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58 制裁、始動 -Sanctions have begun-

「……でX軸との共有点は2つ、この場合の交点は──」


午後の2年1組──


授業に熱が入っているのか、はたまた、暑がりなのか。教壇では、長袖のシャツを二の腕まで捲り上げた先生がチョークをカコカコと鳴らして力説している。


窓際、後ろ側の席では実箏(ミコト)が授業そっちのけで宙を見つめていた。


「コバルト……完凸しちゃったな……」


回してみるか〜のテンションで全当てした、猫好きAによる強烈なワンシーン。


十体のイケメンが横並びするリザルト画面が、頭から離れない。


ゲーマーにとって完凸は嬉しいものだが、今の実箏はそれよりも、猫好きAに興味を持っていた。


きっと、彼は只者ではない……そんな感じに。


ふと窓の外を見ると、校庭では体育の授業か、生徒達が大縄飛びをしている。


つっかえては、回り、つっかえては、また回り──。



不規則な縄の周期に、実箏は段々と眠気に襲われていった……。



その頃、校庭では──

梨人たちのクラスが大縄飛びに励んでいる。


実箏が上の階から見ていたのは、3組の体育の授業だった。


「おぅい!誰だよ、ちゃんと飛んでないの!!」


「私じゃないよ。縄、跨いでるもん。」


「ケホッ……砂埃が……」


毎年、冬に行われるクラス対抗の縄跳び大会に向けて文句ながらに練習する生徒たちだが、縄の真ん中では器用に飛びながら話すヒトが、ふたり。


「これが体育か〜。座学よりはマシだな。」


「これは……何が楽しくて脳を揺さぶるんだい……」


高校の紺色ジャージに着替えた猫好きAと蛇遣いは、初めての大縄飛びを体験中。


ただ、縄を飛ぶだけの競技に許容と思うか無意味と思うか……反応はまちまちだが、一方でポーズでも優勝を狙う生徒たちは必死に縄を飛び越えていた。


──また、縄が止まる。


「さっきから、校舎側の列が怪しいんだよなぁ。」


大縄を回していた一人の男子が、犯人探しを始めた。


「女子じゃねえの?前髪が崩れるからって、加減して飛んでるだろ。」


「私たちのせいにするの?最低!!」


一部の男子と女子が、言い争いを始めてしまった。


「あのなぁ。なんでもいいから、早く回してくれよ。食後の運動にならないじゃないか。」


蛇遣いは、頻繁に止まる縄にイラつき始めていた。


「諦めなよ。こんな単調じゃ、運動にもなりやしない。」


猫好きAは、砂のついたズボンの裾を念入りにはたいている。


それでも早く回せよと、足で地を鳴らす蛇遣いのリズムに紛れて、列の中から真二(シンジ)が声を挙げた。


「待夜。コイツが原因。さっきからずっと、引っかかってる。」


「はぁ……最悪……」


「やる気ねえなら抜けろ!」


真二の発言を皮切りに、皆が口々に梨人を責め始めた。


「僕、一度も引っかかってないけど。」


違うと言う梨人だが、周りは完全に彼を黒だと認識している。


梨人がチラリと先生の方を見ると、日に焼けた若い男性の体育教師は腕を組んだまま居眠りをしている。


こればかりには梨人だけでなく、生徒全員が呆れ返っていた。


「とりあえず、休憩にしよう。」


皆は縄から離れ、持参した水筒やペットボトル飲料を飲む。


蛇遣いと猫好きAは犯人扱いされた梨人を慰めようと彼の元に歩いていくと、先に真二が現れた。


「おい、貧弱。」


貧弱呼ばわりされた梨人が顔を上げると、真二が何かを振りかけた。


「うあっ……!」


梨人は顔を覆うと、その場にうずくまった。


「梨人……!」


異変を感じた猫好きAと蛇遣いは、すぐに梨人の側に駆け寄った。


「おい、梨人どうした。顔か?顔だな?早く見せてみろ。」


蛇遣いが、梨人の顔を覗き込む。


梨人が眼鏡を外すと、そこには涙で濡れた瞳があった。


白目の部分は赤く充血し、血走っている。



真二が梨人にかけたのは──すぐ足元にある、粒の細かい校庭の砂だった。


「この野郎……!!」


今にも殴りかかりそうな蛇遣いを、猫好きAが引き留める。


周りを見回すと、ほとんどの生徒が涙を流す梨人の姿を嘲笑っていた。


「砂掛けられて泣いてるんだけど。」


「真二。砂かけるとか、お前もガキかよ。」


誰も彼も。梨人の心配をする者は、居ない。


蛇遣いは梨人の目元を大きな手で覆うと、さりげない程度に影響力を流した。


治癒技術──これは能力者に限らず、影響力を持つ万人が身につけることのできる基礎的な影響操作。


梨人の目からはすぐに赤みが引き、ゴロゴロとした痛みも完全に無くなった。


──ザッ


笑いながらスポーツドリンクをがぶ飲みする真二の前に、猫好きAが立つ。


「これは、これは。貧弱の親戚さんじゃないですか。何の御用で?」


意地悪く笑う彼の瞳に、白い顔の青年が映る。


その青年の表情に、怒りらしきものは見えない。


「いや。顔を覚えておこうかと思ってね。」


そう言った彼は、近くにポーっとこちらを見つめる女子生徒を見つけた。


「ねえ、君。」


「は、はい。」


「あれって、予備の縄かな?」


猫好きAが指差す方向には、黒いナイロン地の袋が転がっていた。


