54 憧れの人 -Role model-
初日の高校生活を終えたふたりは、梨人と共に帰路についていた。
「あんの、ジジイ──俺のこと、ボロクソ言いやがって……。」
何やら、蛇遣いはご機嫌斜めな様子。
「本当、恥ずかしかったよ。初日早々、連れが怒られるなんて。」
「あれは……コルクが悪いよ。」
蛇遣いは午後にあった地理の授業で爆睡をかまし、教科担当の関根先生にこっぴどく怒られたのだ。
"転校初日で、居眠りとはいい度胸だな!!"
"なんだ、その派手な髪は!学業そっちのけで遊んでいるんだろう!!"
散々の暴言に我慢できず、言い返そうとしたところを猫好きAに止められていた。
蛇遣いは、梨人たちの少し前を雑な足取りで歩く。
「これは、地毛だっつの。ったくよ、自分が髪失くしたからって。僻みかよ。」
──関根先生は、スキンヘッドだった。
「私たちもすぐ、人のこと言えなくなるよマスター。ポーション、あれはかなり身体に悪い。」
「俺たちの場合、ハゲる前に死にそうだけどな。」
「それは──戦死ってことかい?縁起でもないこと言わないでおくれよ。」
いつも通り、他愛のない会話を繰り広げるふたり。
梨人は、今日ずっと気になっていたことを聞いた。
「ねえ──ふたりは、どうやって若返ったの?」
「ああ、ポーションだよ。セーヤさんがくれたんだ。」
「ポーション!!本当にあるんだ!!」
ライトノベルで負傷した戦士が傷を癒すために飲んでいた、アレ。
興奮気味の梨人に、猫好きAはポケットから小さな空き瓶を取り出した。
「空で良ければ、あげるよ。」
「え〜!もらっていいの?ありがとう!!」
梨人は、角ばった空き瓶を猫好きAから受け取った。
「何を空き瓶で、そんなに喜べるのか……。」
蛇遣いは不思議そうに、喜ぶ梨人を眺めた。
「ああ、そうだ。帰る前に少し、書店に立ち寄ってもいいかい?買う物があってね。」
猫好きAの都合により、梨人たちは皆揃って天傘書店に立ち寄った。
猫好きAを待つ間に、梨人は雑誌コーナーへと回った。
スポーツ誌に手を伸ばすと、端から端までチェックする。
「──なにを真剣に読んでるんだ?」
梨人の傍らから、蛇遣いが顔を出す。
「ああ。ちょっと、探しものというか……。」
「探しもの?」
「うん。好きな選手がいるんだ。もうずっと、その人の記事は見ていないんだけどね。」
梨人は、スポーツ誌を棚に戻した。
「へえ……。その選手ってのは、どんな人なんだ?」
「その人はね、高校生キックボクサーで。詩也くんっていうんだ。」
「──シナリ?」
蛇遣いは、パッと顔を上げた。
「おい、そいつのフルネームって──」
「ああ、波羽詩也くんだよ。かっこいいんだ、男前で。」
──波羽詩也。
彼は、梨人の憧れだった。
鋭く自身に満ちた眼差しに、屈強なフィジカル。何より、カッコつけていないところがカッコよかった。
最近、めっきりスポーツ誌では姿を見せなくなってしまった彼。
キックボクシングはもう、引退してしまったのだろうか──。
梨人は一つ目標を失ってしまったようで、ここのところ、寂しい気持ちに暮れていた。
早く、彼の近況を知りたい。
彼が元気なところを──できればまた、戦っているところが見たい。
梨人は、ただひたすら、そんな気持ちを抱えながらスポーツ誌の更新をチェックすることしかできなかった。
雑誌コーナーに、猫好きAが合流した。
「おまたせ。」
「好。何を買ったの?」
「ああ、日記帳さ。ここでの生活を、綴ろうかと思って。」
先の蛇遣いとの他愛もない会話に紛れた、"戦死"というワード。
これが、少し浮かれていた猫好きAに現実を突き立てた。
梨人との生活も、永遠に続くわけじゃない──そう思った彼は、せめて何か形として思い出を残しておきたくなったのだ。
「梨人も確か日記帳、持っていたね?どうだい、一緒に。」
猫好きAは、待夜家に来た初日に本棚で発見した日記を思い出した。
それはもう、荒れた胸の内が記録されたブルーな日乗。確か、ちょうど背表紙の色もブルーだった。
「僕は──いいや。そんな、筆まめな方じゃないんだ。」
「それは残念。」
書店から出た梨人たちは、暗くなった田舎道を歩いていく。
何やら、楽し気に話している梨人と猫好きAの後ろでは、蛇遣いが考え事をしていた。
「波羽シナリ……キックボクサー……人間……まさか──。」
彼は、梨人の憧れの人に心当たりがありそうだった。




