコンビニにあった──って、おいボス。それは反則。」


蛇遣いは、猫好きAがクルクルと振り回している導きの横笛を指差した。


「なんで……?」


「その歳で力は手にしてなかったはずだろ?今の俺たちは、家に帰るまでが高校生。となれば、力量も高校生らしくがセオリーってもんじゃないか?」


ポーションの効果によって身体が若返っている今、力の使用についても初心に帰る必要があるのではないかという、実に"擬態"の(まと)を得た意見。


流石の猫好きAも、真理の前では折れるしかない。



「──あくまで高校生ってワケだね。」


猫好きAは仕方なく導きの横笛を解除し、代わりに猫のモデルを一部解放した。


瞳には黒線が走り、頭には猫耳が立つ。


一方の蛇遣いは、通学カバンから腕輪を取り出すと右腕の定位置に()めた。


制服という装いを除き、ふたりの言う"高校生らしさ"はどこを探しても見当たらない──。


感覚を研ぎ澄ませるふたりの間には、ふたりだけの空気が存在していた。



「マキシ!」


蛇遣いが相棒の名を呼ぶと、酩酊輪が光りだした。


彼の腕はたちまち青白い鱗で覆われ、酩酊輪から先、手の甲までが蛇仕様になった。


これが、酩酊輪の真の力。


マキシの力を纏うことで、防具の役目と体術強化の両方が叶った。


蛇遣いが拳を構えると青い力が、波打つ揺らぎとなって現れる。

紺碧(こんぺき)の彼の瞳と同じ──引き込まれるようなオーシャンブルー。



猫好きAも素手に紫色の力を宿した。

それはまるで、菫青石(アイオライト)のような品性を灯した純美な炎──。



蛇遣いの影響力は青く、猫好きAの影響力は紫色に見える性質のようだ。


シュパッ──


片腕に蛇を宿した青年と、猫耳を生やした青年の拳がぶつかり合い、二色の影響力が境目で立ち昇る。


飛び退いた蛇遣いは、間髪(かんぱつ)入れず猫好きAに蹴りを入れる。


体術を得意とする蛇遣いの蹴りは、ただでさえ重い。マキシによって強化された今、彼は所謂『ゾーン』に近い状態だった。


「ぐっ──!」


猫好きAは体術のみで、蛇遣いの蹴りを受け止める。

導きの横笛を禁じられた彼は、細身の身体で重い一撃を吸収しなければならなかった。


──この状況下では、蛇遣いに()があるようだ。



パシッ、バシンッ──シュパッ──


破裂しそうな打ち込み音と、影響力がぶつかり合う音が夜の空き地に鳴り響く。


寒さも関係なしに夢中で汗を流す、猫好きAと蛇遣い。


そんなふたりを、近くの電柱の上から誰かが見ていた。


「──ビンゴです。隠れ家のコルク・シャロウィンに、猫好きAを確認しました。」


赤く薄い唇が、ふたりの名前を口にする。

無線を通じて誰かと連絡を取り合っているようだ。


「……そのまま追跡を続けろ。」


「了解。」


風にはためくマントの隙間からは、綺麗な曲線をした太ももがチラリと覗く。


マントを身に纏った謎の人物は、女性であった。


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