「あ、はい。あれも、うちのクラスのです。」


返事を待つと、猫好きAは女子生徒に作り笑いをプレゼントした。


「──そう。ありがとう。」


「い、いえ……。」


照れた女子生徒が、目を伏せた次の瞬間。



真二を初めとする梨人を嘲笑った連中が皆、一箇所に吸い寄せられた。


「なっ、なんだぁ!?!?」


「た、助けてくれ〜〜!!」


猫好きAは体育の時間らしく、体操を始めた。


大きく伸びをするように両腕を広げる。


「いーちに、さーんし。」


集められた真二たちが空中で合流した直後、そこへ今度は、大縄が襲いかかった。


これは──体操と見せかけた執行のカムフラージュ。


デタラメだが、しなやかに動かされる彼の四肢は今、制裁の指揮権を握っている。



隠れ家(インカーポッド)式制裁のメカニズムを知りもしない女子達は猫好きAが動く度、身体の曲線に釘付けになっている。


「にーにい、さーんしっ。」


次に、猫好きAは広げた腕を前で組んだ。


すると、彼の力によって袋から飛び出した予備の大縄と、先まで使っていた大縄の二本がまるで細い龍のように宙を飛び、真二たちをぎっちりと縛り上げてしまった。


「……サル巻き、いっちょあがり。」


猫好きAがそう呟くと、空中からサル巻きが真っ逆さまに落ちてきた。


「きゃーーーー!」


「落ちてくるぞ!!」


サル予備軍が、この奇異な光景に声を上げる。


「おい、ボス!!あいつら死んじまう……!」


治療を終えた蛇遣いが、サル巻きの真下に飛び出した。


「──まったく。死なせとけばいいのに。」


猫好きAのぼやきは、届かず……。


蛇遣いは自慢の体術を活かして十二人が詰まったサル巻きを、一身に受け止めた。


砂埃が勢いよく舞い上がり、ひとりのリヒターの慈悲によって奇跡的に生還したサルは地面に降ろされた。


「ほら見ろ。人を貶めるから神様が怒ったんだ。」


蛇遣いが近くに寄ると、そこには魂を抜かれたような、酷い有様の人間がへたり込んでいた。


真二に関しては、ヨダレを垂らして意識を失っていた。

普段から横柄(おうへい)な奴に限って、実際は小心者だったりする。


わーきゃーと異様な騒ぎの中、やっと目を覚ました出来損ない教師がこちらへ向かってくるのが見えた。


猫好きAの抑止力として立ち回った蛇遣いは、これ以上の面倒事を避けるべくその場を離れると、猫好きAと梨人、そしてサル巻きにされた真二たちを除いたクラスメイト全員に上書き能力『インプット』を仕掛けた。


──やり過ぎボスの後始末は、お手のもの。


"男子生徒の過度なふざけ合いで縄が絡まった"


こんな感じのニュアンスを記憶に落とし込んだ結果、さっきまでの騒然とした空気は一気に静まり返り、代わって体育教師の怒鳴り声がこだました。


「授業中に!何をふざけてるんだお前らは!!早く立ちやがれ!!」


「自分だって寝てたじゃないっすかぁ!!」


「先生、違うんですよ!俺たち、宙に浮いて……!」


「アホなことを抜かすな!!」


自分が寝ていたことまで忘れてしまったのか、体育教師は自らの失態を棚に上げ、生徒を罵倒している。


大縄に縛られたまま意識を失う真二を横に、先生からお叱りを受けているサル巻きの一人は脂汗をかいていた。


(──おかしい……おかしすぎる。皆まるで別人みたいじゃないか……)


男子生徒は、揺れる瞳で辺りを見渡した。


この異常な現象に騒ぎ立てていた男子生徒は呆れ顔を浮かべ、さっきまで叫んでいたはずの女子生徒は、平然とした様子で髪をいじっている……。


何も変わらない景色の中、一瞬にして人だけがガラリと変わってしまう、気味悪さ──。


蛇遣いのマジック(能力)に当てられた彼は、ショックからその場で意識を失い、真二の上に倒れ込んだ。


「アッハハ。梨人、見てよあれ。お寿司みたい。」


リヒターによって絞められた生きの良い人間は、たった今、寿司のような形で見せ物と化した。


「はあ……お寿司食べたくなってきちゃったな。」


無様な人間を嘲笑う猫好きAの側では、梨人が目を瞑っている。


「梨人、どうした。まだ痛むのか?」


一仕事終えた蛇遣いが戻ってきたが、梨人は目を開けられずにいる。


「いや、目は大丈夫なんだけど……大丈夫じゃないっていうか……」



もう一度、眼鏡越しに目を開けるが視界がやけにボヤけて見えてしまう。


「……見え方が気持ち悪い。」


猫好きAは、ふむと梨人を観察すると、顔をしかめた彼の顔から眼鏡を外した。


「梨人、目を開けてご覧よ。」



恐る恐る目を開けてみると、そこには眼鏡を通した時のようなクリアな視界が広がっていた。


「み、見える……見えるよ!!!!!!」


驚きを隠しきれない梨人の表情に、良かったねぇと笑う猫好きA。


しかし、呑気なふたりとは反対に蛇遣いは梨人を治療した左手をじっと見つめている。


(──人間って、思った以上に弱いんだな……)


蛇遣いが梨人に施した治療技術。


それは、緩和のための処置のはずであったが──対人間の効果として現れたのは、視力全回復という現代医療顔負けの結果であった。



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