55 青春後夜 -The afternight of youth-
梨人が入浴中の時間、猫好きAと蛇遣いは彼の部屋で暇をつぶしている。
あれから9時間以上経過した今、擬態は完全に解けていた。
本日、晴れて高校デビューを果たしたふたりだが、宿題をやる気は更々ない。
床に寝転がる猫好きAは、梨人の大事なふて猫の顔にチョップを連発した。
「不細工な猫だよね。愛想がない。」
「──ボスが言えたことじゃないぞ。」
蛇遣いは未だに、彼の無愛想な自己紹介を引きずっていた。
飽きた、とふて猫を梨人の布団に放り投げる猫好きA。
すると今度は蛇遣いが、投げられたふて猫を拾い、膝の上に抱えた。
「なあ、ボス。」
「なんだい。」
「──今日、梨人から聞いたことなんだけど。」
蛇遣いは、書店で聞いた梨人の"憧れの人"について話した。
「シナリって言われると、あいつしか思い浮かばないんだけど。俺の勘違いか?人間で、キックボクサー……偶然とは、思えないんだよな。」
「そのシナリ──ってもしかして、私たちの知るシナリくんのことかい?」
「波羽シナリって聞いたからな。多分そうなんじゃないかって。」
「……その、"シナリ"が?梨人の憧れだって?」
「ああ。好きな選手だって言ってた。」
「アハ………アッハハハハハハ!」
猫好きAは豪快に笑うと、床を転げ回った。
「俺、なにか変なこと言ったか?」
「あんなガサツな男が、梨人の憧れ?無いね。絶対に無い。波羽なんて、人間界ではありふれた名前だろう?それは多分、他のシナリさんだね。」
「……まあ、確証はないからな。」
そう言いつつ蛇遣いは、自分の知る波羽シナリでほぼ、間違いないと確信していた。
──ガチャリ。
風呂上がりでホカホカの梨人が、部屋に戻ってきた。
「ふたりとも、宿題終わった?」
「あ?やらなきゃダメか?」
床に座り込む蛇遣いは、抱えたふて猫の顔をプレスした。
アッチョンブリケ!みたく頬を潰されたふて猫は、酷い表情だ。
「ダーメ。高校生なんだから、宿題は義務だよ。」
「義務なら、やるっきゃねえよなぁ……」
意外にもこういうことに真面目な蛇遣いは、ふて猫を梨人に返すと、和室へ宿題を取りに階段を降りていった。
「ほら、好も寝てないで。皆で早く、済ませちゃおうよ。」
「うん。あれ、梨人──」
「ん?」
寝転ぶ猫好きAは、梨人の顔を見上げる。
(……気のせいか?)
猫好きAは一瞬、梨人の茶色い瞳に納まる瞳孔が異様に細く、長く見えた。
それはまるで──猫の瞳のように。
首を傾げている梨人の瞳を、もう一度注意深く見るがそこには何の変わりもない、いつもの茶色い瞳が在った。
「──なんでもないよ。宿題、だよね。早く終わらせてしまおう。」
それから、梨人たちは和室に集まり共同作業で宿題を効率的に終わらせた。
「ふい〜〜〜。終わった〜〜〜!」
「大して、難しくなかったね。」
梨人とふたりは、縮こまった身体を伸ばした。
あぐらをかいた蛇遣いの上では、途中に乱入してきた紘が膝を枕に眠っている。
梨人が時計を見ると、既に針は0時を回っていた。
「もう、こんな時間!ふたりも、早く寝なきゃダメだからね。僕は寝るよ。おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
「また、明日な。」
梨人は眠る紘を抱き抱えると、和室を後にした。
──消灯後。
「う゛〜〜〜。」
関根先生への恨みからか、寝ながら歯ぎしりをする蛇遣い。
そんな彼の横では、簡易照明を灯した猫好きAが机に向かっている。
天傘書店で買った新品の日記帳を広げ、ペンを走らせる。
(私にとっても、彼にとっても。本当の青春はきっと、この先にあるはずだ。)
少し考えた後、猫好きAは今日の分の最後にこう、綴った。
" これから始まる、私たちの日々に──
『 青 春 後 夜 』 と名付けよう"




